第31話 裸の付き合い(男同士)
俺達より先にここに着くなんて、一体どうやって? いや、その前になんでここにいるのさ? 騎士団長の仕事はいいのか?
「うむ! 我が最愛の妹成分がまだ不足しておるのだ」
ちょっと何言ってるのか分からない。
「それにな、其方にアシグナシオンしてやろうと思ってな!」
「えぇ……そ、それはその、何と言うか、恐れ多いと言うか」
「わーっはっは! 遠慮せずとも良い!」
ここは風呂。当然今は裸。まさか……クロスグリースさんと裸で抱き合う、のか……? いや無理無理無理無理。そういう方面に偏見はない方だが、俺自身は至ってノーマル。断然女の子、というよりそういう対象は女性一択である。
「もっと近くに来い! 初めてという訳でもなかろう?」
いえ初めてなんです、男性とは。
「そうビクビクするでない。優しくしてやるからな」
なんか全部変な風に聞こえるんですけど。
そうこうしているうちに俺はいつの間にか浴槽の隅に追いやられていた。もうお湯から出るしかない? だけどアシグナシオンしてもらうのは魅力的である。決して変な意味ではない。確実に力になるからな。クロスグリースさんだって善意で言ってくれているのだ。
ええい、ままよ! 男と抱き合うくらい何だって言うんだ。ひと時の我慢で力が手に入るんだから良いじゃないか!
俺は無理やり自分を納得させ、覚悟を決めた。
「ウォード、何をしている? さっさと両手を出せ」
「……両手?」
「うむ」
「あ、はい」
俺がお湯から両手を出すと、クロスグリースさんのデカい手がそれを握り締める。
「ではいくぞ」
どこに? と思う間もなく、クロスグリースさんの手からほんのりと熱が伝わって来る。それが俺の体に徐々に広がり、龍気が巡るようにはっきりとクロスグリースさんの力を感じられるまでになった。
「む……これほどまでの龍気……」
湯に浸かっているせいなのかアシグナシオンのせいなのか、二人とも額から滝のように汗が流れる。
時間にして3分ほどであろうか。クロスグリースさんが手を離した。
「これで我の力の一部が其方に伝わった。今後も精進せよ!」
「あ……ありがとうございます!」
「うむ!」
汗をかいたので、湯から上がってもう一度頭と体を洗う。ネロとラムルさん、俺を騙してたな……抱き合わなくてもいいんじゃねぇか!
…………いや、でも全然いい。むしろ騙されたままがいい。
その後、クロスグリースさんと一緒に風呂から上がり、メイドさんが用意してくれた作務衣のような服を着て、客間で冷たいお茶をいただいた。ちなみにクロスグリースさんも作務衣姿だ。西洋系の顔立ちでワイルドなイケメンだが、妙に作務衣が似合う。
「あの、クロスグリースさん。どうして俺にアシグナシオンしてくれたんですか?」
「ん? もちろん其方の事が気に入ったからである」
昨日会ったばかりなのに、俺のどこを気に入ってくれたのだろう。そんな疑問が顔に出ていたのか、クロスグリースさんが続けて話してくれた。
「人族の身で龍属性を持つという事は、それだけで命が脅かされる
俺は……ただ、ネロとラムルさんを守れる強さを身に付けたいと思っているだけだ。今言われたような、「宿命」に逆らう覚悟があるかと聞かれれば自信はない。だけど、クロスグリースさんのような強い人に、俺の努力が間違っていないと認められたような気がして、なんだか物凄く嬉しい。
「改めてありがとうございます!」
「我が最愛の妹への点数稼ぎにもなるしな!」
すごく良い事を言っていたのに台無しだな、おい。 さすが最強のシスコン、ブレない。
「なんだかグリースお兄様とウォードが仲良しに見えるのはボクだけ?」
「私にもそう見えますね」
風呂から上がったネロとラムルさんは、温泉旅館にある浴衣のような恰好だ。二人とも白い肌がほんのりピンクに染まって……すごくいいです。
「わーっはっはっは! 男同士の秘密である!」
疚しいことは一切ないし、あったら困るから秘密にしなくていいのに。
