二学期 深淵を覗いた者

 ――女の子の一日は、とても大変なのだ。特に……元男である私、日下部日和の一日は、とっても大変だ。


 朝は、体系維持とより良い肉体を目指すために毎朝ランニングに出かけ、流した汗は、すぐにお風呂に入って洗い流し、より清潔な自分を保つ。髪だって毎朝、櫛でとかす。自分の髪をより美しく見せるために。


 ご飯の量もほどほどだ。多すぎず……かといって少なすぎるのも良くない。また、肌の白さを保つために夏と春は、日焼け止めもかかさない。


 化粧は、濃すぎずが大事だ。特に高校生の私は、口紅などを濃く塗り過ぎてもかえって逆効果になりかねない……。真の美しさを目指す者として……今の段階から化粧に頼り過ぎるのは、良くない。今日もナチュラルに……さり気ない感じで……先生達がよーく見たら気づく位に……。そうすれば、男の先生達なんて化粧してる事に気付いても逆にタジタジになって何も言わなくなる……。




 ……と言った感じで、この私の美しくなるための修練の日々は、とっても大変なのだ。より美しい女を目指すためとはいえ、やはり元男にとっては、面倒に感じる事も少なくない。




 特に食事は……やっぱりもっと食べたい。というか、できる事なら牛丼とか……油がギトギトの豚骨ラーメンとか食べたい。





 しかし……! 耐えねばならない。より美しくなるために……そして、それは……延いては私自身の目標達成にも繋がる事なのだ……!









「……この日下部日和には、夢がある! 赤ちゃんの時、生まれてすぐに……憧れたママのおっぱい。……私は、あの大きくて柔らかいおっぱいを手にする! 前世は、冴えない男だったが、今や! 女となって己のエロスを極限まで磨いて……エロスの果てを目指した先に……史上最高のマスターを経験するのだ! それこそが……私が女になった事の意味! 神もきっとそのために女にして下さったに違いない!」





 誰も入っていないトイレの中で私は、1人でそんな事を言っていた。そして、少ししてそろそろ朝のHRホームルームが始まる時間である事に気付いた私は、急いでスカートを履き直して、スマホを制服のジャケットの内ポケットの中にしまうと、ドアを開けて走って行った……。





 だが、この時の私は、まだ気づいちゃいなかった。そう、このトイレが……まさか、無人じゃなかったなんて……。












 学校では、完璧な美少女を演じる事にしている。理由は簡単。そうすれば皆、何も警戒しなくなるからだ。完璧な私が相手となればどんな人だって警戒などせず、むしろ安心して近づいてくる。それどころか、お近づきになりたいと思う女の子だって出てくるはずだ。そう思ったから俺は……おっと、私は完璧美少女を演じている。そしてそのために日々の努力も怠らない。



 完璧な美少女を演じ、学校中の女の子の警戒を解き、そして……彼女達の体を舐め回すように、くまなく見ていく! 我ながら完璧。自分の頭の良さに惚れ惚れしてしまう。



 私は、HRが終わってぼーっと教室のあちこちで談笑をしている女子生徒達の事を見ていた。彼女達は、そんな私の視線を感じ取るとひそひそ声で、こう話し出す。



「……今、日下部さんと目が合った!」



「……きゃー! まじ? ほんとうに! 良いなぁ……」



 どうだ。この人気。女人気ってのは、最高だぜ。これでクラス中の女達のあんな所もこんな所も見放題! くくくっ! いわば、この学校は俺の……おっと、私のための女体サブスクと言っても過言ではないのだ!



 この時のために日々の努力がある。なんて、清々しい気分なんだ。今日も一日頑張るとするか……。




 しかし、そんな私の元に運命を大きく分ける一言がかかるのは次の瞬間の事。私が朝の授業準備を終えて自販機で買った「午後は緑茶」のペットボトルを一口口につけた次の瞬間に教室のドアの外から声がかかる。



「……日下部さんっている?」



 女の声だ。ふっ、またしてもこの私に見られたい女が現れたか。馬鹿め……お前の事もジロジロと……。



「……はい。私の事ですか? 何か?」



 表面上は礼儀正しく、呼びつけてくれた女の元へ駆け寄りながら誰に対しても下手に……。



 私は女の姿を見るや否や、興奮した。


 いや、素晴らしい。背が高くて黒髪、長いすらっとした足に……アンバランスに強烈な存在感を放つ胸。まさに大和撫子。お姉さんって感じだ。髪は、肩よりも長く艶艶した黒髪。


 前世も合わせて、この日下部日和……既にアラサーをぶっちぎりで超えている良い歳こいたババアになるわけだが……ふむ。まさか、自分よりも半分も歳下のこの女にバブ味を感じてしまう時が来るとは……。素晴らしい。なんて素晴らしいんだ。国宝級。いや、オオサンショウウオなんて保護している暇はない! 日本はこの……この女の子を保護するべきだ! 



 なんて心の中で思いながら、私は彼女の話を聞く事にした。



 すると、その歳下お姉さんは何やら困った顔で私に尋ねてきた。


「……あの、実は日下部さんにお願いがあって……参りました」



「……何かしら? 私で力になれれば、なんでも言って!」



 ──報酬は、その胸2つで我慢してやるわ!




 すると次の瞬間に彼女はとんでもない言葉を発するのだった。



「……お願いです! 私に……男性とは何かを教えてください!」



「……はっ? はへ?」



「……日下部さんは、前世が男だと聞きました! 本当かどうかは定かではありませんが! どうか! どうか……男性である事とはどんな感じなのか……私に教えて頂きたいです!」









「……ん?」




「んんんんんんんんんんんんんんんん!? なんですとォォォォォォォォォォォォォォォ!?」







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