第二関門

 私には同期がひとりいる。一応、合同入社式で一緒になった他社の新卒も同期ではあるけれど、グループ会社でもない他の人間を同期と呼ぶのは少しちがう気がする。なので、私の同期は真面目そうな眼鏡の彼だけだ。

 彼は浪人することも、留年することもなく、私とちがい無の期間を過ごすこともなかった生粋の新卒だ。大卒なので、今年23歳になる。


「ねー、ペン貸して」

「はいはい」


 これから入社手続きをするというのに、彼は筆記用具を持ってきていなかった。真面目そう、という評価は撤回しておく。私はボールペンを1本しか持っていなかったので、彼にそれを渡し、自分は万年筆で書くことにした。

 ちらり、と彼の生年月日を見る。早生まれだった。ついこの間、彼は22歳になったばかりだ。私は自分の書類を彼から少し遠ざけた。


「あーあ、学歴に差がありすぎる。すぐ置いていかれそう。これからやっていけるかなー」

「いや、キミ大卒でしょ……こっち専門だから」

「有名じゃん、そこ。俺の大学は無名だもん。知ってる? 存在」

「写真が強いイメージはある」


 私の答えに、彼はつまらなそうな表情を見せた。実際、彼の母校は写真に強い大学なのだが、彼自身は別の学科を卒業したようだった。


「昼? 夜?」彼の短い質問に、私は「夜」と答えた。


 私の母校は昼間部と夜間部がある。昼間部が3年制、夜間部が2年制だ。授業のブラック度はどちらも同じくらいだが、入学難易度は夜間部の方が低い。私は、働きながら通えるという理由で夜間部を選択した。


「じゃあ2年制?」

「うん。……あー、でも1年休学してるから。あと、学生時代に就職決まらなくて第二新卒だし」

「そうなんだ。ねえ、学校でWebのこと勉強した?」


 第二関門、専攻分野。


「ビジュアルデザイン『を』専攻してたからWebもやったよ。まあ、グラフィック系がメインだったけどね」


 私は『ビジュアルデザインコース』出身だった。私が在籍していた頃は、そういう名前だったのだ。

 しかし、今は名称が変更されて『ビジュアルデザイン専攻』となっている。また、カリキュラムも大幅に変わり、以前は雑誌・広告メインだったのがWebにも重きを置くようになった。『コース』から『専攻』に名前が変わっている時点で、分野に対する熱量もちがうのだろう。


 ただ、私は『ビジュアルデザインコース』時代の人間だ。授業の内容もグラフィック:9割、Web:1割で、Webのことはほとんど勉強していない。参考書を読みながらならHTMLとCSSが少し書ける程度なので、レスポンシブデザインなどに理解などない。業務に必要なFigmaだって、入社2週間くらい前に急いで触った。それまでは、PhotoshopとIllustratorしか触ってこなかったのだ。


「私、Webの授業についていけなかったから、タイポグラフィとかそっち系ばっかり頑張ってたんだよね。ここの入社試験でも、タイポは褒められたけどWebサイトの出来は散々だった」

「あー、じゃあ大丈夫か」


 彼は納得したようだ。これからよろしく〜、と軽いあいさつをされた。

 2年制の専門学校を1年休学し、1年就職浪人をした場合、入社時点では22歳。彼と同い年だ。


 第二関門、専門分野突破。

 彼に合わせて、私も「こっちこそよろしく」と軽く言ってみせた。

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