十七学期 姉なる者

 水野家の朝は、いつも早い。両親は、毎朝6時ごろには家を出て行ってしまい、残された子供達だけで朝食作りや洗濯など朝の支度をする。子供達といっても……次女の瑞姫は、いつも少し遅めに起床する。なので、朝食の用意などは全然やらない。





 では……水野家の朝の支度を担っているのは、誰なのか? それは……。





「……瑞姫~。熱ちゃんと測ったぁ?」



 突如、瑞姫と書かれた部屋をノックもなしに開ける者がいた。その少女は、青い髪の毛を下ろしており、背は少し小さめで、パッチリした瞳が特徴的な少女だった。




「……はにゅ? お姉ちゃん? ……うん。けほっ! ちゃんと測ったよ」




「……どれどれ~」



 青髪の少女は、瑞姫から体温計を受け取ると、そこに書かれた数字を見て困った顔を浮かべて、口を開く。



「……あっちゃあ~、37.8かぁ。咳も酷そうだし……今日もお休みねぇ」



 そう、瑞姫に告げたのは……彼女の姉の水野氷みずのつらら。彼女は、妹の瑞姫とは、逆に見るからにしっかり者の姉と言った顔をしており、実際に学校の成績も3年生の中では、トップで水野家の家事全般もこなす超優等生なのだ。



 そんな姉からのおやすみ命令に……妹の瑞姫は、ベッドで寝転がりながら少し甘えた感じの駄々っ子のような声で告げるのだった。




「……うぅ、嫌だよぉ。お姉ちゃん。私、今日も学校行きたいよぉ」




「……しょうがないでしょ? 熱出ちゃったんだから。ちゃんと休まないと……お友達にも移っちゃうわよ? えーっと、日下部さんだったかしら?」




「……はっ! そうだった。そんなの絶対にダメなの! 今日は、ちゃんと休むね。お姉ちゃん」




「……ふふふ、分かったならよろしい。……食欲あるなら朝ご飯に一応、御粥を作っといたからちゃんと食べるのよ」




「……うん。ありがとうお姉ちゃん」




「……それじゃあ、私はそろそろ行かないと……」




「……そっかぁ、お姉ちゃんそろそろ生徒会の時間だもんね」



「……えぇ、ごめんなさいね瑞姫。家で良い子にしてるのよ」




 それから、姉妹は「行ってきます」「行ってらっしゃい」の掛け合いをした後に別れた。



 水野家の長女、水野氷は……妹の瑞姫と同じ高校に通う3年生。文武両道の優等生で……しかも、生徒会長も務める。また……他にも瑞姫と同様に彼女は、クラス委員長まで兼任しているのだ。そのため、学校中の生徒からの人望は厚い。本人は、この事を理解してはいるが、しかし決して自分が凄い人なのだという風に天狗になったりはしない。



 ――この日、氷は生徒会の挨拶週間という行事の影響で普段よりも少し早くに学校へやって来て、校門の前でやって来る生徒達1人1人と挨拶をしていた。



「……おはよう」



「おはようございます!」



 生徒会長と言う事もあって彼女の挨拶には、学校中の生徒達がしっかりと返していた。これには、氷自身もかなり安心していた。








 しかし、そんな中で氷は、とある女子生徒と出くわす事になる。




「おはようございます。クラス委員長」



「……あら? おはよう」


 氷が、振り返った先には……白い髪の毛とネックレスが特徴的な美少女が立っていた。一目で……この女子生徒が誰だか氷にも分かった。……彼女こそ妹の瑞姫と同じクラスで……最近、あちこちで話題の超優秀完璧女子高生……日下部日和だ。



 日和は、氷と目が合うや否やすぐに氷に話しかける。



「……会長、今日も綺麗ですね」



「……あっ、あらそうかしら?」




「……はい! 何というか……氷の妖精って感じで……」



「……あはは、そうかしらね」



「本当に綺麗ですよ! ……ぐふ」



「……ん? 何か?」



「……あっ、あっ……あぁ、いえ! 別に何でもないです! あっ、私そろそろ行かなきゃなんで……会長、頑張ってくださいね!」



「……あら、ありがとうね。日下部さん」



 そうして、日和と別れた後、氷はその場で溜息をついた。そして、校門の前でのあいさつが終わって生徒会室に戻ると彼女は、他の生徒会メンバーがいなくなった途端にドッと疲れた顔をして椅子に座るのだった。



「……はぁ。正直、あの日下部さんって子、どうも苦手なのよねぇ……。ここ最近……というより、瑞姫が風邪で休みだしてからの2日間、やたらと私に話しかけてくるというか……。なんだか、すっごくしつこいのよねぇ。それに……なんだろう? どうしてだか、たまに……変な視線を感じるというか。なんだろう? 男子にジロジロ見られている時のような感覚と言えばいいのかしら……なんだか時々、凄くゾッとするのよねぇ。特にその……むっ、むっ……」




 そんな事を誰もいない生徒会室で1人愚痴を零す生徒会長の氷。しかし、そんな彼女の元へ一通のメールが送られてきた所から物語は、スタートする。





 それは、彼女と同じクラスのクラス委員からのメールだった。スマホの画面には、吹き出しマークの中に文章が書かれてあった。





 ――会長! 今日の放課後、クラス委員は運動会のポスター作りを下級生達と協力して作るので参加よろしくお願いします!







「え……?」



 光星高校の運動会は、クラス対抗。1~7までクラスそれぞれが得点を競い合う。つまり、1組なら1-1、2-1、3-1が同じチームとなる。そのため、運動会シーズンになると下級生と上級生の交流が盛んになり、入学したてでまだまだ慣れない事の多い下級生達を上級生が支えつつ、得点を稼ぎに行く……といった構図が毎年見られるわけだ。



 また、各組ごとにテーマポスターというのを毎年作成する事になっており、これは各クラスのクラス委員が中心となって作る。しかし、名前はポスターとなっているが……実際の所は大きな旗。旗に絵を描くのだ。






 氷は、このメールの文章を冷静に読み終わった後、とある事に気付く。




「私は、3-3。同じ3組のクラス委員って……確か2年生の子達は、別に普通だったけど……1年生って確か…………」




 彼女の脳裏に妹の顔が思い浮かび、その後……その可愛い妹の隣に立つ1人の女子生徒の姿が思い浮かぶ。





「……ぁ」


 この瞬間、氷は全てを察した。





「……日下部さんだわ」






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