第34話 王都アストラット

 俺が前世で住んでいた九州の田舎町より、よほど都会だぞ、ここ。


 門を潜って分かったのだが、外から見える防壁はなんらかの方法でカモフラージュしている。内側から見ると、防壁は100メートルを軽く超える高さだ。壁の内側には20階を超える「ビル」のような建物が肩を寄せ合うように立ち並んでいる。中には30階、いやそれ以上の建物もある。


 クラシカルな煉瓦造りっぽいビル、全面ガラス張りっぽいビル、鉄骨っぽいもので何やらアートな装飾が施されたビル、上から摘まんで捩じったようなビルや船を縦にしたようなビルまで。箱を積み上げたような、どこぞの商業施設っぽいものまである。


 そして、空中にも道が……道でいいのか? 人や走竜が行き交っているからきっと道なんだろう、断面が半円になっている透明チューブ状の道が縦横無尽に巡っていた。


 そして俺が今立っている道は幅が30メートルくらいあり、白くて僅かに弾力のある素材で舗装されている。そこを人や走竜、もっと大型の翼のない四つ足の竜が歩き、空には小型の飛竜が飛んでいるという、ファンタジーだか近未来だかよく分からない風景に頭が混乱する。


 道の両脇は芝生になっていて、ビルと同じくらい背の高い街路樹や、あちこちに花壇が整備されて季節の花が咲き乱れていた。


「すごいね……」

「狭い土地を有効活用するために、建物がどんどん高くなっちゃった。ボクはもっと低い建物の方が好きなんだけどね」


 あ、俺も建物は低い方がいいです。田舎者なので。


 走竜達がジョギング程度の速さで進んでくれるので、俺は王都の様子をゆっくり眺める事が出来た。


「ほー」

「へぇー」

「ほえー」


 田舎から都会に出て来たお上りさんである。辺りをキョロキョロ見回し、間の抜けた感嘆の声が自然とダダ洩れ。

 治安の悪い場所なら悪い人の格好の餌食だが、ネロとラムルさんがいるし、道行く人々もこんな俺のことを微笑ましく見てくれている。


「ほら、王宮が見えてきたよ」

「どれ?」

「あの少し高くなった所に低い建物があるでしょ?」

「あの白いの?」

「そう!」


 真っ直ぐ伸びる道の先に、こんもりとした緑の丘がある。その上に、周囲のビル群と比較するとあまりに慎ましやかな、丸い屋根の真っ白な建物があった。


 近付くと、慎ましやかと思ったのは間違いだった。高さは確かに低いがデカい。1階建てだが、横幅が100メートル以上ある。壁や柱には全面に精緻な装飾が施され、周囲は見事に手入れされた庭園が広がっている。カルオーシャのお屋敷で見たのと同じ、細い金属で出来た柵が周囲一帯を囲んでいる。


 建物も庭も、まるで超一級の芸術品だ。近くで見るとその威容が分かる。慎ましやかとか思ってごめんなさい。


 外部から侵攻される恐れがないから、城のように中にいる人を守る構造にはなっていない。警備も、門番の兵が二人いるだけだ。たぶん、中の人の方がこの門番達よりずっと強いだろう。


 俺達は走竜から降り、歩いて門を潜る。ネロと一緒だから誰何される事もなかった。兵の詰め所から走って来た別の兵士達にプラネリアとマフネリアを託し、王宮の入口に向かう。不思議と、カルオーシャのお屋敷に入る時のような緊張はなかった。





SIDE:クロスティーナ


「今日がその日という事か」

「仰る通りです、セプテブルス様」


 火焔神龍国の王にしてこの国最強の男、セプテブルス・イオーニス=クトゥグァがベッドで横になっている私の手を両手で包み込みながら尋ねる。


「他に誰もいないのだ、そのような仰々しい話し方はよせ」

「分かったわ」


 私は、この人に見初められた時から、自分には使命があると伝えていた。自分には愛する人がいて、その人を探し、見つける事が出来たらその人に尽くす、と。

 前世の事も話した。その上で、セプテブルス王からはそれまでの間で構わないから傍にいれくれ、と熱烈に求婚された。既に4人も妻がいる人とは思えない熱烈さに当時は呆れたものだ。


