第26話 前世の記憶があるのは俺だけじゃなかった

 俺は、二人に秘密を打ち明ける事に決めた。まだ誰にも言った事がない、この世界とは別の世界で30年間生きた記憶があるという秘密だ。


 ある意味そのせいでネロとラムルさんに心配を掛けた訳だし。この二人になら打ち明けても問題ないと言い切れる。


 だがその前に――


「プラネリアとマフネリアは無事なの?」


 走竜達もモンスターと戦っていたのを思い出した。


「うん、二人とも怪我一つしてない。ウォードの事を心配してたよ」


 そうか。明日にでも謝りに行かないとな。そして元気になった姿を見せて安心させてあげないと。


「それなら良かった。それで……ネロとラムルさんに聞いて欲しい話があるんだ」

「ウォードさん、お話の前に、少しでも何か召し上がってはいかがですか?」

「あ、はい……」

「少しお待ちくださいね」


 そうだった。三日食べてないから物凄く腹が減っていたのだ。ラムルさんが部屋を出て行った後、俺はネロと少し話をした。


「ネロとラムルさん、それに走竜達まで、直前までモンスターに気付かないなんて事があるんだね」

「うん……本当にごめんね?」

「ああ、違うんだ! みんなを責めてる訳じゃないよ? あの森は雰囲気が少しおかしかったけど、あの場所は特に変な気配だったなーって思って」

「うん。言い訳みたいになっちゃうけど、あんな事は初めてだった。本当に突然目の前に現れたんだよ。まるでどこかから転移でもして来たみたいだった」

「転移……ネロは転移を見た事あるの?」

「一回だけね。人族の魔法使いが転移して来たのを見た事があるよ」

「そうなんだ……」


 転移――それはファンタジーの代名詞と言っても過言ではない。ラムルさんに聞いた時ははぐらかされた気がしたけど、この世界にはやっぱり転移があるんだ。是が非でも使えるようになりたいね!


「ウォードさん、お待たせしました。ネロ様もどうぞ。私も少し頂きます」


 ラムルさんが戻って来て、テーブルに数種類のスープと煮込み料理を並べてくれた。料理を見て匂いを嗅ぐと俺の腹が「ぐぅぅぅぅ」と鳴る。恥ずかしかったけど、それでネロとラムルさんが笑ってくれたから結果オーライだ。


 温かいスープを飲むと、喉を通って胸の中心から手足の先まで熱が伝わるような気がする。全身がぽかぽかと温かくなり、それがまるでネロとラムルさんの優しさのように思えてまた少し泣きそうになった。


「さてと。じゃあ、話してもいい?」


 食事を終え、二人に改めて聞くと、二人ともゆっくりと頷いた。


「俺には前世の記憶がある。今いるこの世界とは違う、『地球』という星の『日本』という国で生きていた記憶なんだ」


 魔法がない代わりに科学技術が発達し、俺が生きていた頃はとても便利な社会だったこと。この世界と似た動物はいるけど、モンスターと呼ばれる存在はいなかったこと。国同士の争いが絶えなかったこと。


 そして、俺自身のことも。30歳で事故に遭って死んだことや、結婚はおろか恋人もいなかったこと、サラリーマンだったこと、最後の三年間は猫と一緒に暮らしてたこと。こっちの世界で5歳になった頃、何の前触れもなく突然前世の記憶が蘇ったことなどを話した。


「とても信じられない話だと思うけど――」

「ボク、信じるよ」

「私も信じます」

「そうだよね、そう簡単に信じられる訳が……え?」


 ネロがすごくニコニコしていた。この部屋に入って来た時の憔悴ぶりが嘘のように明るい顔だ。ラムルさんもとても優しい顔をしている。


 これは……俺の事を気遣って「信じる」と言ってくれているのかな?


