第46話 消された動画の内容

「すみません、ところどころお尋ねしたいんですが」

 翠が戸惑いながら尋ねる。


「〝願いをかなえてくれるやしろ〟ではないんですか。〝願いがかなうかどうかを教えてくれる〟んですか?」


「男の子はそう言っていました。不思議でしょう?」

 徹は愉快そうに笑う。


「すごく原始的なだ。願いを叶えるんじゃないんです。願いがかなうかどうかを教えてくれる。返事はイエスかノー。だけど、すごくあたる」


「願いがかなうかどうかは、決められた人しか聞くことができないのに、それを破って願い事をたずねる人がいる。

 その様子を見て、『無事かなあ』と思うってことは、手順を守らないとわざわいが起こるってことでしょうか」


 石堂が顎を摘まみ、独り言ちる。


「でしょうね。そもそも、ここでは〝決められた人〟が誰かは語られていない」


 徹の言葉に、石堂はちらりと翠を見た。

 それは多分。

 布士家の者だ。


「でね、問題なのはさ」

 徹が腕を組み、むふう、とまた盛大に鼻から息を吐いた。


「怪談師とか、実話系を披露する人って、ここからがあれなのよ、困るのよ」


「困る?」

「話しを曲げるの。盛り上がるように。お姉さんならわかるんじゃないの?」


 水を向けられ、翠は面食らう。

 だが、徹の言うこともわかる気がする。

 男の子の語る話はツッコみどころ満載だし、盛り上がりに欠ける。


「……そうですね。聞く人や読んだ人の興味を引こうと思ったら、大幅に訂正するほうがいいですね」


 例えば社の神様は〝なんでも願いを叶えてくれる〟の方がいいし、〝決められた手順を破ったら〟ではなく、〝願いは叶えられるが、その代わりとんでもない目に遭う〟のほうが、ありそうな話であり、身近に聞こえる。


「みる太も、話を曲げたんだよ」


 怪談朗読会終了後、男の子にしつこくつきまとっているみる太を見かけ、徹は警戒心を抱いたらしい。


 そこで動画をチェックしようと、更新日にリアタイで視聴した。


「まあ、動画上は問題ないと思うよ。ほんと、どこかわかんないもん。真っ暗でさ。編集上は気を遣ったんだなって思った。だって私有地だろ、絶対。ただ、川だなっていう水音が聞こえていたのと、周囲が竹藪だったから、あ。あいつ、場所を特定して行きやがったって思った」


 そこから、みる太の語りがはじまったのだという。


「待ってね。思い出すから」

 また、徹は目を閉じ、ソファに背を預ける。


「みなさん、今晩は。みる太の不思議なたびにご同行いただき、ありがとうございます。本日は、わたしが採話した実話の検証のため、やってきました。


 ここは、とある禁足地です。

 この竹藪の中に社があり、そこの神は一生に一度だけの願いを叶えてくれる、というのです。つまり、一願成就の神だそうです。


 ただ、問題がありまして。ここの神様は、願いを叶える代わりに〝試練〟を与えるのだとか。さて、どんな試練なのか。みる太がやってみたいと思います」


 そして画面には、一枚の四つ折りにされた雑な紙が映されたという。


「この中に、みる太の願いを書いています。どんな願いか、って? それは神様だけが知ることができます」


 カメラは真っ暗な、竹藪らしきところを進む。


「見えました。うわ……。まじで。本当にあったよ。あれだ。あれが社……」


 画像上は、はっきり見えなかったらしい。なんか横に長い木箱のようで、徹自身はりんごの木箱だと思い、やらせだな、と感じたらしい。


「では、ここ……かな。正面。扉があるから、そうだろう。ここに紙を置きます。えー……。どうか、よろしくお願いします」


 みる太は柏手を打ったようだ。というのも、カメラはみる太を映さない。ただ、画面が二度上下に揺れ、ぱんぱんと音がしたから徹はそう判断した。


「さて、帰ります。……ん」


 がさがさがさ、と。


 葉が擦れるような音がしたらしい。


 みる太の持つカメラが上を向く。

 だが、葉は揺れていない。



 がさがさがさ

 がさがさ

 がさ



「な……、なんかいる? イノシシかな」


 若干怯えを帯びた声には。



 がさがさがさがさ

 がさがさ

 がさ


 葉が擦れるような音が重なる。


「なんだよ。わー! 人だぞ! わー!」


 威嚇のつもりか、みる太が大声を出した。


 だが。



 が……さ

 が……さ

 が…………さ



 葉を踏む音は止まない。

 徐々に近づいてきているようだ。


「な、なんだよ……」

 もつれる舌でみる太は言うと、駆けだしたようだ。


 枯葉を蹴散らす、みる太の足音と。 

 別の足音が。

 動画からは聞こえてくる。


「うわー!」


 という悲鳴の後、動画は切れたそうだ。

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