第27話 愛の結晶を託されました

 翌朝。さすがに今日は訓練を控えた。防具屋さんが開くまで時間があるので、ラムルさんと一緒にプラネリアとマフネリアがいる厩舎に行く。この二人にも心配を掛けたからな。ちなみにネロはまだぐっすりお休み中だ。


「プラネリア、マフネリア、おはよう!」

「クルルゥゥ!」

「クルゥゥゥ!」


 俺の姿を見た二人は、左右から挟むように俺の顔に頬ずりしてきた。ゴロゴロと雷のような喉を鳴らす音がステレオで聞こえてくる。


「二人とも、心配掛けてごめんな?」


 俺は片腕ずつ二人の首に回して安心させるようにぎゅっと力を込めた。ゴロゴロ音がより大きくなる。


「ん?」


 ふと、足元に何かある事に気付いた。明るい灰色をした、ラグビーボール大の……石? 何だこれ?

 すると、マフネリアが鼻で俺の背中を押し、プラネリアが服の袖をそっと噛んで俺をその石(?)の方に引っ張る。


「あら? あらあら! 生まれたのですね!」


 生まれたって何が?


「ウォードさん、二人の卵です!」

「卵? なんだ、卵か…………はぁぁぁああーっ!? 卵ぉ? え、えっ、って言うか、お前たちつがいだったの!?」

「プラネリアがメス、マフネリアがオスですよ」


 オスとかメスとか全然意識してなかったわ。そして、この二人の愛の結晶が生まれたって事なのね。


「えーっと、おめでとう?」


 事態が飲み込めなくて疑問形になってしまったが、プラネリアとマフネリアは何となく誇らし気な顔をしている。


「走竜は、一生のうちに3~4回しか卵を産まないのですよ?」

「そうなんだ……や、やったな! 二人とも、おめでとう!」

「二人は卵をウォードさんに託したいみたいですね」

「託したい? 大事な卵を?」


 何その托卵みたいなシステム。と思ったがどうやら違うらしい。


 ドラグーンに仕えている走竜は、乗って欲しい人に自分が産んだ卵を託す習性があるらしい。雛が孵った時に傍にいる人に懐くからだそうだ。


「孵ってから3年ぐらいで人が乗れるくらいに成長するんです」


 成長する間一緒に過ごす事で、まるで乗り手の意思を読んでいるかの如く、自由自在に乗りこなせる走竜になるという事だ。


「でも……本当に俺でいいの?」

「クルルゥ?」

「クルゥゥ?」


 尋ねると、二人が揃って小首を傾げる。なんでダメなの? とでも言いたそうだ。


「ウォードさんだからこそ、二人は託したいのですよ」

「そうなの?」

「クルル!」

「クルゥ!」

「そっか。二人ともありがとう。俺、大切に育てるよ」


 俺は二人を撫でて礼を言い、卵の横に屈み込んだ。


「ウォードさん、まだ卵はそのままで結構です」

「あ、はい」


 卵を抱えあげようとしたらラムルさんに止められた。出発する時までそのままで良いのだそうだ。


 今日はこの後、冒険者ギルドと防具屋さんへ行き、食料や水などの物資を購入したらすぐに火焔神龍国に向けて出発する予定である。


 という事で冒険者ギルドに顔を出した。


「ラムルさんにウォードさん。おはようございます!」


 俺の見習い冒険者登録の時にツボに入っていた受付のお姉さんともこの二週間弱で打ち解けることが出来た。


「ウォードさん、もう体は大丈夫なんですか?」

「はい、おかげさまで。ご心配お掛けしてすみません」


 ラムルさんはこれまで受けた依頼の報酬を受け取り、今日コルドンを立つ事を告げるそうだ。

 俺は並んだ椅子に腰掛けてラムルさんの用事が終わるのをボーっと待つ。すると、知った顔が近づいて来た。


「よう、ウォード!」

「ウォード君、おはよー!」

「 「おはよう」 」


 カマロさん、シャルルさんら4人の「蒼穹の鷹」だ。バンさんとコルトさんの名前もしっかり覚えた。

 俺は今日コルドンを立つことを知らせ、これまで世話になったお礼を言った。


「そっか……元気でね! 無茶しちゃダメだよ?」

「俺達はしばらくこの町を拠点にするから、また来たら遠慮なく声を掛けてくれよ!」


 カマロさん達と話をしていると、カローサス村で一緒になった冒険者達が次々と声を掛けてくれた。それは湿っぽい別れの挨拶ではなく、明るく前向きな言葉ばかりだった。


