第45話 もとになる話

 数時間後。

 蘆屋建設の事務所に訪れた石堂と翠は、社長のとおると向き合っていた。


「芳田さんからお伺いしましたが……どういった件でしょう。あ、どうぞ。冷めないうちに」


 蘆屋建設社長、蘆屋徹は、みんなから「若」と呼ばれているだけあって、まだ若い。石堂と同じぐらいの年齢に見えた。


 スーツではなく作業着姿で、よく日に焼けている。それが五分刈りの頭にまたよく似合っていた。


「芳田さんから、御社がいわゆる『その手』の依頼に強い、とお伺いしまして……」

 石堂が切り出すと、徹はがりがり頭を掻いて照れた。


「いやあ。先代には叱られてばかりですよ。またそんな案件に手を出して、って。だけど、なんとも断り切れなくてねぇ」


「やはり、こうやって噂を聞いてみなさん、いらっしゃるんでしょうか?」


 石堂は湯呑を手に取り「頂戴します」と断りを入れて口をつける。翠も合わせて、湯呑を両手で包んだ。クーラーが効きすぎた事務所内で、この温もりが心地いい。


「ほとんどは、怪談朗読会で知り合った人ですよ。なんかそのひとたちが、勝手に『あそこならやってくれるよ』とか宣伝しちゃって……」


「「怪談朗読会」」

 聞きなれない言葉に、翠と石堂の声がそろう。


「あ。知らないですよね。はは。おふたりともリア充っぽいし」

 徹は恥じ入るように身体を小さくするから、石堂が首を横に振る。


「とんでもない。わたしもリア充とは程遠い生活していますよ。ホラーやオカルトは好きです」


「あ! そうなですか! いやあ、奇遇だな! どのジャンル⁉」


 途端に徹が身を乗り出してくる。心なしかさっきまでの距離感は全くなくなっていた。


「主に民俗系ですかね、地方の。あとはシャーマンから話を聞くのが好きです」

 石堂が口にした名前を、翠は一切知らないが、徹は目をキラキラさせている。


「いいなあ! 紅姚こうよう女史とお話が出来るなんて!」

「彼女と話をする場所を設定しましょうか?」


 石堂が持ちかけるが、静電気にでも触れたように首を横に振った。


「そんな! おそれ多いよ! おれなんかに出会ったら、女史の偉大なる力が穢れる!」

 徹は言うと、翠にも顔を向けた。


「あなたもオカルト好きなんですか?」

「そう……ですね。嫌いではないです」


 曖昧に笑うと、石堂が続けた。


「彼女は作家なんですよ。全体的には恋愛ものなんですが、作風の中に一部ホラー要素を取り入れていて……」


 石堂が言う描写と本のタイトルに、翠は愕然とした。


「……読んだんですか……」

「遅ればせながら」


 にこりとほほ笑まれ、翠が絶望したというのに、徹は大声を上げて翠のペンネームを叫ぶ。


「あんた、あの人⁉ えー! マジで! え。だからケガしてるの⁉」


 言われて、翠は不審げに眉根を寄せる。

 彼が見ているのは、翠の右頬。


 腫れは完全にひいたのだが、青紫色に変色してしまっているので、ガーゼを貼って隠しているのだ。


「書籍は買ったことないけど、無料小説サイトのは読んだことあるよ。あんた、実話系の怖い話も集めてたでしょう」


 おずおずと頷くと、「よく読んでたんだ」と屈託なく笑う。


「ほかにもバトルもの書いているよね。読みながら、この人、絶対自分で格闘技する人だよなぁって思ってて。それ、戦ってけがしたんでしょう」


 ははあ、やっぱりね、と妙な感心の仕方をされた。


「格闘技、されるんですか」

 石堂が驚いている。


「いえあの……。小説のネタにするためにちょっとだけいろいろかじっただけです」


 先月も居合の人間相手に「どうやったら刀を抜かせずに蹴り倒せるか」を実践したことは黙っておく。


「えっと。で、なんの話だっけ」

 徹が首を傾げるから、石堂は苦笑した。


