第30話 いざドラグーンの国へ

 火焔神龍国西端の都市タストーファには、それから3時間程で到着した。


「最愛の妹よ。ここでお別れだが、我の魂はいつでもお前の傍にいるからな」

「いや、魂はちゃんと自分の所に置いておいて?」

「照れるでないわ!」

「ボク全く照れてないからね?」

「わーっはっはっはー!」

「はぁ……」


 西騎士団の団長であるクロスグリースさんはこのタストーファに常駐しているらしい。


「ラムルネシアよ、我が最愛の妹を頼むぞ」

「承知いたしました」

「ウォードよ、其方に龍神の加護があらんことを」

「クロスグリースさん、ありがとうございました」


 そう言ってクロスグリースさんは騎士団の宿舎へ帰って行った。シスコンだけど良い人だったなぁ。


「さて。鬱陶しいグリース兄様もいなくなった事だし、補給を終えたらすぐ出発しよう。ウォード、それでいい?」

「うん、問題ないよ」


 このタストーファは、街というより……自然の地形を利用した「砦」だった。南北に聳える急峻な山の間、谷になっている部分を均して幅の広い道を作っている。ここから王都まで街道が整備されているらしい。道幅は30メートルくらいありそうだ。


 街の入口には何を通すのか分からない巨大な門。ドラグーンの力でも一人で開けるのは到底無理だろう。道幅いっぱいに両開きの門があり、間近で見上げると首が痛くなる程の高さがある。


 あまりの大きさに、何が通るのかネロに聞いたら「ボクも知らない」と言われた。ラムルさんによると、火焔神龍国の威容を示すための門らしい。つまり飾りだな。


 外から見て右側の門の真ん中辺りに馬車が通れるサイズの小門が作られていて、実際の行き来はここを使う。


 俺はネロやクロスグリースさんと一緒だったのでほぼフリーパスだったが、普通はここで厳しくチェックされるのだとか。とは言え、それほど往来が多い訳ではないので、門番の兵士達は暇そうにしていた。


 門の中に入ると、南北の山肌を段々畑のように削り、そこに建物らしきものが密集していた。砂を固めたような色で景観が良いとは言えない。唯一、一番下の広い道沿いに商店らしきものが見える程度だ。


 要するに、このタストーファは火焔神龍国に招かざる者を入れない為の巨大な「関所」のようなものだ。そして、国の西方を守る為の要塞である。


 ドラグーンの国がどんな感じなのかワクワクしていた俺は完全に肩透かしを食らった。


「次の街、カルオーシャは綺麗な所だよ。走竜の足で6時間くらいかな。そこからさらに3~4時間進むと王都アストラットだからね!」


 という事なので、とっとと出発だ。今日中にはカルオーシャの街に着くだろう。





 タストーファの東門を抜け、街道に出たプラネリアとマフネリアのテンションが凄い。街道が整備されていること、道幅が広いこと、そして何よりもホームに帰って来たことで、これまでにないスピードで疾走する。


 いやー、正直走竜を舐めてました。今まで最高でも時速60キロくらいだったと思う。それが、今はたぶん150キロくらい出てるよ。


 いつもは俺を前に乗せるのに、ネロから「ここからは後ろの方がいいよ」と言われて素直に従っていて良かった。俺が前だったら風圧に耐えられなかっただろう。前世で中型バイクに乗っていた俺だが、こんなスピード出したことないからね。俺はゆったり走る派だったのだよ。


 前に乗るネロの細い腰に必死でしがみついた。男の俺がこんな風にしがみつくのはカッコ悪いが、命がかかっている。落ちたら洒落にならない。


 そんな感じで、走竜達がテンション爆上げで走ってくれたおかげで、6時間と聞いていた行程が2時間半に縮んだ。ついでに俺の寿命もちょっぴり縮んだよね。気付いたらカルオーシャを囲む外壁が目の前だった。


 コルドンの町も石壁に囲まれていたけど、ここの壁は全然違う。


 まず白い。びっくりするくらい白い。そして継ぎ目がない。漆喰を塗ったかのような、滑らかな白い壁。高さはそれ程でもない。たぶん15メートルくらいかな? 15メートルでも十分高いのかも知れないけど、さっきバカでかい門を見たからね……


 街道を真っ直ぐ進むとカルオーシャの街に入る門があった。門は開け放たれ、左右に2人ずつ兵士らしき人が立っている。タストーファの門兵と同じように軽装だ。暗赤色の半袖のシャツに白いズボン。シャツと同じ色の帽子を被り、腰に剣を帯びている。


