十五学期 睨み合う両者
「……おーほっほっほっ! しかしこれで……日下部日和さん! 貴方の運命は、今ここで決しますわ! なぜなら今、アナタの周りにいるお友達は、2人ともわたくし
の薬の餌食となったのだから! 仮に貴方に飲ませる事が出来なかったとしても……上出来ですわぁ!」
くっ……。
「……さぁ! アナタ達! わたくしに教えなさい! 日下部さんの弱み! 何か一つくらい……知っているでしょう!」
まずいな……。水野さんは、ともかく……愛木乃ちゃんは、かなりヤバい。何とかして……愛木乃ちゃんに喋らせる事だけは阻止しないと……。
すると、彼女の問いかけに風邪をひいて寝込んでいるはずの水野さんが、とても具合悪そうに話し始める。
「……くっ、くしゃかべしゃんの弱み……」
「そうですわぁ! さぁ、話してみなさい!」
すると、彼女は突然保健室のお布団で口元まで隠して、とても照れくさそうに眼を逸らしながら話始める。
「……よっ、弱みなんて……むしろ、私が知りたいくらいですよ……」
「は?」
その一言にポカンと口を開けて意味が分からなそうに突っ立っている白衣のお嬢様。しかし、薬の効果とは、とんでもなく……水野さんはそれからもどんどん自分の思っている本音をぶちまけ続ける。
「……だっ、だって! 日下部さんって、授業中は真面目に受けてるし……体育の時とかも……いつも一番だし……。どんな人に対しても挨拶をしっかりやるし……誰とでも楽しそうにお話しできてますし……何より私の事を……何度も……」
水野さん……。
「……何度も! 何度も…………助けてくれました!」
なんて、良い子なんだ。……くぅ。泣ける……。おじさん嬉しいよ。こんなに好いてくれていて……。後でおんぶして家まで送ってあげるからね……。ぐへへ。
「だから私……日下部さんの事……その……私!」
「……もう良いですわ! 弱みを知らないというのなら……貴方に用はありませんわ! さて、次は……」
白衣お嬢様が、次にロックオンした
「……それで、木浪さん……でしたっけ? アナタは、何か知ってますの? 日下部さんの弱みを……」
まっまずい……! 何としでも止めねば!
私は、咄嗟に大きな声を張り上げる。……言う事は、何でもいい! とにかく、時間さえ稼げれば……。
「……ちょっと待って! その前に……貴方は、どうしてこんな事をしようとするの! 私、貴方に何か致しましたか? 銀閣寺さん」
「……金閣寺ですわ! 言った傍からやらかすってどういう神経なさってるの!」
すると、彼女はフラスコを内ポケットの中にしまうと……白衣の両サイドにあるポケットに手をつっこんで語り出す。
「……良いでしょう。そんなに知りたければ教えてあげます……。わたくしの屈辱の高校生活を!」
別に……そんなに知りたいわけじゃないけど。ていうか、高校生活って言ってるけど、入学して私ら……まだ一か月も経ってないからな。
「……全ての始まりは、この学校へ入学する前……わたくし達がまだ受験生だった頃の話ですわ! あれは、忘れもしない。全国模試の日! わたくしが、第一志望のこの学校で開催されていた模試を受けに来たある日の事……」
はじまりはじまり~って所か。
「……わたくしは、幼い頃からお父様による英才教育を受けてきて、小学生の頃には父の研究の手伝いもしていた事もあって……はっきり言って勉強に関しては義務教育なんぞ受けずとも飛び級で大学まで行けるはずでしたの……しかし、父の勧めで仕方なく高校入試とやらを受ける事になりまして……そんな中でも、わたくしはサボらずにしっかりと勉強する事にしましたわ。参考書も最高級のハイスペックを揃え、この世に存在する……ありとあらゆる参考書を網羅して探し、揃えていきましたの」
回想入る前の前書きみたいなやつ、長いなぁ……。
