第三関門
私と同期にはそれぞれメンターがついた。彼のメンターは、わたしが最初にあいさつをした若い女性社員。あの場にはふたりいたが、プロジェクトマネージャーの先輩がメンターとして選ばれた。
一方私のメンターは、30代中頃の見た目がちょっと厳つい男性社員。こちらもプロジェクトマネージャー。同性でペアを組まないのかと思われそうだが、私的には妥当な組み合わせだ。
今日はふたりしかいない新入社員の歓迎会。社員全員が飲み会に参加する。私はお酒を飲まないため、酒で失敗することはない。なので、その辺は大丈夫だ。しかし、こういった場では想定外の言葉をポロッとこぼしてしまいそうで怖い。
私は烏龍茶でキメて、戦闘体勢で歓迎会に参加した。
「最近の芸能人だと誰が人気? かっこいいなーって思う人いる?」
テーブルは3つあった。私は左端のテーブルを選び、その中でも一番端の席に着いた。ここなら安全だろう。質問攻めに遭う可能性は低い。
そんなことを思っていた矢先に、となりのテーブルから私宛に質問が飛んできた。私のメンターだった。彼のとなりには同期が座っていたので、「どんな人がかっこいいか」「モテる男は誰か」といった話が出たのかもしれない。
第三関門、芸能人。
「今ってまだマッケンユー流行ってるの?」
マッケンユーって誰だ? 急いで思考を巡らせるが、該当する人物が浮かび上がらない。私が上京してから有名になった人だろうか。私はテレビを持っていないので、上京してからの流行りは知らない。さらに、その中でもいつ頃から有名になった人なのかがわからないので、うかつなことは言えない。学生時代のことを必死に思い出す。
……検索結果、一件ヒット。おそらく、この人だろう。
「同じクラスだった人で、マッケンユーのことを好きって言ってる人は結構いました。広告の授業で、マッケンユーをモデルに使いたいって言ってたし」
「あー、やっぱり人気なんだ。ほら、マッケンユー目指さないと」
メンターは同期を小突いた。顔の系統がちがいますって、と同期が苦笑いを浮かべる。
私は安堵のため息をついた。なんとか切り抜けられた。第三関門突破……と思いきや、また質問が飛んできた。
「じゃあ、好きな芸能人は誰?」
「私ですか? ……うーん……嵐の櫻井くんですかねえ」
私の中では、芸能人=アイドル、アイドル=嵐、という式が成り立っていた。唯一、顔と名前が一致しているアイドルグループ。私自身は特別ファンというわけではないが、周りの影響でなんとなく知っている。
中学生のとき、クラスの女子の大半は嵐のうちわを持っていた。……しかし、どうしてうちわなんだろう。グッズなんて、もっといろいろありそうな気がするのに。
「えー! やっぱ嵐すごいな。今でもCMとかバンバン出るし」
メンターは驚きながらも納得した様子だった。渋いと言われたらどうしようかと思ったけれど、嵐は今も相変わらず人気らしい。
テレビのキャスターは今もやっているのだろうか。私が実家にいた頃は、なにかの報道番組に出ていたような気もする。
しかし、あいまいな記憶で話したら絶対につっこまれるので黙っておいた。
「周りもファンクラブに入ってる子いましたねえ。私は入ってないんですけど」
メンターはうなづき、「彼女もファンクラブに入ってるよー」と同期のメンターを指差した。
第三関門、芸能人突破。
嵐ってすごい。これからも、好きな芸能人を聞かれたら『嵐』と答えるようにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます