第24話 神社の雰囲気はお好きですか?

 その次の日も俺達は森を調査したのだが、ギルマスのコロリアスさんが心配していたような、強いモンスターの姿はほとんど見かけなかった。

 モンスターを根こそぎ狩り尽くすと地元冒険者の仕事がなくなってしまう。だから、向こうから襲って来る奴だけ相手にしていた。半分くらいは訓練を兼ねて俺が戦った。


 そして調査三日目。コルドン側の森には特別な脅威はないと判断し、俺達はカローサス村の北に広がる森を調べる事にした。


 スタンピードの原因は、あの二人のデモニオが何かしたのだろうと俺達は考えている。だが、何をしたのかは分からない。


「ネロ、デモニオは邪神の復活を目論んでいるって言ってたけど、結局あいつらは何がしたいの?」

「デモニオはね、元々はぐれドラグーンが集まって出来たって言われてるんだ」


 この世界には、ドラグーンの領域が五つあるらしい。無と光以外の魔法属性の名を冠した領域である。火焔神龍国のように国としての体裁を整えている所もあれば、そうでない所もある。


 太古の昔から、最も力の強いドラグーンがその領域を治めてきたが、近年では力だけではなく、信義を重んじる性格や民衆を導く賢明さも同時に求められるそうだ。それで、力はあるが性格に難があったり、頭が良くても力が足りなかったりといったドラグーンが領域を離れ、一人、二人と集まり、やがて「デモニオ」という集団が生まれた。


 邪神の復活に貢献すれば絶大な力が与えられると信じているらしい。その力で、この世界全体を支配しようと考えているとかいないとか。


「絶大な力って……何か根拠があるの?」

「そういう文献はあるけど、ボクは眉唾だと思ってる。デモニオは、文献の中身を自分達に都合よく解釈してるだけだと思うな」


 デモニオに属する者の大半は、単に好き勝手暴れたいだけだと考えられているらしい。邪神云々よりそっちの方が分かりやすいな。


「ドラグーンが始めた事だから、ボク達ドラグーンが止めないといけないんだ」


 そんな話をしていると、あっという間にカローサス村に到着した。つい四日前存亡の危機に陥った村だけど、既に村人達は復興の為に忙しなく働いているようだ。駄目になった作物を植え替えたり、新たに土地を耕したり、村を守る木の柵を補強したり。


 村人の中には俺達の事を憶えている人もいて、そんな人達が手を振ってくれた。村を右手に見て、手を振り返しながら森へと向かう。


 カローサス村は俺が住んでいた村に少し似ている。すぐ近くにコルドンという割と大きな町がある点は違うけど、住んでいる人達の雰囲気とか、周囲の長閑さに通じるものを感じた。この村が無事で良かった。村人達の心が折れず、前に進んでいる事もなんだか嬉しかった。


 村からしばらく北に進み、先日地面がマグマのようになった場所を目印に森へと入る。デモニオの二人が通って来た痕跡を探しながら奥へと進んだ。


「なんか……あっちの森と違う」

「ウォードも気付いた?」

「雰囲気がまるで違いますね」


 森の少し奥へ入った途端、コルドンからカローサス村までの森と違うことに気付いた。


 生えている木々や植物などはほとんど変わらない。鳥の囀りが聞こえ、小動物が動くカサカサという音が耳に入ることも変わらない。ただ空気が違うのだ。


 山の上にある、木々に囲まれた神社に足を踏み入れた感じと言えば良いだろうか? なんとなく神聖さを感じると言うか、吸い込む空気が清浄な気がすると言うか。前世ではあまり信心深い方ではなかったが、神社のあの雰囲気は好きだった。


 俺にとっては好ましい懐かしさを感じる雰囲気だが、ネロとラムルさんは違和感があるようだ。ただ、危険とか悪いものという捉え方はしていないっぽい。プラネリアとマフネリアも鼻をスンスンしているだけで、特に異常を感じているようには見えない。


「モンスターの姿も見えますね」


 ラムルさんの言う通り、モンスターもいる。スタンピードの時に逃げ出さなかった奴なのか、それともこの森に帰って来た奴なのかは分からないが、今のところ俺達を襲おうとはしてこない。この神聖な空気のおかげでモンスター達も温和な性格なのかも知れない。


 なんて思っていた時期が俺にもありました。


「ウォードさん、下から来ます!」


 ラムルさんの声に俺はプラネリアから飛び降りた。下? 俺は槍の穂先を地面に向けて気配に集中する。


 すると、3メートル先の地面が突然爆発したように見えた。


「ジャイアント・レッドアントです!」


 地中から現れたのは、体長1メートルを超える赤茶色をした蟻だった。周囲の地面が次々と爆ぜ、バカでかい蟻がワラワラと出て来る。あっという間に囲まれてしまった。20体以上はいるな。


「ギチギチギチギチギチ……」


 クワガタのように長く伸びた大あごを開いたり閉じたりしてこちらを威嚇している。誰だよこの森のモンスターは温和な性格なんて考えたのは! こいつら絶対俺を食べようと思ってるよね!


