第29話 最強のシスコン

「悪い人ではないんです……ただマイペースなだけで」


 俺がプラネリアにネロと一緒に乗ろうとしたら、クロスグリースさんから無言の圧を感じたので、今はマフネリアにラムルさんと一緒に乗っている。


 ネロのお父さん――火焔神龍国の王は6人の妃を娶っている。誰かが側室という訳ではなく全員が正妻らしい。そして、クロスグリースさんは二人目の妻の子で、「西騎士団」の団長であり、シスコンだそうだ。


 うん。シスコンは言われなくても分かってたけどね。


 ちなみに……ネロのお母さん、つまり前世の飼い猫が転生したドラグーンは、王の5人目の妻。ネロには母親が違う兄が二人、姉が二人、妹が一人いるらしい。

 そして「西騎士団」というのは四つある騎士団の一つ。他に北、南、東とあり、それぞれ国を守備する方面を表している。


「四人の騎士団長の中でも、近接戦闘ならクロスグリース様が最強でしょう。シスコンですが」


 なるほど、それならあのデタラメな強さも頷ける。シスコンだけど。


「わーっはっはっはー! ラムルネシアよ、あまり褒めるでないわ!」


 近接最強の上に地獄耳のようだ……シスコンって誉め言葉だったっけ?


「グリースお兄様、声が大きいよ? モンスターが寄って来る」

「モンスターなどいくら来ようが全て返り討ちである!」

「はぁー……」


 いるよね、話が通じない人って。


「クロスグリース様がおかしいのはネロ様の前だけです。ネロ様がいない所では騎士団長に相応しい人望のある方です。つまり筋金入りのシスコンなのです」


 持ち上げてるのかディスってるのか……いや、ディスってるな、これ。ラムルさんのなかなか辛辣な言葉にも、クロスグリースさんは全く怒る様子がない。


 俺は人見知り全開で全然喋ればないのだが――


「時にウォードよ。其方そなたは槍を使うのか?」


 突然話を振られた。


「は、はい。剣が苦手で」

「そうかそうか! 時間があれば我が手ほどきしてやろう」

「グリースお兄様にしては良い考えだね!」

「国で最強の槍使いですから、ウォードさんも学ぶ事が多いでしょう」

「あ、ぜひ、よろしくお願いします」

「ああ、構わんぞ!」


 俺の槍術は誰かに習ったものではなく、完全に我流だ。ラムルさんが「最強の槍使い」なんて呼ぶような人に習えるなら、これ以上の機会はないだろう。主に人格面でかなり不安ではあるが、千載一遇のチャンスかも知れない。


 タストーファまであと数時間の所で日が暮れてきたので野営することになった。道中2度モンスターと遭遇したがクロスグリースさんが一蹴してしまった。文字通り槍さえ使わずにだ。


 ラムルさんが二つテントを用意してくれたので男女に分かれて使う。コミュ障の俺にとって今日初めて会った人と一つ屋根の下で寝るのは非常に落ち着かないが仕方ない。

 クロスグリースさんは横になった途端に眠ってしまったので、会話のネタを探す必要もなく、俺もすぐに眠ることが出来た。





 翌朝。いつもの習慣でラムルさんと訓練をしようとしていたところ――


「ウォードよ! 早速我が稽古をつけてやろう」


 火焔神龍国最強の槍使いでシスコンの、あーもう、長いから「最強のシスコン」でいいや、クロスグリースさんから有り難い申し出があった。


「お、お願いします!」

「うむ!」


 俺は槍代わりの棒をいつものように構える。


「ラムルネシアよ、もう一本棒があるか?」

「はい、こちらに」

「うむ、感謝する。ではウォード、かかって来い!」

「はい!」


 棒を中段に構え、じりじりと間合いを詰める。あと1メートルで棒が届く所まで来ると、両足に龍気を纏わせて一気に距離を詰めた。


(ふっ!)


 クロスグリースさんの喉を狙って突きを出すと見せかけ、左に一歩飛んで体を回転させて胴を狙って棒を横薙ぎに払う。だがバックステップで軽く躱された。


 躱されるのは想定済み。俺は地を這うような低い姿勢で懐に踏み込み、足の甲を狙って鋭く突く。さっきまで足があった場所の土が抉れる。クロスグリースさんは俺から見て左に飛んでいた。それを目で見るより早く気配で察知し、棒の反対側、槍なら石突側をお腹に向かって突き出す。


 軽く棒で受け流される。そのまま流れるように回転した棒が俺の頭に振り下ろされるが、半身になって避ける。


 次の瞬間、クロスグリースさんから放たれる圧が膨れ上がったように感じた。


(マズいっ)


 俺は大きく後ろに跳躍して距離を開けようとするが、瞬間移動でもしたかのように、クロスグリースさんが眼前に迫っていた。


(くっ!)


