第33話 アルファの鱗

 なんだこれは? 一体ここはどこだ?


 空の色がおかしい。夕焼けとは似ても似つかない、毒々しい赤。時々、真っ黒なひび割れのような稲妻が走っている。稲妻と違うのは、いつまで経っても黒いひび割れが消えない事だ。まるで空にひびが入っているみたいに。


 俺が立っているのは見渡す限りの荒野。木どころか草一本生えていない。だが、大地が蠢いている。地下に巨大な何かがいて、それが地面を下から押し上げているかのようだ。


 どれくらい離れているか分からない、遥か遠くの大地が大爆発を起こし、地下から何かが飛び出す。


(とうとう来たか……)


 え、誰? 大人の男性の声が聞こえた。


(アルファ、本当にいいのですか?)


 今度は女の人の声。視点が横を向くと、真っ白い髪を長く伸ばした綺麗な女性がいた。


(ああ。これしかない)

(でも、あなたじゃなくても――)

(俺しかいない。分かってるだろう?)


 この流れ込んで来る感情は何だ? 愛しさ、寂しさ、悲しみ……これは「未練」か?


 遥か彼方で地下から飛び出した巨大な何かは、舞い上がる土埃で全貌が見えない。あれは……球体? 真っ白な球体のようだ。その表面に真っ赤な光の線が放射状に走り、その線に沿って球体が開こうとしていた。


 これだけ離れていても、あれが何か良くないものだと分かる。とんでもなく邪悪なものだと。


(もう時間がない。後のことは頼んだぞ、ルミナス)

(アルファ……あなたを愛しています)

(ああ、俺もだ。俺も愛してる)


 白い髪の女の人に抱きしめられる。自然と涙が溢れてくる。


(また会おう、いつか)

(ええ。私はあなたを探し――)


 女の人の言葉を最後まで聞くことなく、視点は空へと飛び立った。物凄いスピードで、ぐんぐん球体に近付く。球体は蕾が開くように真ん中から開き始めている。


神火神鳴じんかしんめい!)


 右手に持つ槍の穂が青白く光り、バチバチと音を立てる。目も眩む眩しさを伴って、青白い光が禍々しい球体に吸い込まれて行った。途端に天空から光の柱が落ちて来る。


(ウォォオオオオオン!)


 球体が苦悶の声を上げるが、その声だけで体がバラバラになりそうだ。


霹靂閃刃へきれきせんじん!)


 槍の穂先に青白い光が集まる。ピンポン球くらいの大きさなのに、まるで青白い太陽。それはやがて槍を、そしての体を包み込み、巨大な刃と化して白い球体に突き刺さった――





「ウォード? 大丈夫?」

「ウォードさん、どうしました?」

「え? あれ?」


 ネロとラムルさんの声で我に返った。俺はアルファの鱗を両手で抱えている。


「もう、それを手にしたと思ったら急に涙を流すから、ボクびっくりしちゃったよ」

「目にゴミでも入りましたか?」

「えっと、俺どれくらいボーっとしてた?」

「え? 10秒くらい?」


 俺は鱗を抱えたまま服の袖で涙を拭った。


「10秒? なんか、これを触った途端、誰かの記憶が流れ込んで来たような……いや、ただの夢? よく分かんないや」


 ネロとラムルさんがお互い顔を見合わせる。ネロは俺のおでこに手を当てて熱がないか確かめ始めた。ラムルさんは俺の体をあちこち触っている。やめて、くすぐったい。


「熱はないみたい」

「体にも異常はなさそうです」


 二人にまた心配を掛けてしまったが、今はさっき見た何かを整理するので頭が一杯だ。俺はアルファの鱗を改めてじっくり見てみる。当然だけど鱗は俺に語り掛けたりしない。裏返してみると――


「あれ? こんなの前あったっけ?」


 鱗の裏側は薄い灰色なのだが、そこにびっしりと魔法陣っぽい何かが書き込まれていた。


「ん? いや、そんなのなかったよね?」

「ええ、私も見覚えありません」


 3人でそれを覗き込んでいると、ふいに魔法陣が光り始めた。


「 「 「!?」 」 」


 俺は思わず鱗を手放した。カラン、と軽い音を立てて地面に落ちる。何が起きるのか見ていると、鱗から黒い粒子が舞い上がっていた。書き込まれた魔法陣のインクが鱗から剝がれているように見える。やがて裏側はまっさらになった。


「なんだったんだ……って、うお!?」


 鱗が独りでに浮き上がり、俺に突進して来た! 思わず腕を前に交差して顔を庇う。鱗の鋭い方が俺の左腕に刺さり――いや、刺さったように見えたのだが、俺の腕に触れた部分から光の粒子になって消えていく。鱗はどんどん俺の腕に埋まって、全てが光の粒子になって消えてしまった。


