第22話 モンスターって一体なんだろう

「わざわざご足労頂いてすみませんねぇ。私が冒険者ギルド、コルドン支部のギルドマスター、コロリアスです」


 執務室の扉を開くと、愛想笑いを浮かべながら揉み手をする小男が目の前に立っていた。こう見えて、実はメチャクチャ強いのか?


「ささ、どうぞこちらへお掛け下さい。私はこのギルドに勤めて20年になります。カウンター業務から叩き上げ、昨年ギルドマスターに昇格しました。このギルドの事なら何でも知っておりますので」


 事務畑一筋だった! 冒険者ギルドってそれで成り立つの? そういう、会社みたいな組織だったっけ?


 ネロとラムルさんは涼しい顔をしている。こういう人がギルマスでもおかしくないんだろう……武具屋といい冒険者ギルドといい、俺が持つ異世界のイメージが崩れていく……。


「それで、ボク達に話って何かな?」


 ネロの声に現実に引き戻された。小物臭がプンプンするギルマスによると、今回起きたモンスターのスタンピードの影響と、可能なら原因の調査をして欲しいって事だった。俺達、と言うかドラグーンの二人がコルドンにいる間に、町の近くに強いモンスターがいたら討伐して欲しいという話だ。


「ぜひ、ドラグーンのお二人にお力添え頂きたいのです」


 コロリアスがこちらに向かって頭を下げる。バーコードのようになった頭頂部が気になって仕方ない。これまでの苦労が垣間見えるな。


「ボク達は今日を含めて七日したら出発するけど、それまでで良いなら」

「そうですか! いや、ありがとうございます! 助かります!」


 このギルマス、悪い人ではないっぽい。本当に町の安全を考えてネロ達に頼んでいるんだろう。


 騎士団や兵士もいるし、俺達の他にも冒険者は結構な数がいる。それでも頼んで来るのは今回のスタンピードがコルドン周辺では初めて起きたからだった。ドラグーンの二人がいれば、不測の事態にも対応できると考えたようだ。


 俺達はギルマスからの依頼を受け、執務室を後にした。俺の冒険者ランクアップの話は一切出なかったね! べ、別に期待なんかしてなかったんだからね!


 今日はゆっくり休んで、明日からはコルドンとカローサス村の間に広がる森、さらに時間があれば村の北に広がる森を調査する予定だ。敵対するモンスターがいれば討伐する。もしかしたら、デモニオの痕跡も見つかるかも知れない。


 ギルドを出ると、陽がだいぶ傾いていた。


「よし! 汗を流してさっぱりしてからご飯食べに行こ!」


 ネロが俺の手をグイグイ引っ張って、例の湯屋に向かう。そう、あの楽園である。


「今は男湯の時間だよ。その子は先に入って、あんた達は少し待ちな」

「あ、はい」


 番台に座ったおばちゃんからあっさりと告げられた。そりゃそうだ。毎回楽園って訳にはいかない。おばちゃんはこれっぽっちも悪くない。悪くないんだけど……なんだろう、このモヤモヤした気持ち!


 俺はそそくさと体を洗い、何人かいる大人の男達と湯舟に浸かり、そそくさと風呂からあがった。待合所みたいな10畳ほどのスペースで、腰に手を当ててフルーツ牛乳もどきをゴキュゴキュと飲む。一緒に入った冒険者さんの驕りだ。この人もカローサス村に行ってたらしい。


 女湯の時間になってネロ達が入って行った。俺はその冒険者さんと話をしながら二人を待つ。スタンピードを初めて経験し、モンスターのあまりの多さに死を覚悟したそうだ。しかし明確な敵意を持って襲って来る奴がほとんどいなくて拍子抜けだったらしい。


「でも最後に森から出て来た二人。あれはマジでヤバそうだったな」


 人族の冒険者さんでも、ドラグーンとドラゴンの気配を感じ取れる人がいるみたい。普段モンスターと戦っているからこそかも知れない。そもそも、普通の人族がモンスターの大群の後ろから平然と出て来るなんておかしいもんね。


 冒険者さんと話をして改めて思ったんだけど、あのモンスター達は何から逃げていたんだろう?


 確かに、弱いモンスターなら走竜の気配に近寄って来なくなったりする。でもネロやラムルさんは普通にモンスターの近くまで行ける。フォレストウルフと戦った日、ピクニック気分で俺が居眠りしてしまった時は、フォレストウルフの群れに囲まれたって言ってた。だから走竜だって絶対にモンスターを寄せ付けない訳じゃない。


 あのデモニオの二人がそれほど怖かったのか? 確かに強かったと思うけど、脇目も振らず必死に逃げるほどだったか?


