最高のロマンチックしよう。

蛮野晩

内閣人柱観察保護局

吉田篤史よしだあつしさん。四十八時間以内に人類を救う人柱ひとばしらになる権利が発生しています」


 まさに青天の霹靂。

 内閣から派遣された男の言葉は、俺の当たり前だった日常を崩壊させた。



 今日、高校から帰宅するまでいつもの日常だった。

 順風満帆な人生。俺は十六歳にして自分の人生をそう思っていた。

 まず家族に恵まれている。ワガママは聞いてもらえたし、欲しい物はなんでも買ってもらえたし、自由に育てられた。二歳上に兄もいるけど俺優先。ケンカをしてもなぜか俺だけ怒られない。それなのに兄まで俺に優しいんだから俺は家族に恵まれている。

 それだけじゃない。物心ついた頃から異常に幸運だ。

 お小遣いが足りなくなったらなぜか財布をよく拾う。交番に届けたら落とし主がいてお礼に一割、なんてことも珍しくない。

 困ったことがあっても、不思議と救いの手が差し伸べられる。まるで雨が降っても必ず誰かに傘を差しだされるみたいに。

 しかも高校の友達も学校カースト上位の奴らばかり。頭がいい奴、イケメンな奴、スポーツが出来る奴。女友達も可愛いグループの子ばかり。いわゆる陽キャなグループだ。

 どうも俺はモテるようで、バレンタインのチョコはそれなりに貰ってる。人前で調子に乗ったりしないけどはっきりいって自慢だ。

 俺ってそんなにイケメンかな。普通だと思うけど、たぶん俺がモテるのは性格とか雰囲気とか言動とか、そういう何気ない魅力がトータルで評価されてるんだと思う。

 そういうわけで、俺はいい感じで恵まれている。それは少女漫画に出てくるヒーローみたいに。少年漫画の方が好きだけど、まあいいや、俺は今の自分に満足しているから。

 …………なんて思っていたけれど。

 高校から帰宅すると黒スーツの小柄な男に出迎えられた。

 黒スーツと襟のバッヂ。男は人好きのする笑みを浮かべて一礼する。


「初めまして、内閣人柱観察保護局ないかくひとばしらかんさつほごきょく藤堂とうどうと申します。吉田篤史さんですね」


「内閣人柱観察保護局……」


 ゾワリッ。全身に震えが走った。

 知っている。授業で習ったことがある。

 地球には十六年周期で彗星が衝突する。直系五十キロを超える彗星は人類を滅亡させるものだ。しかし、その悲劇は一人の人柱によって回避されていた。内閣人柱観察保護局とは、人柱の発見・観察・保護をする組織だ。彗星衝突の日まで人柱の健やかな成長と幸福を実行実現するのである。


「まさか、これってっ……」


「吉田篤史さん。四十八時間以内に人類を救う人柱になる権利が発生しています」


 藤堂はそう言って深々と一礼した。

 前回の彗星直撃を回避したのは十六年前、今年は彗星が地球に衝突する年だった。

 同世代に人柱がいることは知っていたが、まさか自分だったとは思わなかった。

 愕然とする俺に藤堂は笑顔のまま続ける。


「はい、我々人柱観察保護局は宇宙から飛来する彗星から人類を守るため、人柱様が新生児の頃から観察保護しております」

「…………」

「吉田篤史さん、本日までお健やかに成長されましたこと心よりお喜び申し上げます。幸福に暮らしていただくために誠心誠意勤めましたが、ご満足いただけたでしょうか?」


 何も答えられない。

 黙ったままの俺に藤堂はうんと頷くと、また笑顔で話しだす。


「ご満足いただけたようで喜ばしく思います。ではこちらの腕時計を装着してください」


 銀の腕時計が差し出された。

 困惑したが、さあさあ、さあさあ、と笑顔の圧を感じて装着させられる。


「その腕時計の横にあるゼンマイ型のボタンを押すと宇宙にワープできます」

「ワープ!? っ、時計が外れないっ!」

「時計は彗星が地球に衝突するまで外れません。衝突すれば人類滅亡ですので、その時に外れても意味はありませんが。フフフッ」


 フフフッ、藤堂が肩を震わせて笑った。

 他人事のように笑われて怒鳴ろうとしたが。


「あなた次第です」


 ピタリッ、空気が変わる。

 藤堂の表情ががらりと変わって、怖いほど真剣な顔で俺を見据えた。


「あなた一人が死ぬか、全人類が死ぬか、あなた次第です。生死を選べない私どもは笑うしかない、そういうことだとご理解ください」

「っ……」


 息を飲んで黙り込む。

 すると藤堂はニコリッと笑顔を浮かべて深々と一礼した。


「ご理解いただけたようで感謝いたします。今から四十八時間後に彗星が衝突するので、その前に宇宙にワープしてください。丁度目の前に彗星がございますので、そのまま体当たりしていただければ終了です」

「それは……俺に死ねってことですよね」

「いいえ、そうではありません。その命令は重大な人権侵害になります。私どもは選択肢を提示しているだけです」

「……俺だけが死ぬか、人類が滅亡するか、俺に選べってことですか?」

「はい。国家機関として基本的人権を遵守するのは当然のことです」

「もし俺が人柱を断ったら……人類全部死ぬんですよ。それでも?」

「はい。国会で人柱の強制執行を議論されることもありますが、現在日本は個人の人権と自由を最大限保障する国です」


 藤堂が笑顔で答えた。


「…………どうして、俺なんですか?」

「この国には十六年に一度人柱が生まれます。人柱は命と引き替えの体当たりで彗星の軌道を変える力をお持ちなのです」

「それが、俺……」


 俺にそんな力があるなんて知らなかった。

 なんとなく自分の手の平を見つめてしまう。

 そんな俺に藤堂は笑顔のままだ。


「他にご質問は?」

「……いえ、もう」

「そうですか。それでは失礼いたします」


 藤堂は一礼すると立ち去っていった。

 俺は藤堂が去っても突っ立っていた。

 思考がうまく回らないのだ。

 説明を受けた今でも信じ難い。でも左腕の時計が現実だと突きつける。

 要するに伝えに来たことは一つ。国家が命令することはできないから、自分の意志で人類のために死んでくれということだった。




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