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――その瞬間、自身は何を思ったのか。
自分自身でも理解出来ぬまま、隣をすり抜けた彼女の腕を掴む。
「邪魔だなんて、言って無いだろ」
口を衝いた言葉とその行動に、彼女が驚く素振りを見せた。だが、その言動に最も驚いたのは彼女でなく自分だ。
普段の自分なら、絶対にこんな事しない。――いや、出来ないという方が正しいだろうか。
いつの間にか極まった女性嫌いに、女性の素肌に触れるは疎か、日常会話をする事にすら嫌悪感を抱く様になってしまった。仕事上での関りならまだ幾らか割り切れるものの、今の様に仕事を挟まない女性との関りは、自身が最も苦手とし酷い苦痛を感じる場面である。
なのにあろう事か、自身は彼女の腕を掴み引き止めた。そんな自身の行動に、疑問や困惑等の様々な感情が沸き上がる。
「――では、お言葉に甘えてもう少しだけ……」
足を止めた彼女が、その言葉と共に儚げな笑みを浮かべた。その笑顔に妙な違和感を覚えながらも、彼女の腕から手を離す。
ホール側に背を向け、ロココ調デザインの柵に両腕を置き凭れ掛かる。自身と同じ様に隣に立った彼女との距離は、約人1人分。
特別会話がある訳でも無く、ホールから聞こえてくる音楽を耳にただ夜風に当たり続けるのは少々気まずい。隣の彼女は何を思うのだろうと横目で視線を送るが、表情の無いその顔からは何も読み取る事が出来なかった。
手を僅かに動かした拍子に、持っていたシガレットケースの中の煙草がぱたりと音を立てた。手に伝わるその振動に、自身は漸く此処へ煙草を吸いに来たのだという事を思い出す。
人の隣――況してやパーティーの主役の前で煙草を吸うのは気が引けるが、気まずさや動揺など、全てをひっくるめた感情を落ち着かせるにはそれが一番効果的だった。
開いたケースから煙草を1本取り出し、後ろめたさを感じながらも口に咥える。
「――あの」
案の定、と言うべきか。隣の彼女から声を掛けられ、思わずびくりと肩を揺らした。
咥えた煙草を手の内に戻し、怖ず怖ずと隣へ視線を向ける。
「――此処は禁煙です。ホールを出て、右に曲がった廊下の突き当りに喫煙室があるので、どうぞそちらへ……」
彼女の顔に浮かぶのは困惑の表情。手に煙草を持ったままその瞳を見つめると、彼女が気まずそうに顔を背けた。
注意を受ける事は想定の範囲内だが、いざ指摘されるとやはり落胆する。
現在の喫煙欲求はそれなりに強く、更には一度吸おうと思った物を止めるのは実に至難である。更にはこの場は会話が無く気まずい空気が流れ、彼女と2人きりだ。彼女の指摘通り、喫煙室に向かうのが普通だろう。
だが何故だか、そんな状況にも関わらず彼女の傍を離れてしまう事が少々惜しく感じられた。
煙草は、此処を出ればいつでも吸う事が出来る。しかし彼女とこうして2人きりになるのはこの場が最初で最後だ。
悩んだ挙句、煙草を戻そうとシガレットケースを開いた。
「――あぁ、でも」
自身の手を制す様に、彼女が声を上げる。
「その1本だけなら、見なかった事にします……」
か弱く、後半につれて小さくなる彼女の声。想定外の言葉に、自身の聞き間違いでは無いかと再び彼女へ視線を向けた。
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