「ギチギチうるさい!」


 俺は一番近くにいた蟻の頭と胴体の間に穂先を突き刺し、捩じりながら振り上げた。胴体から切り離された頭が吹っ飛ぶ。それを皮切りに、周囲の蟻が一斉に襲って来た!


 一体の突進を右に避けると、俺の後ろにあった木が蟻に噛み千切られる。


(おっかねー!)


 だが、蟻の攻撃は単調だった。突進して大あごで噛み付く、この繰り返し。動きが直線的なので避けやすい。ただ数が多いのが面倒だ。


 避ける動作を最小限にし、左手で槍を短く持ち、右手には大型ナイフを持った。頭や胴体などの硬そうな部分ではなく、その継ぎ目を狙う。突進を躱しながらナイフで首を切断、横から来た奴の大あごの間に左手の槍を突き刺す。


 やがて数が減ってくると口から何かの液体を飛ばし始めた!


「ウォード、避けて!」


 ギリギリで飛んで来た液体を躱すと、後ろの木から「ジュワー……」と音がして焦げ臭い匂いがした。横目で一瞬見ると白い煙が上がっている。酸のようなものか? 囲まれて一斉にこれで攻撃されたら避けられない。


 蟻たちが俺から距離を取って半円状の陣形を作りつつあった。


「フレイム・ショットガン!」


 空中に12個の赤い魔法陣が浮かび、炎の弾丸が一斉に射出された。一発のフレイム・ブレットを六つに分け、点ではなく面を攻撃する魔法。一発一発の威力はかなり落ちるが、範囲攻撃なので今みたいな状況で役に立つ。


 ちなみに、蜂と戦った時に思い付き、昨日まで練習してました。


 俺を囲んだ8体のうち、右側の3体が72発の炎の散弾を受けて大きくノックバックした。さすがにこれで致命傷は与えられないか。飛んで来た酸を右前方に飛び込んで躱す。すぐに立ち上がり、ノックバックさせた3体に槍とナイフで止めを刺す。


 どうやら近くに仲間がいると酸は飛ばして来ないようだな。左後ろから飛び掛かって来た奴の大あごの間にナイフを突き刺し、左前の奴の首を槍で切り落とす。


「フレイム・ブレット」


 今度は俺の方から距離を取り、残り3体のジャイアント・レッドアントに対してジグザグに走りながらフレイム・ブレットを放ち、仕留めていった。


 森で火の魔法を使うのは気を遣うんだよね。初めての時は木が燃えてしまって物凄く慌てた。ラムルさんが徐に鞭を取り出して燃え上がった木を叩き折り、次元収納から出した水をぶっかけて鎮火してくれたのだった。


「ウォード、怪我はない?」

「うん、だいじょう……あっ! ふ、服に穴が開いてる!?」


 ネロが買ってくれたTシャツの袖に穴が! くっそー、あの蟻め。次遭ったらギッタギタにしてやる!


 ネロがTシャツの袖をめくり、俺の二の腕をサスサスしながら調べている。


「良かったー、火傷してないみたい」

「ネロ、ごめん……服に穴が」

「気にしないで! また買えば良いさ」

「ウォードさんなら勝って当然ですが、少し訓練が足りないようですね」


 おふ……ラムルさんからダメ出しされてしまった。そうだよな、蟻のせいじゃない。俺が未熟なだけだ。完璧に避ければ良いだけだったんだから。


 覚えたての浄化魔法で槍とナイフを綺麗にする。二つで5分かかったけどね!


 それから更に森の奥に向かった俺達だが、時折遭遇する好戦的なモンスターを倒しながら二時間くらい進んだ所で、ある物を見つけた。


「……は?」


 直径20メートルほどの真円状にぽっかりと開けた場所。半ば地中に埋もれ、凹んだり錆びたりで元の色が分からない。だが、俺にはそれが何かはっきりと分かった。と同時に、全身が総毛立つような、気味の悪さを感じた。


 そこにある筈がない物。あってはいけない物。


 それは、自動販売機と自転車の残骸だった。

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