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 確かに、エルの瞳が釘付けになるのも納得する程にその女性は不審だ。他人に関心を持たない自分ですら、その怪しい風貌には意識を引かれる。

 だが今の自分にとっては、その女性よりも腕に絡みついたエルの方が問題だった。屋敷のバルコニーでも似た事があったが、それとはまた感覚が違う。腕に押し付けられた柔らかな感触は、彼女の身体のどの部位か。無意識に浮かんでしまうその不純な思考に、罪悪感を抱きながらも鼓動は更に高鳴る。


 女性に絡みつかれた事は、これが初めてでは無い。幼馴染のマーシャをはじめ、執拗に言い寄ってくる娼婦や酒場パブの女給等、数えだしたらキリが無い位だ。

 寧ろ、腕に絡み付かれる程度ならまだ良い方だろう。世の中の女性の目には自分の顔が端正に映っている様で、迫られた挙句無理矢理押し倒され、目の前で服を脱がれたりなんて事も昔はざらにあった。

 それらは全て、今の仕事が安定していなかった頃の話だが、今も昔も女性の色仕掛けには絶対に揺るがない自信がある。その理由は他でも無く、自身は極度の女性嫌いだからだ。


 なのに、エルだけは何故だか嫌悪感を抱く対象に入らない。触れられた場所に意識は向くものの、それに不快感は無く寧ろ心地よくすら感じる。

 やはり、彼女を相手にすると自分が自分で無くなってしまう様だ。

 エルを一目見た瞬間今迄に感じた事の無い感情を抱き、更には嫌悪感を抱く対象だった筈の女性である彼女を引き止め、こうして自身のテリトリーにまで迎え入れようとしている。

 そんな自分自身が、今は何よりも理解し得ない。


 様々な事を悶々と考えているうちに不審な女性との距離は縮まり、気が付けばすぐ目の前まで迫っていた。

 決して自分達に危害を加える存在では無いだろうが、不審な人物と擦れ違う瞬間は誰だって身を固くしてしまうものだろう。横目で女性に視線を送りつつ、息を潜めその隣を擦り抜ける。


 その瞬間、突如強い風が自身と女性の間を吹き抜けた。風に煽られ、女性の頭部を覆っていたフードが外れる。


 ふわりと宙を舞う、緩やかにカールした長い赤毛。そして泣き腫らした瞳の奥に光るのは、見覚えのあるローズピンクの瞳。

 脳内に浮かんだ記憶とよく似たその容姿に、思わず女性の顔を凝視する。


「――!」


 自身の視線に気づいた女性が、濡れた瞳を此方に向けた。ぱちりとぶつかる視線に、その瞳が驚いた様に見開かれる。

 だが、その視線は直ぐ様女性によって外された。慌てた様子でフードを被り直し、逃げる様に道の反対側へと駆けていく。 


「……綺麗な人ね」


 未だ腕に絡みついたままのエルが、女性の背後に視線を送りながらぽつりと呟いた。

 女性嫌いの所為か、将又性格上の問題か。彼女の放った言葉に共感する事が出来ず、悩んだ挙句口を噤む。


「――あの女性、著名人だったりするのかしら」


 再び呟く様に放たれたエルの言葉に、思わず彼女に視線を向けた。

 容姿が美しいというだけで、著名人と判断するのは野暮だろう。何か、思い当たる節でもあるのだろうか。その言葉の意味を問う様に、彼女の顔を見つめる。


「何処かで、見た事がある様な気がするの」


「……気の所為じゃないのか」


「そう言われれば、そうかもしれないのだけど…」


 彼女の煮え切らない返事に、眉を顰める。

 何処かで見た事のある様な既視感は、誰もが一度は経験した事のある事だ。彼女のそれも恐らくその類であろう。しかし、何故だか不穏な予感が沸々と沸き上がる。

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