「……そんなわたくしが、模試の会場の中でたまたま同じ学校の友達に会いました。彼女は、とっても焦った様子で必死に参考書をぱらぱら読み上げておりました。私は、そんな彼女の事を心配し、緊張をほぐしてあげようと近づいて行き、話しかけたのです」
お~なんだ良い所あるじゃん。ちゃんと友達には、優しいタイプなのかな……。
「……その参考書は、辞めた方がいいですわ! あなた、この時期にまだそんなものを使っているのですの! 同じ学校の人間として恥ずかしいったらありゃしません! わたくし、家はお金持ちですの! 良かったらこれあげますので、使って下さいまし! ……って、丁寧にアドバイスまでしてあげたのです……」
前言撤回。コイツ、ダメだ。性格終わってる。……あー、そんな奴いたら、いくら完璧美少女を演じているこの私でも流石にキレますわ。受験期の友達の心を傷つけるような真似して……それを何アドバイスとか言ってるわけ? それを聞いた友達は、さぞイライラしただろうに……。
「……そしたら、そんな優しいアドバイスを言ったわたくしに……友達の、たまたま隣の席でぐっすりと机に伏して眠っていた1人の女の子が起き上がってわたくしに言ってきたのですわ!」
「……アンタさ、うるさい」
「……その一言を言ってきたのが、日下部さん! アナタだったのですわ! アナタは、わたくしの優しさを踏みにじった。そして、わたくしはこの模試の日以降……そのお友達にいくら話しかけても無視されるようになりましたわ!」
いや、ナイス。過去の私。……さっすが私。……やっぱ頭の出来が違いますわぁ。と褒めてやりたい所だったが……
いや、待て! あの過去回想に登場した私……キャラが違い過ぎるだろう!
考えてみたら私は、中学の頃から完璧美少女を演じるために身の回りの事を頑張り出したわけだが……当時の私の完璧美少女トレースは、まだ甘かった。学校外では普通に完璧とは程遠い態度をとっていたし……勉強は、生まれつきオックスフォード級の脳みそを持っているから……授業中とかも周りにバレない様に眠ったり……とにかく、今の私が見たら「甘ったれるな! 小娘がァ!」と喝を入れたくなるような所が多かった。
そして、今さっきあの女の子の口から出た言葉は、おそらく真実だ。不完全な完璧美少女トレースをしていた過去のキャラ設定ブレブレの私……それが、この学校中の人々に知れ渡ったたら……私の完璧美少女生活が……終わる!
「……日下部さんって机に伏して寝るみたいよ?」
「まじぃ? やばっ! 伏して寝るとか一番センスないわぁ~」
「あり得なくない? 伏して寝るのよ? 伏して寝るとか今時、陰キャでもやらないわよ?」
「んねぇ~、マジ時代遅れ~。伏して寝るとか~。童貞の冬眠じゃん!」
「それなぁ~。マジ、童貞の冬眠!」
ぎゃあああああああああああああああああああ! 考えれば考えるだけ……嫌な事が頭の中に浮かんでくる。童貞の冬眠だけは……それだけは……それだけは、絶対に嫌だ! せっかく完璧美少女になれたのに……完璧美少女童貞になってしまう! それだけは……!
私は、目の前の白衣の女の事を心の中でギリッと睨みつけつつ、顔はニッコリ笑って……彼女の事を見つめた。
「……あらぁ、あの時の御方でしたか。わたくし、てっきり夏に聞く発情期の蝉たちの囀りの記憶とごっちゃにしてました。ごめんなさい」
すると、そんな私の言葉に銅閣寺さんは、私に目を合わせて来て……にっこり微笑んだ顔をして告げるのだった。
「……うふふ。思い出してくれて嬉しいですわ。そうですわよねぇ……貴方、学業以外の事は朝焼けの空の下で鳴く鳥たちのように……儚いわけですから」
私達は、顔では笑っていたがお互いに心の奥底では笑っていない事が2人の間で何となく伝わって来ていた。
睨み合う私達の気持ちは、一緒。私と彼女はお互いに見つめ合いながら内心、相手に対して思うのだった。
――”絶対に……許さない!”
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