親の矜恃 IV

 普段はあまり口数の多い方ではないお義母様の言葉。

 それ故に、その言葉はほかの人間がどれだけ言葉を紡ぐより、遙かに意味があった。

 それでもシャルルは何かを言おうとする。


「わ、私は……」


 けれど、その言葉も途中で途絶えた。

 誰も口を開けない沈黙が、部屋に降りる。

 笑顔を消したお義父様が重々しく口を開いたのはその時だった。


「……お前は、直接告げなければ気持ちが伝わらないと知っていた。だから、マルシア達を騙すような形でここまで来てもらった」


 普段浮かべている穏やかな笑顔のないお義父様の顔には、強い悲しみが浮かんでいた。

 しかし、真っ直ぐとシャルルを見つめながら、お義父様は告げる。


「日記を書いたあの頃……魔術の才能が分からなかった頃のお前なら、ルクスをあのように悪し様に罵ることはなかっただろう」


「っ!」


 シャルルの顔に怒りが広がったのは、その瞬間だった。

 今までの困惑が全て怒りに変わったような表情で、シャルルは叫ぶ。


「ふざけるな! これも全て、あんた達が原因だろうが! 私にばかり重圧をかぶせたくせに!」


 その言葉を聞いた時、私は自然と前に出ていた。

 確かに、シャルルがいた頃、私達がシャルルに頼っていたのは事実だ。

 けれど、それ故に敬意と愛情を持ってシャルルにお二人が接しているのを私は知っていた。

 何より、出戻ってきた人間がどの立場で文句を言えるのか。


 ……けれど、そんな私をお義父様は手で制した。

 そして、変わらず真っ直ぐとシャルルを見たまま口を開く。


「ああ、その通りだ。私達の原因はなかったものにはできない」


「そうだ! 私が出て行ったのも、うまく行かなかったのも全部あんた等のせいだ」


「……ああ、そうだ」


 それはあまりにも一方的な糾弾だった。

 全ての責任をお義父様に押しつけようとするその言動は、あまりにも理不尽だ。

 しかし、それでもお義父様は一切言い訳することなく、シャルルと向き合う。

 ……その光景に、私もドルバスも見ていられなくて、目をそらしてしまいそうになる。


 だが、一番最初に限界を迎えたのは真っ正面からその視線を受けたシャルルだった。


「……っ」


 耐えきれなくなったように顔を逸らしたシャルル。

 とはいえ、諦めた訳ではなかった。

 次の標的をお義母様に定め、口を開く。


「本当に謝罪があると言うなら、私を元の立場にするようにマルシアを説得しろ!」


「……それが本当に貴方の為になるなら、少しは考えたかもしれないわね」


「なる! そうに決まっているでしょう!」


 お義母様に先ほどの凛とした態度がないと判断したシャルルは、そう詰め寄ろうとする。

 とっさに私は口を挟もうか悩むが……それは杞憂だった。


「いいえ、それは貴方の為にはならないわ」


「なっ!」


 先ほどの強い意志のこもった言葉ではない。

 けれど、迷いのないお義母様の言葉にシャルルは言葉を失う。


「私達両親が貴方にすべきだったことは、もっと大きな力の危険性を、責任を教えることでした。いくら自分達が頼ってしまっていても、相手が子供であることを……側にいて導いてあげるべき存在であることを忘れるべきではなかった」


 一筋の涙が、お義母様の頬に線を描く。

 それを隠すこともなく、お義母様はシャルルを真っ直ぐと見つめ告げる。


「だから、今度こそ私は貴方を自分の側から遠ざけましょう。……それが、唯一私達ができる貴方への教えだと分かるから」


 その言葉を受けて、今度こそシャルルは声を上げることはなかった。


「もう。大丈夫だ。……連れて行ってくれ」


 そして、そんなシャルル護衛の魔術師達がつかんだのはその時だった。

 無言で連れて行かれるシャルルの背中へと、お義父様が告げる。


「全ての原因は、こんなことでしか教えることのできない、不出来な親の責任だ。……恨むなら私とクリスタを恨め」


 その言葉を最後に、シャルルの背中は扉の向こうへと消えた。

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