 逃げられないなら前に出るべきだ。俺は着地した右脚に力を込め、逆に前に飛び出す。クロスグリースさんは一瞬驚いた顔をしたが、歯を剥き出しにして狂暴な笑みを浮かべた。


 前に突進しながら渾身の突きを繰り出す。だが棒の真ん中辺りを使って軽く受け流され、勢い余った左足を棒で掬い上げられて体が空中に投げ出される。


(ヤバいっ!)


 空中で無防備になった俺にクロスグリースさんが右手一本で突きを放った。なんとか棒を構えて軌道を逸らそうとするが、速い上に重い! 左肩にまともに入ってしまった。


「うぐぅっ!」


 俺はそのまま5メートルくらい吹っ飛ばされ、木の幹に背中を打ち付け、肺の中の空気が全て押し出される。気力だけで立ち上がったものの、目の前に棒の先端を突き付けられていた。


「参りました」

「うむ! ウォードよ、見事であったぞ!」


 全く敵わなかったが褒められてしまった。少し遠くで見てくれていたラムルさんもコクコクと頷いている。


 クロスグリースさんが右手を差し出し、俺はその手を握った。


「我は其方を侮っておった。済まない。その歳でそれほどの技量とは思わなんだ」

「いえ、俺なんか大した事ないです……ラムルさんが色々と教えてくれるので」

「謙虚なのだな! ウォードなら、我の元で10年……いや、7~8年訓練すれば騎士団長も夢ではないぞ?」


 騎士団長って……火焔神龍国のじゃないよね? 人族の国の、って意味だよね? それにしても買い被り過ぎだろう。世の中には強い人やモンスターがゴロゴロ居るんだから。


「ありがとうございます」

「うむ! 今敢えて教える事があるとすれば……そうだな、腰の使い方であろうな」

「腰、ですか?」


 何を言っているんだ、この最強のシスコンは? いきなり下ネタか?


「其方はまだ体が小さい。その体にしてはかなり力があるが、まだ非力である。故に手数で押し切ろうとしている。違うか?」

「確かに……その通りだと思います」

「うむ。もちろん手数、つまり技は重要だ。蔑ろにしてはならん。しかし、それと同時に一撃の威力を上げる事も重要である」

「はい」

「それには腰の使い方が大事なのだ」

「なるほど」


 そしてクロスグリースさんは、俺に腰の使い方を教えてくれた。下ネタじゃなかった。


「前足に体重を移動する際、直前に腰を逆方向に捩じる意識をする。そして前足に体重が乗った瞬間、その方向に腰を入れるのだ」


 言葉にすると難しいが、前世で7歳から14歳まで空手を習っていた俺にはすぐピンと来た。正拳突きの威力を増すための腰の使い方と同じだ。


 俺の場合、ここ一番の突きの時はたいてい左足が前になる。体重を左足に乗せる前に、気持ち腰を左後ろに捩じる。そして左足を前に突き出すと同時に腰を時計回りに回すのだ。


「こう、ですか?」

「そうだ! そうする事によって腰の回転力が加わり、突きの威力が数段増すのだ」

「なるほど。こう!」

「違う! もっと腰を捻って!」

「こう?」

「いいぞ! こうだ!」

「はい! こう!」

「そうだそうだ! こう!」

「こう!」


 クロスグリースさんが手本を見せてくれると、棒が「ゴウッ!」と空気を切り裂いて唸りを上げる。俺も腰を入れるという感覚を体に覚え込ませるため、何度も繰り返し突きを繰り出す。そのうち俺の突きも「ブォン!」と唸りを上げるようになった。


「うむ! 僅かな時間で見事な成長である!」

「ウォードさんなら当然です」

「朝から何やってるの? うるさくて眠れないよ」


 クロスグリースさんが褒めてくれ、ラムルさんもいつも通りの言葉を掛けてくれた。そして朝が弱いネロがテントから顔を出して文句を言う。


「ありがとうございました!」


 俺はクロスグリースさんに向かって深々と頭を下げた。さすが最強のシスコン。俺も短い時間で突きの威力が上がった事を実感できたのだった。

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