第19話 舐めてると痛い目に遭うよ?
ラムルさんの武器は鞭。相手は剣。間合いが全然違う。剣の間合いではラムルさんが圧倒的に不利じゃないか! しかも相手は同格のドラグーンだぞ?
20メートル離れていた距離を、女は一歩で詰めたように見えた。ラムルさんの懐に入り剣を斜め下から振るう。だが、ラムルさんは体を少し捩ってそれを躱し、女の腹に正拳突きを叩き込んだ。
そうだった。ラムルさんは近接戦闘のプロだったわ。俺が心配する事なんてなかった。って言うか、その鞭は? 使わないの?
「おい、よそ見してていいのか?」
デラトリスの大剣が俺の頭上に振り下ろされていた。だがちゃんと見えてるぞ? オーガが振り下ろす棍棒と大差ない速さだな。左に半歩ずれて大剣を躱し、ガラ空きの右脇腹に龍気弾を叩き込む。
「ごふっ!」
デラトリスが情けない声を出し、空いた手で脇腹を押さえる。すかさず槍を横に払い首を狙ったが、それは剣で受けられた。くそっ! 身長差が恨めしいぜ。
「このガキがぁぁあ!」
大剣をメチャクチャに振り回して来る。縦・横・斜めと俺のすぐ傍を剣が通り過ぎると「ゴウ!」と突風のような音がする。当たれば即死だろう。当たれば、だが。
「くそっ、ちょこまかと! 逃げるなガキぃぃい!」
いや、避けるし。デラトリスの剣戟は、手数こそ多いがさほど速くない。頭に血が上って力任せになっているのだろう。剣も大剣だしね。割と余裕を持って躱せる。ちょっとラムルさんの方をチラ見できるくらいの余裕がある。
ラムルさん、まだかな? おおぅ! ラムルさんが鞭を使っている!
ラムルさんは鞭を縦横無尽に操り、女の周りには鞭の残像が見える。あんなの全然見えないぞ!? だが、女は左手の盾で攻撃の大半を受け止めている。盾には傷一つないが、女はあちこちから血を流している。しかし、ドラグーンの再生能力で傷はすぐに塞がっているようだ。
「おらぁ!」
デラトリスが俺に突きを放って来た。大剣の腹に槍の柄を合わせ、滑らせるようにして左に受け流す。そのまま穂を相手の首に刺そうとするが間合いが合わない。穂の横で首の付け根を浅く斬るだけに終わった。その傷もすぐに塞がる。
うーん。ラムルさんには「防御と回避に専念して」と言われたが、これは俺から攻撃しても構わないのではないだろうか?
俺の村を襲ったデラトリスの強さは、こんなものじゃなかった筈だ。村の大人達が何人でかかっても、大剣の一振りで薙ぎ払われ、体を両断されてしまっていた。
たぶん、デラトリスは俺が子供だから舐めているんだ。その子供にいいようにあしらわれて冷静さを失っている、今がチャンスだと思う。
「ちょっと、デラトリス! いつまで遊んでるの? 早く終わらせてこっちを手伝いなさい!」
「っ!」
ちっ! あの女の言葉で、デラトリスが冷静になってしまった。今まで右手一本で握っていた大剣を両手で握り直し、俺の目に切っ先を向ける正眼の構えを取りやがった。本気になったって事だろう。
「フレイム・ブレット」
俺の眼前に赤く光る六つの魔法陣が出現する。突進してくるデラトリスに向かって、六発のフレイム・ブレットを放った。
胸に二発、腹に二発。喉に一発。そして額に一発。炎の弾丸がデラトリスに直径3センチほどの穴を6か所開けた。デラトリスの目が驚愕に見開かれ、すぐに光が消える。突進の勢いのまま前のめりに倒れ、地面をズザザーと滑って行った。穴が再生する様子はない。
本気になるのがちょっと遅かったようだな。それに、竜になられたら最初から勝負が決まっていただろう。デラトリスは子供の俺を簡単に捻り潰せると思っていた。そしてそうするのが好きだったに違いない。その慢心と嗜虐心が命取りだった。そうでなければ俺がドラゴンに勝てる訳がないのだから。
「なっ!? ドラゴンが子供に負けた? 嘘でしょ!?」
ドラグーンの女が驚きの声を上げ、大きく跳躍してラムルさんと距離を取った。俺はラムルさんの近くに駆け寄った。
「ウォードさん、お見事でした!」
「いや、あいつが本気じゃなかったから」
「そういう事にしておきましょう。しかし、あの女はマズいです。妙な気配を感じます」
女は剣を鞘に納め、左手に持った盾の裏で何かしているように見える。有り体に言って隙だらけであった。
「あっ。フレイム・ブレット」
あまりに隙だらけに見えたので、反射的にフレイム・ブレットを放ってしまった。銃弾と同じくらいの速度で六発同時に放った魔法。普通なら避けられない筈。だが、フレイム・ブレットは全て黒い盾に当たって防がれ――
俺はラムルさんに突き飛ばされた。と同時に、左脇腹に鋭い痛みを感じる。
さっきまで俺がいた場所にドラグーンの女が剣を抜いて立っていた。女の手に盾はなく、ラムルさんの顔面への突きを左手だけで受け止めていた。
自分の左脇腹を触ると血がべっとりと付く。傷は浅いが、あの女に斬られたのだ。ラムルさんに突き飛ばされなかったら、今ごろ上半身と下半身が永遠の別れを告げていたかも知れない。
盾を手放した途端これまでより数段速くなった? どういう事だ?
あの黒い盾は俺がフレイム・ブレットを当てた場所に放置されている。盾には傷どころか焦げ目さえ付いていないように見えた。真っ黒だからよく分からないけど。
隙だらけに見えたのは、盾を左手から外していたのか。
「ウォードさん、私の後ろから離れないでください!」
ラムルさんが女から飛び退り、俺を守るように目の前に立った。
「仕方ないわね。龍気解放!」
女の全身から凄まじい龍気が奔流のように立ち昇る。あまりに濃い龍気のせいで女の姿が歪んで見えた。
俺達の戦いを遠巻きに見て、俺が傷付いた事でこちらに近付こうとしていたカマロさん達冒険者の一団が、女から放たれる異常な気配に後ろに下がって行った。
「カマロさん! 逃げて!」
俺が精一杯叫ぶと、冒険者達が一斉に村の方へ走って行く。今度は信用してもらえたようだ。
「ストーム・ウェーブ!」
女が魔法を唱えると同時に、ラムルさんが次元収納から巨大な盾を取り出した!
それを地面に突き刺すように構える。次の瞬間、俺の横を草や土が物凄い勢いで真横に飛んで行く。信じられない強さの風が俺達に向かって吹いているのだ。
「くぅ!」
ラムルさんは構えた盾を斜めにして、少しでも風を受け流そうとしている。俺はラムルさんの右足にしがみつき、なんとか飛ばされるのを堪えた。後ろを見ると、冒険者達が凄い勢いでゴロゴロと転がっている。
「ウインド・クラスター!」
強風が続く中、さらに空気の塊を放って来た。ドゴォォオオン! と空気がぶつかって来たとは思えない音がして、ラムルさんの盾が弾き飛ばされる。しがみついていた手が離れ、俺も風の勢いで吹っ飛ばされた。
「これで終わりよ! ストーム・ブレイド!」
ラムルさんは体の前で腕をクロスして防御の体勢を取っている。俺は必死にラムルさんの後ろに戻ろうとするが風に押されて間に合わない!
「クルゥゥウウ!」
俺の前に黄緑色の塊が飛び込んで来た。離れた所にいた筈のマフネリアが、俺の前に体を投げ出して庇ってくれたのだ。
無数の風の刃がマフネリアの体を切り裂き、血飛沫が風に乗って後ろに飛んで行く。俺の全身にマフネリアの温かい血がかかる。
「マ、マフネリア!?」
「クルゥゥゥ……」
良かった、生きてる! 全身に切り傷をこさえてるが致命傷ではないようだ。少し離れた場所で仁王立ちしているラムルさんも、メイド服がボロボロになり体中から血を流しているが、傷は既に塞がっているようだ。
くそっ! 俺がいなきゃ、ラムルさんがあいつに負ける筈なんてないのに! マフネリアだって酷い怪我をしなくて済んだのに! 俺を守るために二人とも傷付いてしまった。
俺がもっと強ければ。いや違う。今出来る最大級の攻撃を叩き込んでやる! 俺がそう思って龍気を練り上げようとした、その時。
「ボクの大切な子達に何してくれてるんだぁぁぁああー!」
遠く後ろの方からネロの声が聞こえた。
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