第五関門

 同期が「一人暮らしをしたい」といった話を周りにしている。彼は実家と大学がそこまで離れておらず、就職先も実家から通える距離だった。なので、ひとりで暮らすことに憧れを持っているようだ。

 私からすれば、お金が貯まるまで実家住まいでいいのに、と思う。「実家暮らしの人とは付き合えない」と言うような女も最近はいないだろう。だいたい今は、どこもかしこも貧乏なのだ。


「そういえば、一人暮らしだよね?」


 同期と話していたメンターが私に話を振った。これは本当に何気もない、ただの世間話なのだ。同じ空間に彼と同期入社の私がいたから、なんとなく聞いただけなのだ。

 しかし、なんて悪意のある質問だろう。私が首を縦に振ると、次に飛んでくる質問なんて決まっている。


「一人暮らし歴何年?」


 第五関門、一人暮らし。


「えーっと、進学と一緒に上京したので」

「じゃあ結構長いんだ。一人暮らしにはもう慣れた?」

「そうですね〜……あ、そうだ。この間、アパートの契約更新したんですけど、やっぱり高いですね」


 アパートの契約期間はたいてい2年だ。中には3年契約のところもあるだろうが、1年契約はそうそうない。そんな物件に住むのは、入居前にきちんと調べなかった怠け者か、転勤が多くひとつの地に留まることが少ない人間だけだろう。そうでなければ、あまりにもコスパが悪い。


「こっちに来てから引っ越してないんだ?」

「はい、ずっと同じところに住んでます。就職と一緒に引っ越すか考えたんですけど、学校と近いところに就職できたので」

「そっか。ここから歩いて行けるんだっけ」


 途中で引っ越しを挟まない限り、大学生は就職までの間にアパートの契約更新を2回行う。初めての更新は大学2年生、2回目の更新が大学4年生だ。そして、進学が決まったのを機に一人暮らしを始めるのがメジャーなので、2月か3月に更新することが多い。本当は夏に引っ越した方が家賃を抑えられるのだが、実家から遠い学校に進学した場合、夏まで実家暮らしということはできない。


 私も実家から離れたところに進学したので、引っ越しシーズン真っ只中に上京した。そのため、3月になると2年ごとに契約更新の書類が届く。

 私しか住んでいないボロアパートも、もう少し私に優しくしてくれればいいのに。3人目のお隣さんも、ついこの間出て行った。大学生くらいの人だったので、就職が決まったのだろうか。


「引っ越すなら夏がいいよ。3月だと家電とか品薄で、起動したての『どうぶつの森』みたいになるから」


 一人暮らしに憧れる同期へ、先輩として一言アドバイスを送る。


 第五関門、一人暮らし突破。

 ボーナスが出たら、もう少しいい家に引っ越そうと思う。

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