「信じるって言うより、知ってるって言った方が正しいかな。ねえウォード、猫を飼ってたって言ったでしょ?」

「う、うん」

「その猫の名前、憶えてる?」

「もちろん。ネロと同じ名前だから」

「ん?」

「だから、ネロと同じ『ネロ』って名前だったんだよ。全身真っ黒だったから、俺が住んでたのとは違う国の言葉で『黒』を意味する言葉を名前にしたんだ」

「わぁぁあああ! ウォード!」


 突然ネロが叫び声を上げ、ベッドに腰掛けている俺に抱き着いて来た。


「やっぱり! ウォードが間違いなく『ご主人』なんだね!」

「むぅ……ぐ、ぐるじぃ……」

「わわっ! ごめんウォード! ボクあんまり嬉しくって、つい」

「ふぅ……どうしたの、突然? ご主人って何のこと?」


 いや、ネロが抱き着いて来るのはいつもの事なのだが、今回は特別力がこもってた気がする。


「ボクの名前が『ネロ』っていうのは偶然じゃないんだよ! ウォードと出会って、ウォードが前世の記憶を取り戻した時のために、ボクのお母様が付けてくれたんだよ」

「えっ? それってどういう――」

「お母様が、ウォードが飼ってた『ネロ』なんだ!」


 ネロが凄い勢いで説明してくれるが、思考が追い付かない。ネロのお母さんがネロ? え? ネロのお母さんは猫なの? いや待て、落ち着け俺。そんな訳ないだろう! 俺が飼ってた黒猫のネロが、俺と同じこの世界に転生したってことだよね?

 猫だったのに、ドラグーンに転生したの? 人間だった俺は普通に人族……って言うかド田舎のド平民に転生したのに、ネロはドラグーン……生物としての格が数段上がってない?


「ウォード?」

「あ、ごめんごめん。びっくりしてボーっとしちゃった」

「それでね、お母様も前世の記憶があるんだ。ウォードが飼ってた猫としての記憶。『地球』とか『日本』っていうのは初めて聞いたけどね」


 ま、まあ猫だからな……地球とか日本とか世界情勢とか知らなくて当然だ。だが、俺に前世の記憶があるって事をあっさり信じてくれたのはそういう事なんだな。ラムルさんも全然驚いてないから、ネロのお母さんの事はラムルさんも知っているのだろう。


 でも、あの『ネロ』がこっちの世界にいるのかぁ。今どんな姿なんだろう?


「そうか……会いたいな……」

「お母様も、ずっとウォードに会いたがってるんだよ!」

「ほんと? そっか、俺のこと憶えててくれてたんだ」

「あのね、ウォード。憶えてたどころじゃないよ? お母様はウォードに会うために転生したんだから」

「俺に会うため?」

「お母様は、またウォードに会いたい、今度会ったら自分に出来る事は何でもしてあげたいって神様にお願いしたって聞いたよ。命を助けてもらって、その上たくさん愛してもらった恩返しがしたかったんだって」


 『ネロ』がそんな風に思っていたなんて……捨て猫だったネロを拾って飼ったのは事実だが、俺の方こそネロにたくさん癒してもらった。ネロがいたから寂しい思いもしなかったし辛い事だって乗り越えられた。今思い返してみても感謝しかない。


「本当は自分で会いに来たかったけど、今はほとんどベッドから出られないから……」

「ベッドから出られない? 病気なのっ!?」

「ううん。ボクが7歳の頃……ちょうどウォードが生まれた頃だね、その頃にデモニオと戦って大怪我しちゃったんだ。それが原因で、今も自由に動けないんだ」


 女性に年齢を尋ねるのは失礼と思い今まで聞けなかったが、ネロは15歳なのか。うん、だいたい見た目通りだね。


 それにしてもまたデモニオ! 完全に敵認定だな!


「お母様は、もうそんなに長くないと思う……」

「えっ!?」

「えっと、確か388歳? ドラグーンは500年くらい生きるけど、怪我のせいで年々弱ってしまったんだ。だからね、お母様にウォードを会わせたいの。ずっと会いたがってたから」


 俺は絶句した。

 400年近く? そんなに長い間、俺を憶えててくれた? そんなに長い間、俺に会いたがってくれてるの?


「は、早く会いに行こう!」

「うん! 明日、防具が出来上がる筈だから、それを受け取ったら一緒にボクの国へ向かおうね」

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