「ウォード、お待たせー!」

「お待たせしました」


 二人の声に、考え事から引き戻された。ああ、ネロの頬がほんのりピンク色に上気して、近付くと石鹸の良い香りがする……


「うん? どうかした?」


 おっと! 光に引き寄せられる蛾のようにフラフラとネロに近寄っていた。完全に無意識だった。危ない。お風呂上りの美少女のパンチ力は半端ないね。


 俺は冒険者さんにフルーツ牛乳もどきの礼を言い、別れを告げた。夕食には一昨日の昼食べた肉料理の店をチョイスし、腹がはち切れんばかりに肉を食べた。若い胃はいいね! 肉の脂で胃もたれしないよ!


 湯屋でさっぱりし、お腹も一杯になり、宿に着く頃にはもう眠気がマックスだった。ネロの手を借りて寝巻に着替え、昨夜の事を思い出して罪悪感を覚える間もなく、ネロに抱きしめられながら眠りに落ちたのだった。





 翌朝は、いつも通り暗いうちから棒を使った訓練。今日は二時間で4回、防御に手を使わせた! 新記録だ。ラムルさん、本当に毎朝ありがとうございます。


 朝食を食べてから冒険者ギルドに顔を出し今日調査する予定の場所を告げると、すぐにプラネリアとマフネリアが待つ厩舎へ行った。


「クルゥゥゥ!」

「クルルゥゥ!」


 よしよし。マフネリアも一晩ですっかり元気になったようで良かった。いつものようにプラネリアに俺とネロ、マフネリアにラムルさんが乗って出発。昨日カローサス村に向かったルートよりも、さらに森の東側まで調査する予定だ。コルドンから見ると森の奥地に当たる場所である。


「普通の冒険者が倒せるくらいのモンスターはスルーして行こう。厄介な奴がいたら倒していくよ」


 俺にはまだ普通の冒険者がどれくらい強いのか分からん。なので、倒すかスルーするかの判断はネロとラムルさんにお任せである。俺も相手の力量が分かるようになりたいな。


 昨日、たくさんのモンスター達とすれ違った時にも思ったのだが、あの大群の中にはゴブリンやオーガといった二足歩行の人型モンスターがいなかった。見落としただけかも知れないが、それについてネロに聞いてみた。


「ウォードは、そもそもモンスターってどういうものだと思う?」


 うおっ? 質問に質問で返されてしまったぞ。異世界だからモンスターがいて当たり前だと思っていたが、よく考えれば謎の生命体だよな。地球では、人間を含めた生物は進化によって今の姿になったというのが一般的な考え方だったと思う。

 それを異世界に当てはめれば、ゴブリンやオーガ、フォレストウルフといったモンスターにも何か元になる生物がいて、それが進化や変異して生まれたのだろうか。そう推測してネロに伝える。


「なるほど。そういう考えもあるんだね……でも、ボク達が習ったのとは違うかな」

「そうなの?」

「うん。この世界は元々彼らモンスターのもので、ボク達の方がどこかからやって来た外来種だっていう説が有力なんだよ」


 それはまた凄い説だな……でも……俺だって別の世界で生きていた訳だし……現に今、地球とは全く異なる世界にいるし、他にも色んな世界があったとしても不思議ではない。世界がここと地球の二つしかないと考えるより、その方が夢があるよね。


「で、人型のモンスターも後からやって来た種じゃないかって言われてるんだ」

「つまり、全てのモンスターを一括りには出来ない、ってこと?」

「そう、その通り! これはあくまでボクの考えだけど、スタンピードで逃げ出したモンスターと人型のモンスターは、恐れるものが違うのかも知れないね」


 なるほど。確かにそうだ。同じ人族だって怖いものや苦手なものは人それぞれだ。モンスターだって種類によってそういう違いがあるだろう。


「ねぇウォード?」

「ん?」

「もしウォードがそういう事に興味があるなら、学校に行ってみても良いかも知れないよ?」

「学校? 学校があるの?」

「あるよ! 人族の五つの国にはたくさんの学校がある。ボクのお勧めはグランビット王国の王都にある王立学園かな。実はボクも3年間そこに通ってたんだ!」


 グランビット王国は、沿岸部に縦に五つ並ぶ人族の国の中央に位置する。王立学園は様々な国から色んな種族が通う名門校だそうだ。ネロの母校……興味はあるけど――


「ネロと離れ離れになるのはイヤだな……」

「なんで? ボクも付いて行くに決まってるじゃない」

「ほんと!?」

「もちろん。学校には一緒に通えないけど、ほら、その、一緒に住めばいいし……」

「なら行ってみたい!」

「そ、そう? そうだよね! 入学試験があるけど、ウォードなら楽勝だよ!」


 うぐっ、試験があるのか。ネロによると、受験出来るのは10歳から15歳まで。俺は今8歳と半年くらいだから、まだ1年半は試験を受けられない。


 でも学校かぁ。久しぶりの感覚だな。なんかちょっとワクワクすっぞ。


「その時になったら、ボクと一緒にグランビットに行こうね!」

「うん!」

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