 このコルドンの町で、初めて冒険者の人達に触れることになったが、いい人ばかりで本当に良かったな。いつかまた、この町に来たいと思う。


 ラムルさんの用事が終わり、一度宿にネロを迎えに行った。宿を清算し、近くの店で遅めの朝食を摂り、三人で防具屋に向かう。


「いらっしゃいませ~。あっ、防具の受け取りですねぇ」


 黄緑色のふんわり系お姉さんが前と変わらずふんわりした調子で迎えてくれた。奥から黒いビロードのような布の包みを取って来てくれる。

 それを俺達の目の前で開いてくれた。少し湾曲した、光沢のある真っ黒な胸当てだ。大きさはA4用紙より一回り小さいくらい。縁にはぐるりと朱色の金属飾りが施されている。手に取ると、羽のように軽かった。


「おおー! かっこいいのが出来たね!」

「うん、ありがと」

「ウォードさんにお似合いだと思います」


 早速ネロとラムルさんの二人がかりで胸当てを装備させられた。自分では似合うかどうか分からないが、身に着けているのを忘れるほど軽くて薄い。これで本当に防御力があるのか疑問だが、少なくとも動きの邪魔にはならないだろう。


 防具屋のお姉さんに礼を言い、次は商店の集まる通りへ。大量の樽に入った水、野菜、果物、パン、大きな肉の塊など、買った傍からラムルさんが次元収納にポイポイと入れていく。


 俺も次元収納は練習中だが、これがなかなか難しい。まだリンゴ1個分くらいしか収納できないのだ。ラムルさんによれば地道な訓練しか収納量を増やす方法はないそうだ。先は長いぜ。


 途中、雑貨屋さんで「抱っこ紐」を買った。走竜の卵を運ぶためだ。片側の肩からたすき掛けにして使うタイプで、人族の赤ちゃん用だ。卵を運ぶのに丁度いいんだって。

 走竜の卵の殻は非常に硬くて落としたくらいでは全然割れないらしいんだけど、やっぱり大事に運びたいもんな。プラネリアとマフネリアから託された卵だから大切にしたい。


 慌ただしく準備を終え、再び走竜が待つ厩舎へ。ラムルさんが次元収納から鞍を出すと、途端に走竜達のテンションが上がる。本当に人を乗せて走るのが好きなんだな。

 俺はそんな二人の間を通り、足元から卵を拾い上げて抱っこ紐に包んだ。卵はずっしりと重くて少し温かい。本当に赤ん坊を抱っこしてる気分だ。


 プラネリアの背にネロと一緒に乗る。ラムルさんはマフネリアだ。


 コルドンの町に来た時通った東門を抜け、改めて東を目指す。こうして俺は、ネロとラムルさんの国、火焔神龍国クトゥグァへ向かった。





 旅立って最初の夜。テントの中で二人と話をする。昨夜はネロのお母さんが前世で俺が飼ってた黒猫の『ネロ』だっていうインパクトが大き過ぎて、すっかり話をするのを忘れてしまっていた。


 俺は、前世で身近にあった物があの場所にあったため、それに気を取られて警戒が疎かになってしまった、とあの時の状況を説明し、再び謝った。


「つまり『邪神の遺物』はウォードさんが前世で暮らしていた『地球』にあった物、という事ですか?」

「全く同じ物かどうか分からない。随分古い物だったし」

「でもウォードが気を取られるくらいには似てた、って事だよね?」

「うん。俺の目には同じ物に見えた」


 自販機の方は、百歩譲って見間違いの可能性もある。だが自転車は見間違う筈がない。


「あれは……ネロとラムルさんにとっては見慣れた物なの?」

「見慣れてる、って程じゃないけど、そこまで珍しい物じゃないかな」

「森の中などでたまに見かけますね」

「そうなんだ……ねえ、なんであれを『邪神の遺物』って呼ぶの?」


 俺の問いに、二人がキョトンとして顔を見合わせる。


「なんでって……考えた事ないな。大人がそう呼ぶから、ボクも自然に『邪神の遺物』って呼んでたよ」

「私も同じです。今まで理由を考えた事もなかったです」


 ふーむ。この世界でもたまに見かける程度には地球の物(仮)がある事は分かったが、なぜあんな物があるのか、なぜ「邪神の遺物」と呼ばれているのかは全く分からなかった。


 二人の様子を見る限り、何か害があるような感じはしないけど……機会があったら調べてみよう。

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