第32話 罠になんか嵌りませんよ?

SIDE:ウォード


 陽が上る前に目が覚めた。ネロと卵の温もりに挟まれたおかげでぐっすりと眠る事が出来た。いつも以上にすっきりした目覚めである。


 ネロを起こさないようそっとベッドから抜け出して部屋を出た。もうメイドさんは忙しそうに働いていらっしゃる。こんな朝早くからご苦労様です。ラムルさんの部屋を教えてもらい、軽くノックする。


「どうぞ」


 ラムルさんは既にいつものメイド服で待ち構えていた。二人で裏庭に行き、いつものように訓練を行う。今朝はプラネリアとマフネリアに見られながらの訓練だ。俺が良い動きをすると「クルゥ!」「クルルゥ!」と小さな鳴き声が上がる。


 クロスグリースさんのアシグナシオンの効果か、いつもより体が軽く感じる。突きだけではなく、横薙ぎや払いの時も腰の回転を意識する。


「ウォードさん、攻撃が一段鋭くなりましたね」

「ほんと!?」

「ええ。あのシスコ――クロスグリース様の教えをしっかり実践されているようですね」


 ラムルさんに褒められた! でもまだ全然当てられないんだよね。転がされる回数は気持ち減った気がするけど。


 今まで腕と肩の力に頼っていたのが、腰の回転を意識する事で体全体を使った攻撃に変化したと思う。自分でも、攻撃の速さと連続性が上がったと分かる。このまま鍛錬を続ければ、いつかラムルさんに当てられるかも知れない。


 二時間程の訓練を終え、せっかくなので朝風呂をいただく。昨日の大きな浴場ではなく小さな風呂だ。このお屋敷、風呂あり過ぎだろ。さっと汗を流し、自分で浄化魔法を掛けた服を着る。食堂に行くとネロが寝ぼけ眼で座っていた。


「ネロ、おはよう」

「おはよ、ウォード」


 うむ。今朝もネロは文句なく可愛い。艶やかな黒髪に付いている盛大な寝癖さえ愛おしく感じる。ボーっとしたネロを見ながら豪華な朝食を頂くと、美味しさもひとしおである。


 昔から言うじゃないか。美少女は最高の調味料、って。


 おっさんっぽい事を考えながら出発の準備を整えた。お世話になったメイドさんや執事さんに礼を言い、走竜達に乗って王都に向かう。

 王都アストラットまでは3~4時間という話だったが、プラネリアとマフネリアが昨日と同じテンションなら2時間以下に短縮されるだろう。もれなく俺の寿命も縮みそう。


「今日は景色を見ながら行こうね」


 という事で、いつものようにネロの前に乗せてもらった。これ以上寿命を縮めなくて済みそうだ。


 カルオーシャからアストラットまでの街道も、びっくりするくらい真っ直ぐだ。左右には広大な畑が広がり、遠くには高く聳える山脈が見える。農作業をする人々や、彼らが休憩したり道具を保管したりする建物が遠くに見えた。


 これら農地を囲む防壁はないそうだ。ドラグーンの活動領域に侵入するようなモンスターは、どうせ防壁では防げない事が理由。すごく納得。


 こんなに真っ直ぐで広大な土地は見た事がない。北海道に行けばこういう景色も見られたかも知れないが、残念ながら前世では経験できなかった。


「この一帯で、火焔神龍国で消費する食料の3分の1くらいを賄っているんだよ」


 この果てしなく広がる畑では、きっと様々な作物が作られているんだろう。走竜達のスピードが速過ぎて、何が作られているのかさっぱり分からん。景色を見ながらって言ったじゃん。これ、100キロ近く出てるよね? 景色を見る余裕なんてないんですけど。


 左右の畑はほとんど流れる緑色の帯である。かろうじて遠くの山脈の頂が冠雪しているのは分かった。これはあれか、動体視力を鍛えろってことか。道端にポツポツと建っている建造物も、見えたと思ったらぴゅんって後ろに過ぎ去るからね。


 まだまだ修行が足りないな、俺。


 と自分の未熟さを反省していると、スピードが見る見る落ちてきた。


「ネロ、どうしたの?」


 俺は後ろを振り返って声を上げた。


「あそこ! 荷馬車が横倒しになって、人が倒れてる」


 ネロが前方を指差す。ネロが言う「あそこ」に目を凝らすが、遥か彼方の道端に茶色っぽい点が見えるだけだ。

 そのまま1分ほど走って、ようやく荷馬車らしきものが車輪を横向きにしているのが見えた。さらに速度を落として近付くと、その横に白い服を着た小さな人影が横たわっている。


 辺りには、荷馬車に積んでいたであろう、色とりどりの野菜が散乱していた。


「大丈夫ですか?」


 マフネリアの背からラムルさんが倒れた人影に話し掛ける。どうやら少女のようだが反応はない。怪我でもしているのだろうか?


