第47話 あの男の影

「ご覧になった時は、どう思われました?」

 静かに石堂が尋ねる。


「やらせ」

 目をぱちりと開き、徹はきっぱりと言う。


「とうとうこんな演出までやるようになったか、みる太、落ちたな、って思ったよ。だけど、そのあと動画が削除されてさ」


 徹は自分も湯呑を取り上げ、がぶり、と喉に流し込む。


「てっきり、クレームが入って削除したんだと思ったんだ。そしたら怪談朗読会の方から『みる太の様子が変だ』って連絡が来て……。


 なんか、怯えてて『お祓いのできる神社を教えてくれ』って、ところかまわず聞いて回ってるらしくてね。みんなが困ってるから、おれんところに連絡するように言ってくれ、って言ったんだ。で、連絡待ってたら」


 徹は少しだけ腰を浮かせ、半分尻に敷いていた新聞を取り出して広げる。


「こんなことになっちゃった」

 彼が指さしているのは、翠も読んだ記事だ。


「やっぱりこれ……。みる太さんなんですね」

 翠が呟く。徹は無言で頷いた。


「実はさ、さっきみる太本人から電話があったんだよね」

「「え」」


 石堂と翠は声をそろえる。


「お祓いのできる神社を教えてくれってさ」

 徹は肩を竦めて湯呑の茶をすすった。


「なんか異食症って診断ついて……。新聞には事件と事故の両面で捜査って書いてあるけど、本人が自分で食べたみたいだね。除草剤つきの草。なんかさ、そういう草とか土とか氷が無性に食べたいらしくて……」


「何かが来た、というようなことを彼は言っていませんでしたか?」

 石堂の言葉に翠が続ける。


「あいつが来た、というような」

「言ってたよ。良く知ってるね」


 徹は目を丸くした。


「白い変わったシャツを着た男がやって来て『二番目に大事にしていることを言え』って迫るらしいんだよね。無視していたら昼夜問わず現れるようになって……、それでつい言っちゃったらしい」


 蘆屋は口をへの字に曲げた。


「食べることだ、って」


 石堂と翠は目を合わせる。


 だから、異食症。

 本来美味と思うものを口にはできず、不味く不快なものしか口にできなくなった。


「そうそう。白い変わったシャツって、どんなのって聞いたらね」

 蘆屋は話し好きのおばさんのように手を振った。


「よくよく聞くと開襟シャツのことなの。今の子、知らないんだねぇ、開襟シャツ」

「開襟シャツの男……」


 あはははと可笑しげに蘆屋は笑うが翠は顔を強張らせて呟いた。


 あの、男だ。

 研修施設に出入りし、翠につきまとうあの男。


 なぜここで彼の姿が出てくる。


「二番目に大事にしているものを言え、と男は言うんですね? これってどうして二番目なんでしょう」


 石堂が徹に確認した。


「さあねぇ。怪異の言うことなんて、だいたいこちらの意図するところと違ってくるからさ。そんなの本当はわかりようがないんだけど」


 ふうむ、と徹は腕を組んだ。


「一番目に大事にしていることは、すでに願い事で伝えているからじゃない? みる太は動画では内容を明かさなかったけど、さっき電話で言ってたよ。『有名になりたい』って願ったんだ、って。それが一番大事にしていることで……」


 徹は吐息と共に言葉を吐きだした。


「二番目に大事にしていることと引き換えに、一番大事にしていることが叶う、って図式かな。あな、おそろしや」


「もしよろしければ、この中洲の話をした青年を紹介いただけませんか? 詳しく話を聞きたいんです」


 石堂が申し出ると、徹は頬を掻いた。


「先方の許しが出たら、副社長さんに連絡しますよ。それでやしろとご神体の移設が終わったら、うちの方で中洲の竹藪を撤去させていただきます」


 徹がにこりと笑った。


「この話、お受けしましょう」


「よろしくお願いします」

 石堂が深々と頭を下げた。

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