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ふと、遠目に見えた1人の紳士。金髪碧眼が印象的な彼の視線の先には、細部まで掃除が行き届いたバルコニーがあった。
随分と熱心にバルコニーへ視線を送っているが、彼の興味を引く何かがそこにはあるのだろうか。楽し気に雑談する参加者の中で立ち止まり、一点を見つめている彼は何だか薄気味悪い。
だが足を止めて一点を見つめていたのは自身も同じで、そんな自身の視線に気づいたのか彼が徐に顔を此方に向けた。不本意にも視線が交わってしまい、少々動揺しながらも咄嗟に彼から顔を背ける。
一瞬でも自身と目が合ってしまった事に何か後ろめたさでもあったのか、それとも純粋にバルコニーから興味を失ってしまったのか。あれ程熱心にバルコニーを見つめていたというのに、あっさりと彼は参加者の集団の中へ戻っていった。
普段の自分なら、その彼の気妙な行動に僅かながら疑問を抱いたかもしれない。しかし今の自分の全意識は手に握ったシガレットケースに向けられている。
煙草1本吸うのに、多めに見積もったとしても約10分程度。誰かに見つかれば叱責されてしまう事間違いないが、この広い屋敷の中から喫煙室を探し出すのは大変骨が折れる。最早精神安定剤と化した煙草に、集中力の低下や不快な頭痛などの離脱症状が出始めている事に気付き、後ろめたい気持ちを抱きながらも視線の先のバルコニーへと足を向けた。
透明なガラスが埋め込まれた、白を基調としたバルコニーの扉。指紋を付ける事すら躊躇う程の、丁寧に隅々まで磨かれた金のドアハンドルに手を掛け、慎重に扉を押し開く。
ふわりと吹いた風に、自身の結った髪が揺れる。それと合わせて、弧を描く様に舞うのは、長いカーテンでも無く、生い茂る草木でも無く、シフォンやチュールレースがふんだんに使われたドレスの裾。
奥の背景に輪郭が溶けだしている様にも見える色素の薄い“それ”に、この世の者では無い存在なのでは無いかと錯覚を起こす。
「――何、してるんだ」
思わず口を衝いて出た言葉に、“それ”の正体である女性の肩がびくりと揺れた。そしてゆっくりと振り返り、宝石の様に美しいイエローブラウンの瞳が俺の姿を捉える。
それは天使の様に愛らしく端正で、見た者全てを恋に落としてしまいそうな顔立ちだ。極度の女性嫌いである自身ですら、その美しい姿に見惚れてしまう。
「――ごめんなさい。少し、夜風に当たりたくて……。お邪魔だったかしら……」
その顔立ちに良く似合う、鈴の鳴る様な美しい声が耳に心地良く届く。
自身の記憶に間違いが無ければ、彼女はこのパーティーの主催者である、エインズワース家の令嬢だ。美しく可憐な女性だという話は耳にしていたが、まさかこれ程の美貌の持ち主だとは思わなかった。
今迄人や物に対して“美しい”なんて感情を抱いた事が無かった為か、溢れたその感情をどう扱って良いか分からず僅かに困惑する。
「――では、私はこれで失礼します」
返答の無い自身を見て肯定だと捉えたのか、彼女がいそいそと扉の方へと足を向けた。
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