 ここでもネロのおかげで顔パス。兵士達が跪く間を通ったが、ド平民の俺は非常に居心地が悪い。


 そして門を抜けたカルオーシャの街は――緑と水、オレンジの屋根が印象的な美しい場所だった。


 高い建物はない。平屋か二階建てまでだ。街道から続く真っ直ぐな道は白い石畳で覆われている。その道沿いには延々と街路樹が植えられていて、目に鮮やかな緑が飛び込んで来る。そしてその道に沿って両側に水路が作られ、澄んだ水が流れていた。


「このカルオーシャはね、西側が人族の国との交易の拠点、東側は農産物の加工場が多いんだよ」

「……ねえ、ネロ。壁が霞んで見えるけど、この壁は街全体を囲んでるの?」

「そうだよ。ここは上から見ると綺麗な円になってて、直径がたしか……30キロくらいだったかな?」

「ネロ様の仰る通りです」


 えっと、円周は直径×約3.14だから……あの壁は90キロメートル以上あるのか!? 壁も凄いけど、これだけ広い場所が平坦なのも凄いな。


「まだお昼過ぎだけど、今日はここに泊まって明日の朝、王都に向かおうか」

「うん。じゃあ宿を探さないと」

「ああ、それは大丈夫。家があるから」


 そうか。ネロはこの国の王族なんだよな。各都市に家があっても全然不思議ではない。


「家は街の真ん中辺りだから、先にお昼にしよう」


 真ん中って……直径30キロだから、ここから15キロ近く離れてるのか……まあまあの距離だな。さすがに街中では走竜達もぶっ飛ばすことは出来ないし。


 この西門付近は、人族との交易も盛んということで食事が出来る店が結構ある。


 真ん中の広い道は走竜や馬車が通る道のようで、街路樹と水路を挟んで左右に割と広い歩道が作られている。人出も結構ある。ドラグーンの見た目は人族と変わらないが、服装が独特だ。俺が助けられた時に着せてもらった白くてゆったりした感じの服を着てる人が多い。


 俺達は人族の冒険者ルックなので目立っている。特にネロとラムルさんが注目されている。可憐な美少女とクール系美人だからなぁ。


 それにしても、一国の王女が普通に街中を歩いてても騒ぎになったりしないんだね。兵士達は顔を知っているようだったけど、一般の人にはそこまで知られていないのかな。


「ここにしよう!」


 ネロがチョイスしてくれた店は、前世のお洒落カフェのような雰囲気だった。違うのは、入口近くに走竜を預ける場所があること。プラネリアとマフネリアは別メニューでしっかり労ってあげた。


 お洒落な店でお洒落ランチを食し、再び走竜に乗って真ん中の道を東へ進む。40分程で目的地へ到着した。


「さあ、着いたよ!」


 ……これ、家じゃない。「家」って聞いたから普通のこぢんまりした家を想像していたのだが、これは「屋敷」だ。周囲を先っちょがトゲトゲした鉄の柵で覆われ、中には色とりどりの花が咲き乱れる庭園。真ん中に噴水まである。そして真っ白で威風堂々とした建物。玄関と思しき扉はどっしりとした一枚板。


 前世で普通のサラリーマンだった俺は、「お屋敷」なんてものとは全く縁がないのだ。目の前にある建造物は、前世の知識で一番近いものに例えると「ホワイトハウス」だ。もちろんテレビや映画でしか見た事はない。


「ウォード? どうしたの?」


 緊張してるんですよ!


 そんな俺に構わず、ネロに手を引っ張られてお屋敷の中へ。ラムルさんが一瞬の躊躇いも見せずに玄関扉を開ける。


「「「「おかえりなさいませ、ネロ様!」」」」


 中で執事さんとメイドさんがずらりと列を作っていた。


「ただいま! 今日はこのウォードも泊まるからよろしくね!」

「あ、ウォード、です。よろしくお願いします」

「「「「いらっしゃいませ、ウォード様!」」」」


 面と向かって「様」付けで呼ばれたのは前世を含めて初めてである。ちゃんとマナーを学んだ事もない。知識もうろ覚えだ。ここは完全にアウェーだな。


「ウォード、取り敢えずお風呂に入って来たら?」

「あ、そそそ、そうさせていただきます」

「? 喋り方が変だよ?」

「ウォード様、ご案内いたします」


 ネロに喋り方をつっこまれつつ、一人のメイドさんがお風呂まで案内してくれた。ここまで野営が続いたからなぁ。自分で浄化魔法を使えるようになったが、お風呂は別物なのだ。


(やっと一息つける……)


 脱衣所でそそくさと服を脱ぎ、古代ローマのテルマエのような広大なお風呂へ。貧乏性のため隅っこで体を洗い、浴槽に向かう。


「遅かったではないか、ウォードよ! 我は待ちくたびれたぞ?」

「え? クロスグリースさん!?」


 浴槽には、タストーファで別れたはずのクロスグリースさんが湯に浸かっていた。なんであんたここにいるんだよ。

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