第20話 女子中学生
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次の日。
翠と石堂は、町立
部屋の中央には校長のデスクがあり、その真ん前のソファ席にふたりは並んで座っている。
さっきまで校長が石堂に対応していたが、今は学年主任を呼びに出て行ったきり、戻ってこない。
モーションカメラに映った写真から、彼女が在籍しているであろう中学校を割り出すことは簡単だった。
なにしろ今の世の中、ネットで検索すればいろんな情報が出て来る。
どうやら地元の八川中学校だとあたりをつけ、朝いちばんに石堂は電話連絡をした。
『貴校の在籍生徒とおぼしき女子中学生が、弊社の所有する土地に不法に入った形跡がある』
非常に硬い物言いに、最初に対応した中学校教員は震えあがったようだ。
電話を交代した教頭は、至急訪問させていただきたい、確認をさせていただきたい、と口早に言うのを石堂は制し『そちらにお邪魔させていただく』と時間を指定して来校したのだ。
「ソフトボール部が強いんですね」
壁際に並ぶ部活動の優勝旗を眺め、翠が言うと「え?」と石堂が視線を辿った。
「そのようですね。ほぼほぼ、ソフトボール部だ。あとは……。剣道部?」
もうコンタクトにしているのだろう。彼の顔から眼鏡はない。
こじゃれたスーツにネクタイ姿の彼は、授業中だというのに生徒の視線を釘付けにしていた。
「校長先生遅いですねぇ」
翠は壁時計を見やる。
訪問したのは、10時。そこからすぐに校長室に通され、石堂と名刺交換をした校長に写真を見せたのは、10分後だ。
校長は驚いたように目を見開き、それから『学年主任に同席させます』と伝えて出て行ったっきり戻ってこない。
時計は10時40分。ついさっき授業終了のチャイムが鳴ったところだった。
『誰でも自由にどうぞ』
校長室の扉にはそう書かれ、開け放たれたままだ。
そのせいで、時折好奇心にかられた女子生徒たちが部屋を覗き込み、翠と目があっては、きゃあきゃあと笑いながらどこかに行く。ちなみに、女子生徒たちが見たいと思っている石堂は、全く興味がないせいか顔すら向けない。
「あ。失礼」
振動音が聞こえたと思うと、石堂がソファから立ち上がり、壁際に移動した。
ポケットから出したスマホを取り出し、耳に当てる。
「石堂です。ああ、少しだけなら。……それは、社長か会長ではだめなのか? わたしじゃないと? ……そう。返事はしばらく待ってくれ。すぐ折り返す」
言うなり石堂は素早く通話を切り、パネルをなぞって、また耳にあてがった。
「石堂だ。お前明日暇だろう? 10時におれが指定した場所に来い」
言うなり、通話を切る。
翠が目を丸くしたのは、彼が自分を〝おれ〟と呼んだこととその内容が一方的すぎたためだ。
だが、石堂はそんな翠の表情には気づかず、すぐにまたスマホで呼び出す。
「長良? 大丈夫だ。先方に連絡して。12時には本社に行ける。じゃあまた」
石堂は通話を終えると、片手にスマホを持ったまま戻ってきた。
「失礼しました」
「いえ……。あの、お忙しそうですね」
言ってから、そりゃそうだ、と自分でも呆れる。副社長なのだから当然だ。
翠などこの先予定はほとんど入っていないが、彼など時間をやりくりしてこの地にいるのだろうから。
「Zoomで行おうと思っていたんですが、ランチミーティングを希望されておりまして……。中国系の企業の方ですから、帰国する前に会いたいそうです」
石堂は座り、ものすごい速さで文字入力をすると、LINEを一通送信させた。
「食事をしながら、仕事の話をするのは嫌いなんですが」
ぼそりと呟く。石堂がスマホをポケットに入れると、見計らったように校長がよく日に焼けた男性を連れて戻ってきた。
石堂と翠がそろってソファから立ち上がる。
「どうも、二年部の学年主任をしております、末松です」
日に焼けた男性が石堂に頭を下げた。
「初めまして。石堂と申します」
右手を差し出す石堂に、末松は目を真ん丸に見開きながらも、おっかなびっくり握手をする。ちなみに、校長もこの握手には驚いていて、『やっぱり大企業さんはグローバルなんですねぇ』と翠に感心して見せた。翠のことを石堂の秘書だと思っているらしい。
「どうぞおかけください」
校長が促し、四人そろってソファに座った。
「確かに、この女子生徒は当校の生徒です」
単刀直入に末松が切り出した。
「お会いすることは出来ますか? もちろん先生やご両親同席の上で、ですが」
石堂が尋ねると、末松は分厚い手で髪を掻いた。
「実は事実確認も含めて、名田の保護者に連絡をしたのです」
翠は石堂を見た。彼も視線だけ動かし、小さく頷く。
こんなに時間がかかったのは、それがあったのだ。
「ああ、名田というのはこの女子生徒の名前です。
校長は、石堂から渡された写真をローテーブルの上に乗せた。
白黒の、暗視モードの写真だ。
へっぴり腰に懐中電灯をかざした、横向きの女子生徒。
「保護者は、ぜひ会いたいと言っておるんですが……。肝心の名田が……」
末松が大きな肩を落とす。しょぼくれた様子に翠が声をかけた。
「会いたくない、と?」
怒られると思っているのだろうか。
「まあ、そんな感じ、というか。まだ混乱しているようで……」
「彼女は現在、入院しているんです」
「「入院」」
補足した校長に、石堂と翠の声が重なる。
「ええ。剣道の試合で怪我をしましてね。四日ほど前かな、末松先生」
「そうですね。それぐらいになるでしょうか。担任は見舞に行きましたが、傷が傷なだけに、会うことを拒否されて」
「大怪我、だったんですか」
気の毒に、と翠が眉を寄せる。末松はがっくりと力を落とした姿のまま、自分の右目の下を指さした。
「折れた竹刀がここに刺さりましてね」
「……刺さった」
石堂が呆気に取られているが、翠だって同じだ。
「お、折れるんですか、竹刀って」
本筋から離れているという自覚はあったが、つい尋ねる。
「竹刀にささくれがあった場合、ナイフやカッターで削って、やすりをかけるんです。そうしたら、細くなるので……。まれに……。非常にまれですが折れます。ですが、試合前の計量にもちゃんと通った竹刀だったんです」
末松が、どこか言い訳めいた口調になる。
「竹を削って軽くし、早く振れるようにすることを防ぐために、試合前に竹刀は計量します。それに、相手選手の言い分を信じるなら、竹刀は数日前に下ろした新品だった、と」
「それが、折れた」
石堂が抑揚のない声で呟く。
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