彼女の豹変

 天使のアンジェラが「楽しみにしててね」と言った翌日。

俺はいつも通り、教室に入ると…。


「あ! 冴木君」

既に教室にいる木下さんが近付く。


一体何の用なんだ?


「今日のお昼、一緒に食べようね」


…あの時コンビニと公園で話して以降、一言も会話していない俺を昼食に誘う。

あり得ないことだ。…これはアンジェラの仕業だな。


とはいえ、その程度なら問題ない。あのポンコツ天使のことだ。

この誘いを断ったら、行動がエスカレートするのは読めている。


ここは受けるのが一番だ。


「いいぜ。一緒に食べよう」


「約束だよ」

そう言って、自分の席に戻っていく木下さん。


なんだ? これだけなのか? てっきり、もっとベタベタしてくると思ったが…。



 昼休みになった。…木下さんが弁当箱を持って俺の席に近付く。


「冴木君。体育館裏で食べない?」


「体育館裏?」


人気ひとけがなくて薄暗いところで食べるの?

教室はうるさいから、俺は良いんだけど…。


「本当に体育館裏で良いのか?」


「うん。私、静かに食べたいタイプなの」


俺と好みが同じみたいだ。それなら心配ないな。


「それじゃ、行こうか」

俺達は揃って体育館裏に向かう。



 体育館裏に着いた。…俺の想像以上に薄暗い。

静かに食べたいとはいえ、これだと気分が滅入るぞ…。


「木下さん、本当にここで良いの?」


「ここじゃなきゃヤダ!」


駄々をこねるなんて、彼女らしくないような…。


体育館周りはコンクリートなので何とか座れるが、スペースはあまりない。

かといって、地べたに座るのは厳しいよな。特に木下さんが。


「お~い。晴ちゃん・良ちゃん!」


上から声がしたので確認したところ、アンジェラが下降してきた。


「アンジェラ。木下さんが俺を誘ってきたのは、お前の仕業だろ!」

普段の彼女は誘う事はしないはず…。


「あたしは魔法で晴ちゃんの背中を押しただけだよ。つまり前から、晴ちゃんは良ちゃんを誘いたかったの♪ わかる?」


最後の「わかる?」がイラつくな…。


「そうだよ冴木君。アンジェラさんのおかげで勇気を出せたの。責めないで」


木下さんにそう言われたら、どうしようもないか…。


「でさ、2人はこんなところで何してるの?」

アンジェラが俺達に質問する。


「昼飯を食べようと思ったんだが、ここの薄暗さに驚いてな。どうしようか迷っていたところだ」


別のところを探しても良いが、何故か木下さんがここを希望しているし…。


「ふ~ん。良かったら、あたしがテントを出してあげようか?」


「テント?」

いきなり何を言い出すんだ? このポンコツ天使。


「そ。術者のあたしがいないと発現しないから3人で入ることになるけど、中は快適だよ。プライバシーも守られるしね。…どう?」


どう? って言われても…。俺は木下さんを見る。


「良いの? アンジェラさん、お願い」

彼女は利用する気満々のようだ。


なら俺も使わせてもらうか。


「俺からも頼む」


「りょうか~い」


アンジェラは何かブツブツ唱えると、キャンプ場で見かけるテントが出現した。

ぱっと見、数人しか入れない大きさだな…。


「このテント、術者が入ると透明になって見えなくなるんだよ。もちろん防音だから、どんなに叫んでも問題ないから♪」


俺達は昼飯を食べるだけだぞ? 叫ぶことなんてないんだが…。


「そういう訳で、晴ちゃん・良ちゃん、先に入って」


アンジェラの指示を聴いた木下さんが入ったので、俺も続く。



 テントの中は、見た目と同じ広さだった。…照明がないのに中は明るい。


「テントの内側が発光してるんだよ。気温・湿度調整とかもテントにお任せ♪」

最後に入ってきたアンジェラが補足する。


ずいぶん便利なテントだな。天使って、人間よりハイテクなのか?


アンジェラが最後に入った事で、このテントは周りに視認されなくなり、出す音も聞こえなくなるらしい。中にいる時に、それらは確認できないがな。


「冴木君」

木下さんに呼ばれたので彼女のほうを見たら、俺達の唇が重なる。


それは、一瞬で中断された…。


「な…」

俺、キスされたんだよな? 勘違いでも、うっかりでもなくて…。


「ひゅ~♪ 晴ちゃん、大胆♪」

アンジェラが茶化す。


「アンジェラ。これもっていうのか? あり得ないだろ?」

キスなんて、背中を押したレベルじゃないよな?


「あり得てるじゃん。晴ちゃんはってことでしょ」


こんなポンコツ天使の言う事なんて信じられん。


「絶対お前の魔法のせいだ! 木下さんにかけた魔法を解除しろ!」

それで元に戻ることを願う…。


「そういう魔法じゃないんだって。良ちゃんは晴ちゃんの気持ちに応えないと」


「冴木君。いつまで待たせるの? 冴木君とキスしたくて、誰も来ない体育館裏に誘ったんだよ? 私、もう我慢できない…」


あの時彼女が他の場所を渋ったのは、そういう事だったのか!


木下さんの顔が、徐々に近付いてくる。俺はどうすれば良いんだ?

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