婚約者が駆け落ちしてから Ⅲ

 それからの日々は、多忙に尽きた。

 シャルルの駆け落ちに対して、文句を言ってくる貴族達に、新しく関係を築くために走り回る日々。

 それは私の想像していたよりもずっと忙しいものだった。

 そのせいで、夜は食事だけ取るとすぐに眠る日々だった。


 だが、今日だけはベッドの上で、私は寝られない時間を過ごしていた。


「……はぁ、これだけ走り回って進展なしだと、さすがに堪えるわね」


 その理由は、これだけ必死に走り回ってもまるで成果を得られていないことだった。

 あれから一ヶ月、実家からも半ば断絶された状態の中、私は必死に動いていた。

 けれど、その成果はいまだなし。

 折角、大きな武器を見つけたというのに、まるでそれを生かせていない。


 ……商売の知識に関しては、少し自信があったにもかからわずの成果に、私は人知れず落ち込んでいた。


 やはり、私が今まで男爵家で頑張られていたのも、大商会という看板があったからこそだったのだろう。

 そう落ち込みかけて、私は頭を振る。


「いえ、駄目よ。この程度でしょげていたら、残った意味ないじゃない」


 この程度のこと覚悟の上だったはずだ。

 そう自分に言い聞かせ、私は目を閉じる。


 ……だが、目を閉じると私の頭に浮かんできたのは、元婚約者のシャルルだった。


 金髪に、すらりと高い身長の美青年。

 シャルルの容姿を思い浮かべながら、私は小さく呟く。


「なぜ、駆け落ちなんか……」


 平民の女性と恋に落ちた、そんな手紙を残してシャルルは伯爵家から去った。

 その手紙は間違いなくシャルルの筆跡で、彼が書いたということは間違いない。


 けれど、私にはシャルルがなぜ駆け落ちしたのか、その理由がどうしても分からなかった。


 確かに、シャルルはわがままな人間だった。

 お義父さまもお義母さまも、決して息子にただ甘い人間ではない。

 だが、シャルルの魔法の才能に伯爵家の全てを任してしまっているという負い目からか、シャルルにどこか一歩引いたような態度だった。

 その両親の態度と、類まれなる才能。

 そんな環境に置かれたシャルルは自分は特別な存在だと慢心しており、私が来た当初はその横暴な態度は目に余った。


 とはいえ、そんなシャルルの態度も私と、これでは行けないと教育を始めた伯爵家夫妻の尽力によって、ましになってきていたはずだった。


 そう思っていた時の急な駆け落ちであるが故に、私は混乱を隠すことができなかった。


「……いえ、それも違うわね」


 そこまで考えて、私は小さく笑う。

 確かにシャルルの駆け落ちは急な出来事だった。

 けれど、私が衝撃を隠せない理由はそれではなかった。

 私の脳裏に、必死に息子の不始末を謝罪していたお義父さまとお義母さまの姿がよぎる。

 彼らは、本気でシャルルを愛し、シャルルの為に動いていた。


 その姿を思い出しながら、私は呻くように言葉を告げる。


「どうしてあんな愛してくれる人を見捨てられるのよ……!」


 自分の実家のことがある故に、私はそう思わずにはいられなかった。

 私の実家と違って、シャルルは愛されていた。

 なのに何故。


 コンコン、と控えめなノックが響いたのはその時だった。


 突然のことに驚きながらも、私はベッドから立ち上がり扉を開く。

 そして、扉の外に立っていたその人を見て、私は驚くことになった。


「ルクス!?」


 そこにいたのは、シャルルの弟で私の義弟に当たるルクスだった。

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