結局クロスグリースさんは夕食までちゃっかり召し上がってお帰りになった。無論本人は全力で帰りたくないアピールをしていたが、ネロが手の平から炎を出し始めたので嫌々帰って行った。
屋敷の裏手にプラネリアとマフネリアがいる厩舎があるのだが、そこにクロスグリースさんが乗って来たワイバーンが居たのはびっくりしたよね。デモニオが使役していたレッサー(亜種)ではなくモノホンのワイバーンは迫力が違った。裏庭がやけに広いと思っていたんだけど、ワイバーンが降りられるようになっているのだ。ヘリポートかよ。
「やっと帰ったよ……ふぅ、疲れた」
「でもいい人だよね」
「うっ……ウォードはあんな風になっちゃダメだよ?」
「え? う、うん」
クロスグリースさんとは立場が違うから、あんな風にはならない筈。そう信じたい。
その夜は、大きなお屋敷でたくさんの部屋があるにも関わらず、またネロが添い寝をしてくれたのだった。プラネリアとマフネリアから託された卵は、温める必要はないと聞いたが俺を挟んでネロと反対側で一緒に布団に入れた。背中もお腹も暖かくて、いつの間にか眠りに落ちていた。
SIDE:カルオーシャ~王都アストラット間の街道沿い
夜が去り、朝が来ようとする時間。ウォード達が滞在しているカルオーシャから、王都アストラットに真っ直ぐ伸びる街道の丁度中間地点。そこに六人の人影があった。
彼らは元A級冒険者パーティ「漆黒の爪」。とある大盗賊団を壊滅させた際、ため込まれた金銀財宝のあまりの多さに「盗賊の方が儲かるんじゃね?」とそのまま裏の世界に足を踏み入れた金の亡者達である。余談だが盗賊団の金銀財宝もその大半をネコババした。
冒険者を始めた頃は、人々の役に立つ事にやりがいを感じていた彼らだったが、A級まで昇りつめて周囲からチヤホヤされ、得られる報酬に比例して生活水準が上がり、湯水のように金を使い始めた。いつしか「漆黒の爪」にとっては金を得る事が最優先になってしまったのだった。
「盾を奪うだけで金貨100枚って、ボロい仕事だよね~」
少女のような声で、少女の姿をした女が口にする。彼女の名はマルセラ。見た目通りの年齢ではない。成長ホルモン分泌不全症によって10歳程の姿ながら、卓越した素早さと洞察力を活かして斥候兼前衛を担っている。
「マルセラ、気を抜くなよ。相手は女子供だが、女二人はドラグーンだからな」
少女のような女に釘を刺したのは「漆黒の爪」のリーダー、ガルド。闇属性魔法と長剣を使う瘦身長躯の男である。この男の魔法があったからこそ、「漆黒の爪」がA級まで昇りつめたと言っても過言ではない。
「分かってるよ~」
「お前が一番重要な役割なんだからな」
「はいはい」
当初は傭兵を雇う事も考えたが、ドラグーン相手に有象無象が集まっても足手まといになるだけだ。傭兵が100人集まった所で肉壁くらいにしかならないだろう。
元A級冒険者と言えども、ドラグーンと真っ向勝負するのは分が悪い。力づくで奪うのではなく、頭を使うのだ。幸い、三人のうち一人は人族の子供である。なぜ人族の子供がドラグーンと一緒にいるのかまでは調べられなかったが、これを利用しない手はない。
「おい! 荷車はまだその辺に置いておけ」
ガルドとマルセラを除いた者たちは、黙々と準備を行っていた。男が三人、女が一人。彼らはあまり主体性がなく、ガルドとマルセラの言い成りである。この二人に付いて行けば美味しい思いが出来るから言う事を聞いているだけだ。その姿勢は冒険者時代から変わらない。
ガルドが立てた作戦は、待ち伏せして奇襲、子供を人質にして盾を奪うというもの。そのまま子供を連れて安全地帯まで逃走し、どこか適当な所で子供を解放、または処分する。危ない橋だが、渡るだけの価値はあると考えている。
彼らは作戦の成功を疑いもせず、金貨100枚の使い道を夢想して口元をだらしなく綻ばせるのだった。
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