第28話 我、参上!?
火焔神龍国クトゥグァはコルドンから東におよそ1500キロ離れた場所にある。その間には深い森が横たわり、いくつもの山が聳えていて、街道は整備されていない。
とは言っても前人未到の秘境という訳ではない。ドラグーンだけが知る道はあるし、人族の国と火焔神龍国を行き来する商人や冒険者なども存在するそうだ。彼らは自分達で道を切り拓いたらしい。
他の人がしない事に商機あり。危険を顧みず命懸けで商売に臨む。いや、商人ってすげぇな。
冒険者はなんとなく分かる。商人の護衛もいるだろうし、そもそも冒険が好きだから冒険者になる人も多い。ドラグーンの国があるなんて聞けば見てみたいと考えても不思議ではない。
なんでこんな話をしているかって言うと、今目の前に
コルドンを出発して四日。俺達は火焔神龍国の西端の都市、タストーファまであと一日という所まで来た。ドラグーンしか知らない道を通っていたのだが、まず走竜達が、続いてラムルさん、ネロの順で気配に気付いた。
俺? 俺は言われるまで全然気付かなかったよ。
「向こうでモンスターが人を襲ってるみたい。どうする、ウォード?」
全く知らない人を助ける義理はないのだけど、知っていてほったらかしと言うのも寝覚めが悪い。
「様子を見に行く時間はある?」
「大丈夫だよ。じゃあ行ってみようか」
俺達は道を逸れ、森を南に突っ切る。3分ほど走るとモンスターの唸り声と人の怒号や悲鳴が聞こえてきた。
「あそこです!」
ラムルさんが指し示す方を見ると、少し開けた場所でモンスターに囲まれている人々と馬車の一団がいた。3台の馬車を守るように冒険者らしき人達が武器を持って戦っている。
一方のモンスターはアルマジロのような外見だった。ただ、めちゃくちゃデカい。全長5メートル、高さは2メートルくらいある。それが見える範囲で6体いる。
「アーマードマウスですね」
マウス? まったく可愛げのないネズミだな。
戦っている冒険者は……12人か。かなり腕の立つ人も何人かいるように見える。だが馬車を守らなければならないうえ、少し密集し過ぎて戦い辛いようだ。
俺が外側から攻撃してモンスターを引き付ければ、もう少し戦いやすくなるかも知れない。
「俺、ちょっと行って来る!」
ナイフを腰に装着し、槍を両手に握ってプラネリアから飛び降りる。一番近くにいるアーマードマウスに向かって走りながら龍気弾を放った。倒すためではなく気を引くためだ。衝撃を受けた一体のアーマードマウスが俺の方に向き直り牙を剝いた。
アルマジロのように見えたが、手足の爪は驚くほど長く鋭い。舌も非常に長く、甲羅を背負ったアリクイと言った方が近い。そいつが突進しながら舌を槍のように突き出してくる。
(速いっ!)
巨体だから動きが遅いかと思ったが、フォレストウルフより速い。俺の顔目がけて飛んで来た鋭い舌を槍で横薙ぎにするが、逆に弾かれた。体を捩じってギリギリで躱す。
(速い上に重いっ)
その間にアーマードマウスは目前まで迫り、俺に向かって鋭い爪を振り下ろした。それを左に一歩飛んで避け、腕の付け根に槍を突き刺す。柔らかそうな所を狙ったつもりだが、穂先数センチしか刺さらない。
「グギャウゥ」
「くそっ!」
逆の爪が真横から振るわれるがバックステップで避ける。体中に龍気を纏わせ、右足が地面に着くと同時に前に飛び出した。
今度は俺の全体重を乗せ、アーマードマウスの首元に槍を突き刺すと同時に――
「フレイム・スパート!」
刺さった所に赤く光る魔法陣が浮かび、穂先から噴き出した豪炎が内部からアーマードマウスの首を焼く。気道が焼かれた事で酸素が吸えなくなり、苦悶の声を上げる事も出来ずにアーマードマウスが横倒しに倒れた。
うーん……魔鉱石で作られた穂だから魔法の付与が出来るんだけど、この攻撃はちょっと残虐だな……我ながらちょっと引いたわ……
い、いや、仮にも命のやり取りをしているのだ。残虐だなんて言ってられん。相手は殺しに来てるんだから、こっちも手段を選んでいる場合じゃない。有効な攻撃手段があるならバンバン使うべき。そうじゃないと死ぬ。
物語の主人公なら、相手を殺す時でも「なるべく苦しませずに」なんて言ってスマートに倒すのかも知れないが、そんなのは自分と相手に圧倒的な差がないと出来ないと思う。
残念ながら、俺にはそんな力はない。わざわざ苦しませようとは思わないけど、がむしゃらにやらないと死ぬのは自分なのだ。
と自分を納得させ、次のアーマードマウスに目をやった時――
「わーっはっはっはー! 我、参上!」
空から男の声が聞こえた。次の瞬間、目の前のアーマードマウスに真上から物凄い衝撃が落ちてきた。
ズドドドォォォオオオン!