「弊社が所有している土地なんですが、一部竹林を撤去したくて……。ところが、いわゆる禁足地のようで」


「あちゃあ」

 徹は腕を組み、盛大に顔をしかめた。


「それは困る」

「もちろん、やしろを撤去し、安全を確認してから御社にお願いしたいと思っています」


「安全、ねぇ……。場所はどこ?」


 ふうん、と徹は鼻から息を抜く。石堂は住所を説明し、スマホでグーグルマップを立ち上げようとしたのだが。


「あ。みる太が入ってえらい目に遭ったとこだろ。うわー……、まじか」

 ぱちん、と自分の額を叩いて天井を仰ぐ。


「みる太を、ご存じなんですか」

 翠が目を丸くする。


「知ってるも何も、怪談朗読会の常連というか……、タチ悪いんだよなぁ、あいつ」


 口をへの字に。眉を逆ハの字にする。随分と表情豊かな人だ。


「怪談朗読会って、いろいろあるけど、うちのグループが主催しているのは、実話系って、くくりを入れてんのね。それでネットとかで告知して、語りは誰でもいいの。最近は怪談師とかたくさんいるけどさ、うちは素人がメイン。たどたどしくても全然問題なし。実体験を語ってくれればね」


 翠は頷く。

 なるほど、実体験で怖い思いをした人が、聴者に対して語る場らしい。


「料金も安いし、夏場なんかは盛り上がるんだけどさ。中には、みる太みたいな人がネタ探しにやって来るんだよ。それで、しつこく体験者に内容を聞いたり場所を探ったりするから、こっちは迷惑してて……」


「ひょっとして、みる太はその怪談朗読会で中洲のことを知ったんですか?」

 石堂が尋ねる。


「だと思うよ。おれだって動画見た時、『あいつ、やりやがった』って思ったもん」


「動画も観たんですか!」

 翠が驚くと、徹はいきどおった様子で頷いた。


「普通さ、ああいうのって原典というか。『これはどこどこの怪談朗読会で聞いた話です』とか言うもんじゃない。お姉さんだって、モノ書いてるんなら、そうだろう?」


 まあ、出典元は確かに明確にしておかないと、あとで問題になるのは確かだ。


「それなのに、みる太ってまるで自分が直接採話した、みたいにやるんだよな。あれが気に食わなくって」


「じゃあ、怪談朗読会で、あの中洲の話をしたんですか。誰かが」


「ええ。まだ若い子でしたよ。大学生かな。それぐらい。ほんと、ど素人って感じで舞台に上がって、『あのー、じいちゃんから聞いた話です』って切り出して……。あれなんですよ、うちの怪談朗読会。話者わしゃはちょっと参加費安くなるの。だから、みんな、ちょっと不思議だなって思うような話でも気軽にするんだよね」


 その時は、徹もきっとその手の話だと思ったのだという。


 例えば、じいちゃんが山菜取りに山に入り、気づけばぐるぐると同じ場所を歩かされた。足元を見たら狐の毛が抜け落ちていて、ああ、自分は化かされていた。まゆつば、まゆつば、的なオチのものだろう。


 そう思っていたら。


「その男の子が言う話が不思議でさ。えーっと待ってね。できるだけ正確に言うから」


 徹はそういうなり目を閉じ、ソファに深くもたれた。


「あのー、じいちゃんから聞いた話です。じいちゃんの住んでいるところには、川があって。そこに中洲があるんです。その中洲には竹がいっぱい生えてるんですが、その中にやしろがあるそうです。


 その社の神様は、願いがかなうかどうかを教えてくれるんです。


 すごく当たるらしくて、みんなが行きたがるんですが、そこは決められた人しか行けないんです。で、時々社を掃除したら、願いを書いた紙が社の前に置いてあるんですって。それで、『ああ、この願いを書いた人は無事かなぁ』ってみんなで言い合っているそうです。以上です」


 ぱちり、と徹は目を開く。


「こんな話だったよ」

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