第3話 禁足地
知らずに
「その後、布士家は弊社に土地を売り渡し、転居なさいました」
「当時、私は小学生でしたし……。その辺の理由はちょっとわかりませんが」
当然だ、とばかりに石堂はひとつ頷く。
「行政の都市計画で、この辺一帯は立ち退きとなったのです」
「この写真は当時のものです。現在は……」
川を残し、両脇は更地だ。
画面上方に山が見える。川は変わらず流れ、楕円形の竹藪も健在だが周囲は砂利に覆われた土地ばかりだった。
「行政のまちづくり課と弊社が協力して、この辺りの買取やあっせんを行っています。そうですね……。ざっと二十年経って、ようやくここまで来ました」
ふ、と小さく石堂は息を漏らした。
「行政としてはここに幹線道路を通し、国道につなげたいようです。で、再度住宅地として売り出し、若年層を呼び込みたいとのことでした。生活に便利な町として売り出すのだ、と」
興味なさげに淡々と石堂は説明する。
ふうん、と翠も曖昧な返事をした。きっと高齢化対策なのだろう。
翠が住んでいた頃はまだ子どもがたくさんいた印象がある。
だが、その子たちが翠と同じく二十代後半になり、そこに住み続けているかというとそれは別問題だろう。
とにかく、駅からは遠く、国道へ向かうには細い道しかなくて時間帯によっては渋滞していたイメージがある。父親がげんなりした顔で「バイパスで事故が起こったのか、みんな下道に逃げて来るから、帰宅に時間がかかったよ」と言うことがよくあった。
「この、
石堂が言い、それからタブレットを指さす。節くれだっているが長くてきれいな指だ。爪が短く切りそろえられているのも好感が持てた。
「中洲付近については護岸整備をし、流れを一部制御して橋や階段をつけるそうです」
「なんのために」
きょとんと尋ねると、長良が苦笑いした。
「若年層家庭を呼び込みたいため、このあたりに〝ちゃぷちゃぷ池〟的なものを作るのだとか。同時に、周辺には公園を併設させます」
「危なくないんですか?」
翠は顔をしかめた。
「よく事故起こってるじゃないですか。大丈夫なのかな」
「実際の施工については、把握してはおりません」
突き放すように石堂は言う。まぁそうだろうな、と翠も思った。
この人たちはあくまで土地売買に関する仕事を請け負っただけなのだろうから。
「あくまで行政と建築業者が当社をせっついているのは、早急にこの竹藪を伐採してほしいということです」
石堂が相変わらず抑揚のない声で続ける。
「資材置き場としても利用したいようです。……まあ、何度も申し上げますが、そういったことは施工に関わる者がするべきだとは思うんです」
「まあ……、そうでしょうね」
ここからは施工業者の仕事のような気がする。
「業者としては、業務をスムーズにすすめるため、まずは竹藪を取り払おうとしたようです。もちろん、うちは許可を出しました。が」
すい、と石堂が肩を竦めた。
「事故が続きました」
「事故?」
翠がオウム返しに問う。石堂は頷いた。その隣では長良も深い息をひとつ落とす。
「チェーンソーによる負傷事故、資材の脱落による事故、運搬車両の横転」
つらつらと長良は続け、翠は呆気にとられる。
「挙句の果てには、現場監督者が相次いで病気になり、誰も作業にとりかかれない、という事態になりました」
表情筋ひとつ動かさず、石堂が言う。
「そんなことって……、よくあることなんですか」
たまらず、尋ねてしまう。
「いいえ」
きっぱりと石堂が首を横に振った。
「よくはありません。が、時折あります」
石堂は視線を下げた。タブレットを見ている。
「工事開始二日目に、竹藪の伐採に関わった現場責任者によると、どうもこの中洲には
「社……」
翠もつられてタブレットを見たが。
そこには鬱蒼としげる竹藪しか見て取れない。
「川沿いに竹を切り進めた時、奥に建物らしきものが見えた、と。ですが、彼は次の日に高熱を出し、入院しています。
次の現場責任者もそれらしきものは確認したのですが、ぬかるみで足を滑らせ、竹の切り株の上に転倒。胸を貫かれました。結果、
うわあ、と翠は顔を盛大にしかめたが、石堂は淡々としたものだ。
「発注を請け負った建設会社が役場に泣きつき、土地の所有者である親愛コーポレーションに、社および
「なるほど」
頷きながらも、この話がどうして自分につながるのだろう、と翠は内心で首をひねる。
「弊社としましても、このまま事故が続くと、その後の販売に影響しかねません」
そうでしょうねぇ、と翠は同情する。
「わたしが現地に赴いてもいいんですが……」
ふう、と石堂は息をついた。
「まずは周辺で聞き込みをおこない、古くからこの土地に住んでいた方々を訪ね歩いて調査を行いました」
「調査、ですか」
なんだか不思議に思い、翠は石堂と長良を交互に見た。明確に頷いてくれたのは長良だ。
「社がある、ということは、誰かが、あるいは所有すると思しき自治会が祀っていた、ということです。我々は誰が
「祀る」
なんとなく呟くと、石堂が深く首を縦に振った。
「社の中には、ご神体がある。普段はあまり意識しませんが……。朽ち果てず、そこにある、あり続ける、ということは誰かがそれの世話をしていた、ということです。連綿と」
相変わらず口調は平坦だったが、熱を帯びているように翠には思えた。
だが。
過去をさかのぼってみても、翠には『川の中洲』にある『社』なるものを誰かが世話しているようには思えない。
「世話、というか……。祀るってことは、お祭りしたり、お供えしたり。なんかこう……。清掃活動的なことをしている、ってことでしょう? あんまり……。そんな記憶はないですね」
少なくとも、翠は生まれてから小学校低学年までそこに住んでいたわけだ。
だが神輿を担いだり、ましてや中洲の中に入って綺麗にした記憶はない。
そもそも、そこに社があることを、いま知ったぐらいだ。
「そうですね。きっと、大っぴらに祀るようなことはなかったこと思います」
石堂は頷き、ちらりとまたタブレットに視線を走らせた。
「どうやら、土地の長老にお聞きしたところ、この中洲は
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