「なになに!? なんなの!!?」


 何と言うか、敵意とか害意は感じなかったし、痛みも全くなかったのだけど、予想外の事が起こり過ぎてパニック。オネエ言葉になるくらいにはパニック。


「ウォード!」


 ネロは俺の左腕を持ち上げてさすさすしている。ラムルさんはまた俺の体のあちこちを触っている。


「大丈夫? 痛くない?」

「うん、全然痛くないけど……今のは一体なんだろう?」

「ウォード……これ……」


 ネロがさすさすを止めて俺の手首辺りをジッと見ている。俺も自分の手首をジッと見る。手の甲側、手首の関節より僅かに肘側に、今までなかった「ほくろ」のようなものが――


「うわーっ!? ほくろじゃない! なにこれ、鱗?」


 そこには、遠目にはほくろに見える、縦横5ミリくらいのアルファの鱗が張り付いていた。





 いっぺんに色々起こり過ぎてその存在を忘れ掛けていたが、捕縛した賊をカルオーシャの警備隊に引き渡し、俺達は王都アストラットに向かっている。


 手首に張り付いたアルファの鱗だが、爪で引っ搔いても取れない。指で摘まんでも皮膚が引っ張られるだけ。最後にはラムルさんがナイフを取り出したが怖いので止めてもらった。

 今のところ痛くもないし体に異変もない。さっきも思った事だけど、敵意や害意はなさそうだ。ないと信じたい。


 これが俺に張り付いた事には、何か意味があるのだろうか。ネロやラムルさんは、鱗を触っても誰かの記憶が流れ込んで来るような事はなかったし、手首に新しいほくろが出来る事もなかった。


 何か意味があるんだろうけど、いくら考えても分からない。分からない事をいくら考えても時間の無駄というものだ。棚上げとも言う。


 ということで、当初の予定通りアストラットに向かっている。最初は気になってポリポリと手首をかいていたけど、そのうち気にならなくなった。王都が近付くに連れ、ネロのお母さんの事が意識の大半を占める。


 俺を追うように転生したけど、なぜか俺を追い越して400年近く前に生まれた元飼い猫の「ネロ」。今の名はクロスティーナというそうだ。「クロ=黒」が名に入っているのは何かの縁だろうか。

 と思ったら、「クロス〇〇」というのは火焔神龍国でよく使われる名前だそうだ。異母兄のクロスグリースさんもそうだもんね。


 そんな話をしていたら、王都アストラットの防壁が目前に迫っていた。カルオーシャと同じような、継ぎ目のない真っ白な壁。防壁の上にも、哨戒している兵士の姿が見える。


「そう言えば、あの男……一瞬で近くまで来たように見えたけど、あれは転移かな?」

「うーん、転移に近いけど、あれは闇魔法の一種だね」

「闇魔法?」

「うん。ずっと前だけど、お母様が使ってるのを見たことがあるよ。『潜影シャドウダイブ』っていう魔法だったはず」

「へえー……えっ、ネロのお母さんは闇魔法が使えるの? 火じゃなくて?」

「うん、ボクのお母様は国でも珍しい『闇属性』持ちなんだ」


 アストラットに入る西門の前には、そこそこの行列が出来ていた。その列に並びながらネロと雑談を交わす。


 そうか、ラムルさんだって「無属性」を持ってるもんね。火焔神龍国だからって、火や焔の属性を持ってる人ばっかりじゃないのは当たり前か。あれ? クロスグリースさんの魔法属性は何だったんだろう?


「そう言えば、クロスグリースさんは何属性なの?」

「グリースお兄様はね――」

「あの方は妹属性、いえ、ネロ様限定ですからネロ属性ですね」

「もう! ラムルったら!」


 …………ラムルさんがジョークを飛ばした、だと? いつもの無表情だったから、本当にそんな属性があるって一瞬思っちゃったよ。えっと、冗談だよね?


「グリースお兄様は『火属性』。だけど、お兄様は魔法が苦手、というかほとんど使えないんだ」


 うん。クロスグリースさんのイメージそのままだな。なんかちょっと安心した。


 三人で話していたら、あっという間に俺達の順番が来た。当然のように、ネロがいる事であっさりと門を通過。


「ウォード、火焔神龍国クトゥグァの王都、アストラットにようこそ!」


 俺の頭上からネロの朗らかな声が聞こえる。そこは俺が想像していたのとは全く違う場所だった。ファンタジーの定番、中世ヨーロッパの街並みとは程遠い。それよりも遥かに馴染み深い景色だ。


 そこには、太陽の光をキラキラと反射する高層ビルが立ち並んでいた。





――――――――――――――――――


◎作者からのお知らせ

今週末を目標に、この作品の短編を公開する予定です。

内容はこの33話で出て来たアルファとルミナスを中心としたもので、「至神転生」の始まりのお話となります。

短編のタイトルは「至神転生―始まりの龍と堕ちた神―」。短編の公開と同時に、こちらの長編のタイトルを「【連載版】至神転生―復活の龍と最強の魔法―」に改定いたします。

短編を読まなくても長編はお楽しみ頂けるように書いていきますので、今後もよろしくお願いいたします!

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