咄嗟に後ろへ大きく飛び退いた。眼前には小さなクレーター……その真ん中には、胴体に1メートルくらいの穴が開いたアーマードマウスと、その上に立つ男の姿があった。
男の身長は2メートル近い。赤みがかった黒髪を肩まで伸ばし、無精髭を生やしている。瞳は深い紅。褐色に日焼けした二の腕が半袖から覗いている。決して筋骨隆々ではないが一切無駄のない体つき。一言でいうと細マッチョである。羨ましい。
そしてその右手には槍が握られていた。穂は白い円錐状で、獣の牙のようだ。斬るのではなく「突く」事に特化した槍に見える。
あの槍でアーマードマウスに大穴を開けたのか? 俺なんか全体重を乗せた突きで数センチ刺すのがやっとだったのに。
黒赤髪の男は周囲をチラチラと見回し、ネロ達がいる辺りで視線を止めた。
(敵か!?)
俺は急いで二人がいる方へ戻る。しかし、ネロとラムルさんは動こうともしていなかった。と言うか、凄く嫌そうな顔をしていた。心なしか走竜達まで嫌そうな顔をしている。
え? なに? どういうこと?
男はこちらに来ようとせず、周りにいたアーマードマウスに攻撃を加え始めた。攻撃と言うより蹂躙に近い。風のような速さで動き、アーマードマウスを一突きで屠っていく。その間、なぜかチラチラとネロの方を見ている。
ネロは敢えて男から目を逸らし、頭が痛そうにこめかみを押さえていた。
男が突然登場してから僅か1分。残りのアーマードマウスが全滅した。ついさっきまでピンチに陥っていた冒険者達が呆然としている。それは俺も同じだった。あの男の強さはデタラメだ。それこそ物語の主人公のように、圧倒的力量差でモンスターを殲滅してしまった。
「ふん、ふふ~ん♪」
男が鼻歌を歌いながらこちらに近付いて来る。
「 「はぁー……」 」
ネロとラムルさんが同時にため息を吐いた……二人がため息吐く所なんて初めて見たけど? どうやら敵ではなさそうだが……
男がネロの近くで立ち止まった。
「我が最愛の妹よ! 今日も格別に美しいな!」
は? 妹?
「……お兄様。なんでここにいるの?」
お、お兄様、だと……?
「最愛の妹の帰りが遅いから、心配で迎えに来たに決まっているであろう! わーっはっは!」
俺は助けを求めるようにラムルさんを見た。ラムルさんは俯いて「イヤイヤ」をするように首を小さく振っていた。
ラムルさんは口に出さずに俺に伝えている。お手上げです、と。プラネリアとマフネリアも明後日の方向を向いていた。
ネロを見てみると――
「ぴゃっ!?」
俺の口から変な声が出た。だって、ネロの目は光を失い、顔からは一切の表情が消えていたんだもの。
「ん? 人族の子……そうか、お前が――」
「お兄様。彼はウォード。神託の子だよ。ウォード、コレはクロスグリース第二王子。ボクの……くっ、異母兄だよ、残念だけど」
ネロ、今すっごく嫌そうに「異母兄」って言ったよね!? しかも残念って!
「わーっはっはっは! ネロよ、そう照れるでないわ! 我こそは、月の女神のように美しい最愛の妹ネロが、家族の中で最も敬愛する兄、クロスグリースである!」
「あ、どうもはじめまして、ウォードです」
「別にボク、照れてないし敬愛もしてない。むしろ敬遠してる」
「そうかそうか! ウォード、よろしくな!」
そう言ってクロスグリースさんは俺の背中をバシバシ叩く。めちゃくちゃ痛い。
このクロスグリースさん、どうやら自分に都合の悪い言葉は耳に入って来ない特異体質らしい。そして、もう俺にも分かるぞ。この人、シスコンだ。
濃いわー。母親が違うとは言え、ネロと同じ血が流れているとは思えない程キャラが濃い。見た目はワイルド系イケメンなのだが、そこはかとなく残念臭がする。
「ネロ、ラムルネシア、そしてウォードよ! この我が来たからには何も心配する事はないぞ? 大船に乗ったつもりで我に付いて来るがいい!」
わーっはっはっはー! と何が面白いのか大笑いしながらクロスグリースさんが森の中へとズンズン分け入っていく。
俺は、呆気に取られている商隊や冒険者の人達に「すみません、すみません」と頭を下げつつ、その後を追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます