第20話 ネロが真顔で「燃えろ」って言うんです
ドラグーンの女がいた場所に炎の柱が立ち上がる。まるで火山が噴火したような勢いだ。しかし、女は一瞬でその場から離れたようだ。あの黒い盾を手に持って立っている。
「ウォード!」
「ネロ!」
ネロが俺の傍に来てくれた。その後ろにはプラネリアもいる。マフネリアを心配そうに見つめている。
「ウォード、大丈夫? 怪我はない!?」
「お、俺は大丈夫。でもマフネリアとラムルさんが――」
「ネロ様、申し訳ございません。ウォードさんを危険な目に遭わせてしまいました」
おおっ、いつの間に! ラムルさんがすぐ傍に来て、ネロの前で跪いて頭を下げていた。それにしてもラムルさん、服が酷いです! 大事な所が見えそうになってます!
「うん。ラムル、ウォードを守ってくれてありがとう。遅くなってごめんね! みんな後ろに下がってて。あとはボクがやるから」
「いや、ネロ! あいつかなり強い。俺にも手伝わせて!」
「ウォードさん、心配いりません。ネロ様にお任せください」
「ウォード、ありがとうね? 今は気持ちだけ受け取っておくよ」
俺は色んな所がポロリしそうなラムルさんに引きずられ、脇腹にポーションをぶっかけられた。同じようにポーションで治療を終えたマフネリアとお互いを支え合うようにしながら後ろに連れて行かれた。
「あら、随分と可愛いドラグーンだこと。あなたが私の相手をしてくれるの?」
「相手? キミ程度じゃ相手にならないよ」
「はあ? その言葉、すぐに後悔させてやる! ストーム・ブレイ――」
「燃えろ」
女が言い終える前に、剣を持ったその右腕が業火に包まれた。
「ぎゃぁぁぁあああ! 熱い!」
業火は瞬時に消えた。剣はドロドロに溶け、右腕は炭になってボロボロと崩れ落ちる。
「さ、再生しない? なんで!?」
「燃えろ」
女は不利を悟って逃げる素振りを見せたが、その前に再び業火がその右脚を包んだ。
「うっぎゃぁぁぁあああー!」
悲鳴が轟く。つい先ほどまで俺達を翻弄していた女の口から、聞くに堪えない悲鳴が零れている。これがネロの力か。絶望的に強いと思っていたあの女に何もさせず圧倒している。
「さて。その黒い盾は何?」
「くっ、殺せ!」
うわー。リアルでくっころさんに出会ってしまった。
「ボクの炎で焼かれた部分は、再生しないんじゃなくて再生が遅くなるだけ。脳や心臓を壊さなければ時間は掛かるけど再生できるよ。素直に話せば見逃さない事もないけど?」
ネロさん? その言い方は結局見逃さないヤツですよね?
「はっ! お前らに教えるつもりなんてないわ!」
「そっか、残念。じゃあ燃えろ」
女の目と口から炎が噴き上がり、次の瞬間には残された全身が炎に包まれた。中心が白く輝く超高温の炎だ。だいぶ離れた場所にいるが、ここまで熱が届く。そして僅か20秒程で炎が消え、女が倒れていた場所は土が溶けてマグマの様相を呈していた。女の体は跡形もない。
「うーん、やっぱりこれって……」
ネロが屈んで地面を見ている。いや、地面じゃなくてそこにある何かを見ているようだ。ネロがちょいちょいと手招きするので、俺達も近付いた。
「ネロ様の炎で無傷とは。普通の盾ではありませんね」
そこには、あの女が持っていた真っ黒い盾が落ちていた。高熱に晒されたせいで煙が上がっているが、盾自体は無事のようだ。
「これ、盾じゃないね。たぶん鱗だと思う」
「鱗!? こんなデカいのが?」
「うん。ボクも本で見ただけなんだけど……もしかしたらアルファの鱗かも知れない」
「アルファ?」
「そう。始まりの龍。初めて神龍に至ったけど心を闇に侵されて、邪神の眷属になったと言われるドラグーンとドラゴンの祖だよ」
うう……情報が多過ぎて追いつけないよ。たった一枚の鱗が人の上半身くらいある龍って、どれだけ馬鹿デカいんだ? それが龍と竜の祖先で、神龍で、邪神の手先?
「まあ、アルファは三千年くらい前に死んだらしいんだけどね!」
それを早く言ってよ! 良かったー! ネロの炎でも傷すらつかない巨大な龍が闊歩してるって想像したら生きた心地がしないよね。死んでてくれてありがとー! って、これフラグじゃないよね? マジで止めてよ?
「これがアルファの鱗かどうか定かではありませんが、問題はこれを使って何をしようとしていたかでしょう」
「そうだね。国に持ち帰って詳しい人に調べてもらおう」
話をしている間に、鱗の温度も下がったようだ。
「それでは――」
「はい! はいはーい! 俺が! 次元収納やってみたい!」
「え? ウォード、もう次元収納使えるの?」
ラムルさんのおかげで俺が無属性を獲得した事は、ネロにとって既定路線だったみたいだな。ラムルさんはネロに話したって言ってたし。
え? って言う事は、俺が昨晩ラムルさんと裸で抱き合って寝た事も分かってる? いや、やましい事はないですよ。だけど、ネロに「女だったら誰でもいいんだね……見損なったよ」とか思われてないよね? 突然「燃えろ」って言って燃やされないよね?
「あ、いや、使い方を教えて欲しいなーなんて」
「次元収納は無属性魔法の中でも高度なものですが……ドラゴンを倒せるウォードさんなら使えるかも知れませんね」
「ええっ!? ウォード、ドラゴン倒したの!?」
ネロの目がキラキラしている。眩しい……そんな純粋な目で見ないで……。
「えっと、あれは、相手が物凄く油断してたって言うか、俺を見くびってたって言うか」
「相手は大剣使いでしたが、全ての攻撃を躱し、最後は見事に魔法で倒しました」
ラムルさん、言い方っ! それじゃ俺が余裕で勝ったみたいじゃん! マジで相手が俺を舐めてたから勝てただけだから。あのドラグーンの女には全っ然通用しなかったしね。
「ボクが見てない所でそんな事が……うわぁ! ウォードの活躍見たかったー!」
あ、いや、ネロさんに比べたら、俺のなんて活躍でも何でもないです。
「今度ボクにも見せてね?」
そんなしょっちゅう超油断したドラゴンと戦う事にならないと思うし、なって欲しくもないが、取り敢えず頷いておいた。
「それで次元収納なんだけど……」
「あら。ウォードさんの活躍を詳細にお話しようと思っていたのに」
「あ、それはいいです」
「それは残念です。後でネロ様にはお伝えしますね」
「うん!」
詳細って……ラムルさん、あの激しい戦いの最中に俺の様子も見てたって言うのか? 戦闘メイドさん恐るべし。色々盛って話されそうな所もコワい。
「それで次元収納ですが、だだっ広いスペースをイメージして、そこにむんっ! と入れるだけです」
うん、忘れてた。ラムルさんやネロに、魔法の使い方を聞いちゃいけなかった。この人達は感覚で魔法を使ってるんだった。
だが俺だって初めて火の魔法を使えるようになった時の事を忘れちゃいないよ? あれを応用すれば良いと思うんだ。
(スペース……取り敢えずトランクルームくらいでいいか。そこに開け閉め出来る扉を付けて……その扉を目の前の地面の上、10センチくらい浮かせた所に出すイメージ……)
閉じていた目を開けると、想像していた通りの場所に白い魔法陣が浮かんでいた。
「ちっちゃ!?」
だが思っていたよりかなり小さい。黒い鱗どころか、スマホくらいしか出し入れ出来なさそうだ。
「取り敢えず今日は私がしまっておきますね」
「あ、はい」
ラムルさんがサッと鱗を取り上げ、ササッと次元収納にしまった。
「だ、大丈夫だよ! ウォードにだっていつか使えるようになるから!」
ネロが慰めてくれる。見えないから、たぶん失敗したと思ってるんだろう。違うんだ……ちっちゃ過ぎて入れられなかったんだよ……。
ラムルさんが俺の肩にそっと手を置いてくれる。
「初めてにしては上出来です」
ほ、褒められた! そうか、やり方は間違ってないんだな。よし、頑張って次元収納も使えるようになってやるぜ!
そう言えば、デモニオの二人が乗っていた二頭の黒い走竜はいつの間にかいなくなっていた。プラネリアとマフネリアなら匂いを追えるらしいが、マフネリアはポーションで治ったとは言え血をたくさん流したし、ラムルさんもそうだ。追えばデモニオの拠点が分かる可能性もあるが今日は止めておいた。
カローサス村の様子と冒険者達、騎士や兵士の様子を確認し、死人や怪我人がいなかったので、俺達はそのままコルドンの町への帰途についた。
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