 俺がプラネリアの背から降りようとすると、ネロからがしっと肩を掴まれた。


「コソコソ……(農地で働く人族はいないはず。何かおかしいよ)」

「コソコソ……(罠っぽい?)」

「コソコソ……(うん)」


 俺にはドラグーンと人族の区別はつかないが、ネロやラムルさんは見ただけで分かる。何か理由があって人族がこの辺で働いているとしても、近くにドラグーンがいないのはおかしい。


 罠っていうのは、罠と怪しまれた時点で効果は半分以下になる。俺は咄嗟に体中に龍気を巡らせた。


 ネロがラムルさんに目配せする。マフネリアに乗ったままのラムルさんは次元収納からポーションを取り出し、微動だにしない少女にぶっ掛けた。それと同時に、ネロが空に向かって小さな炎球を打ち上げる。救援を求める合図らしい。


「これでよしっと。じゃあ行こっか」

「待て待て! 行こっか、じゃねえよ!」


 横倒しになった荷車の陰から背が高い細身の男が現れた。顔の下半分を黒い布で覆った冒険者風の男である。


「ちょっと! びしょ濡れになったじゃないの!」


 ポーションをぶっ掛けられた少女(?)も立ち上がった。さらに、道の両脇の土の下から男が三人、女が一人現れる。服や顔、髪の毛まで土まみれだ。こちらの4人も顔の下半分を布で覆っている。


「おい、お前ら。普通子供が倒れてたら助けるだろうが!?」

「 「 「?」 」 」


 俺とネロ、ラムルさんの三人は同時に首を傾げた。ポーションをぶっ掛けて救援を呼んだ。俺達は医者じゃない。これ以上ここで俺達に出来る事はない。


「お、お前たちには『心』ってもんはねえのか!」

「いや、そもそも倒れてたのは『子供』じゃないよね?」

「ぐっ!? だ、だとしても、誰かが倒れてたら心配するだろ!」

「え? 知り合いでもないのに?」


 長身瘦躯の男の言いがかりにネロが相手している間、土まみれの4人が俺達を囲むようにじりじりと迫って来た。ラムルさんはいつの間にかマフネリアから降り、いつでも動ける態勢になっている。


「まあ、話してても埒が明かないね」


 ネロがプラネリアから降りた次の瞬間。前方5メートルは離れた場所にいたはずの長身瘦躯の男が、一瞬で移動して俺の真横に現れた。俺の腰に男の腕が回され、喉に長剣の刃が突き付けられた。


「よーし、結果オーライだ! お前ら、こいつの命が惜しかったら動くなよ?」


 ネロの顔から表情が抜け落ちる。どこまでも冷酷で、どこまでも非情。感情の無い殺戮ロボットのような顔だ。あんな顔を俺に向けられたら、軽くトラウマになる自信がある。


「目的は何ですか?」


 ラムルさんの無表情は変わらないが、声が冷たいよ!? ラムルさんも怒っていらっしゃる。ヤバい。怖い。


「お前らが持ってる盾を寄越せ」

「 「 「……盾?」 」 」

「惚けるんじゃねえ、真っ黒い盾だよ! ドラグーンの女から奪っただろうが!」


 ラムルさんが手の平に拳をポンっと当てて「ああ、あれですか」と呟いた。俺もようやく思い出した。色々あってすっかり忘れていたが、アルファの鱗(仮)のことだ。ラムルさんが次元収納からそれを出して、ネロもやっと思い出したらしい。


「それだ、それ! こっちに寄越せ!」

「……これは奪った訳ではありません。拾ったのです」

「どっちでも良いんだよ!!」


 俺はネロに……ダメだ、ネロは射るような視線を男に釘付けにしている。ラムルさんに目配せした。こいつらの目的は分かった。もういいだろう。


「早く寄越せ! 小僧の命がどうなってもぶひゃらっ!」


 俺は男の後頭部に龍気弾をぶつけた。だって丁度いい位置に後頭部があったんだもの。男は俺の腰を掴んだまま前のめりに吹っ飛んだ。喉元にあった長剣はいい具合に手放してくれている。力の抜けた腕を引き剝がし、きちんと両足で着地。吹っ飛んで気絶した男は、プラネリアが後ろ足で抑え込んでいる。


 周りを見ると、残りの5人はすでに意識を刈り取られていた。ネロもラムルさんもすっごく怒ってたけど、命までは取らなかったらしい。


 ラムルさんが次元収納から縄を……縄!? 鞭を使う上に縄って……い、いや、取り敢えず今は止そう。縄で賊(?)を縛り上げていった。


 うーん、それにしてもアルファの鱗(仮)のこと、すっかり忘れてたよね。デモニオの女が使ってたものだから、こいつらはデモニオの一員か、金で雇われたのだろう。奪い返そうとするってことは、それほど大事な物ってことか。


「ウォード、怪我はない?」

「うん、大丈夫」


 ラムルさんはアルファの鱗(仮)を収納しようとしていた。


「ラムルさん! それ、ちょっと見せてもらってもいい?」


 ラムルさんは目でネロに問い、ネロが頷く。


「いいですよ。はい、どうぞ」


 ドラグーンの女と戦った時は良く見てなかったからなあ。触れてすらいない。こいつらが欲しがってたから急に興味が湧いてしまった俺は、アルファの鱗(仮)をラムルさんから受け取った。


「うっ!?」


それに触れた瞬間、俺に向かって何かが急激に流れ込んで来た。

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