6
「――人助け……」
復唱する様に、彼女が呟く。
流石の彼女も、今回ばかりは怒るだろうか。だがそれも当然だ。彼女位の年齢は特に感受性も強く、馬鹿にされたと捉える可能性も大いに考えられる。
言い訳をする様に、今のはちょっと……などと言い淀んでいると、彼女が予想外の反応を示した。
「素敵なお仕事をなさっているのね……!そんな方とお話が出来て光栄だわ」
彼女が頬を緩め、柔らかく優しい笑みを浮かべる。
それは、先程から時々見せていた儚げな笑みとは比にならない程美しく、愛らしい笑顔だった。その表情に、彼女が自身に見せていたのは愛想笑いだったという事を覚る。
「――なんだ、ちゃんと笑えるんだな」
甘心なのか、それとも安堵なのか。
そんな言葉が思わず口を衝く。
「――笑える……? 私は先程からずっと……」
「あんなの、唯の愛想笑いだろ。そんな無理に作った笑顔よりも、今の方がよっぽど――」
意図してかせずか、その言葉は最後まで言い終わる前に止まった。漸く思考が現状に追い付き、徐々に顔に熱が溜まっていく。
――今の方が、よっぽど可愛い。
口走りそうになった言葉は、人生で一度だって使った事の無い言葉だった。
首を傾げながら此方を見つめる彼女に「なんでもない」と一言呟き、誤魔化す様に煙草を咥える。
もしその言葉を止めずに口にしていたら、彼女は一体どんな反応を示していただろうか。社交的に返され距離を取られるか、気持ち悪いと罵られるか。もしくは不審者扱いをされ、このパーティーから追い出されるか。
彼女がどの選択をしても、結局は悪い結果になるという事には変わりない。そんな言葉をついうっかり口にしなくて良かったと、心底安堵する。
目の前の彼女に、今迄に感じた事の無い何かを抱いているのは自分でも分かっていた。貴族令嬢だとは思えぬ心優しさと、触れたら壊れてしまいそうなその
今だって、少し気を抜けば彼女のその白く美しい柔肌に触れようと手を伸ばしてしまいそうだった。
――こんなの、自分じゃない。
動悸は激しさを増し、酷く息苦しく落ち着かない。
これ程胸を締め付け、自身では解明できない激情に駆られているというのに、それが何故だか妙に愛おしく心地が良い。
だが、それと同時に沸き上がるのは強い不安感。これ以上彼女と居れば、今迄築き上げてきた自分自身が全て崩壊してしまう気がした。
それに、自身を苦しめるのはそれだけでは無い。
まだ幼かった俺をどん底に引き摺り落し、心に最大のトラウマを植え付けた生涯憎むべき“彼”の存在。
彼の呪いに支配されている今の自分では、その感情を理解し飲み込む事は出来ない。
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