 でも、この人はそれから360年間、ずっと私のことを愛してくれた。それはそれは大切にしてくれた。


 それだけ長く、深く愛されれば、私だって気持ちが動く。気付けばセプテブルス王のことを、私も深く愛していた。長い間探し続けていた「ご主人」が見つからなかった影響もあっただろう。でも、「ご主人」の次か、もしかしたら同じくらい愛していた。


 戦いで怪我を負い、まともに動けなくなってしまってからも、彼の愛は変わらなかった。むしろそれまで以上に大切にされたかも知れない。

 私の怪我は単なる怪我ではなく、呪詛が込められた魔剣によるもの。そのせいで傷付けられた神経が再生しない。彼は国の内外で解呪の方法を探し続けてくれた。それが実を結ぶ事はなかったものの、彼の私に対する思いは十分過ぎる程伝わった。


 「ご主人」がこの世界に転生した事を知った日から、私は王と話し合いを重ねて来た。私は王を心から愛しているし、出会ってからの全ての事に感謝している。それでも、私がこの世界に生まれたのは「ご主人」に恩を返すため。セプテブルス王は私の想いを理解し、私がしたいようにすることを許してくれた。


 私はもう長くはない。今の私が「ご主人」に出来ることは、残された力を譲り渡すこと。


「あなた。今まで本当にありがとう」

「礼を言うのは私の方だ。お前と出会えた事、ネロを授かった事、全てに感謝する」

「後の事は……ネロと『ご主人』の事、よろしくお願いしますね」

「ああ、心配するな。お前の『ご主人』には私の出来る限りの事をする。もちろんネロにもだ。あの子は私の娘でもあるのだから」

「ありがとう、あなた。……心から愛しています」

「私もだ。心から愛している。これまで大儀であった」


 私は涙を堪える事が出来なかった。この国最強の男の目からも涙が溢れていた。王は起き上がる事の出来ない私に覆い被さるように、優しく抱きしめてくれた。私も彼の背に腕を回した。彼の匂いと体温を忘れないように。


 最後にしばらく見つめ合い、セプテブルス王は私の部屋を後にした。


 この世界で彼に出会えたのは幸運だった。「ご主人」と出会えない長い年月を耐える事が出来たのは彼のおかげだ。


 私がいなくなっても彼は大丈夫。ほかに5人の妻がいるのだから。ネロも心配だが、ラムルネシアがいるし、「ご主人」もいるからきっと大丈夫。共に過ごした時間に比べ、別れを告げる時間はあまりにも短すぎたけれど、言いたい事は伝えた。他の王妃達やその子供達には、王から事情を説明してくれる事だろう。


 私は枕元に置かれた取っ手の付いたベルを鳴らす。


「チリン」

「失礼いたします、クロスティーナ様」


 たぶん、扉のすぐ傍で控えてくれていたのだろう。私の体がこうなる前から側仕えを勤めてくれている侍女のマリアナが部屋に入って来る。


「マリアナ、もうすぐ『ご主人』がお見えになるわ。顔色が良く見えるように、少しだけ化粧直しをお願いできるかしら?」

「かしこまりました」


 マリアナにも私の事情は話してある。今から会う人物に残された力を全て譲り渡す。それが私がこの世界に生まれた理由であり、使命であること。その結果、私は死ぬけれど、決して「ご主人」を悪く思わないで欲しいこと。


「マリアナ、あなたには長い間苦労を掛けましたね。今まで本当にありがとう」

「……ぅぐっ……クロスティーナ様……」

「あなたの今後の事は王にお願いしていますから、心配しないでね」

「……クロスティーナ様にお仕え出来た事、何よりも幸せでございました」


 マリアナは両目から大粒の涙を流しながら私に深々と頭を下げてくれた。私はマリアナの手を握り、再び「ありがとう」と伝えた。せっかく直してくれたお化粧を崩さないよう、私は必死に涙を堪えた。


「さあ、涙を拭いて。もう『ご主人』がいらっしゃる頃ですよ」

「はい、クロスティーナ様」

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