第18話 これがスタンピードか

 マフネリアが森の中を物凄いスピードで駆けて行く。街道は森を迂回して大きく弧を描いているので、森を通ればカローサス村までかなりショートカット出来るのだ。しかも走竜に乗っているため驚くほど早く村の近くまで到着した。


 厩舎では、置いて行かれるプラネリアが俺達の事を切なそうな目で見てたな……ごめんな! 俺がもっと成長したら乗ってあげられるのに。


 それにしても、ネロはプラネリアに乗って行ったとばかり思っていたのだけど、どうやって行ったんだろう? 火焔神龍国って近いのかな?


 意識を目の前に戻す。マフネリアは人族が歩く程度までスピードを落としたのだが、その足元をリスやウサギといった小動物が俺達とは逆の方向に向かって駆けて行く。その後ろからイノシシやシカもやって来て、森の奥へ走っていく。


 そのまま村に向かって進むと、今度はモンスターの姿もちらほらと見えた。ウサギやネズミに似た小型のヤツだ。ああ、フォレストウルフもいるな。鳥型や昆虫タイプもいる。だが、どいつも俺達には目もくれずに森の奥を目指している。


 たまに真正面から突っ込んで来るヤツがいるが、マフネリアが鬱陶しそうに前足を振るうと一撃で倒されていく。


「ラムルさん、これって……?」

「明確な敵意はないようですね。むしろ何かから逃げているような?」


 ラムルさんも俺と同じように感じていたようだ。今も、デカい熊のようなモンスターが地響きを立てながら俺達の横を素通りして行った。


 人を襲おうとしていると言うより、何かから逃げているように見える。それも必死に。


「もう少し村に近付けば原因が分かるかも知れません」


 そのまましばらく進むと森から抜けた。その場所は少し高台になっていて、カローサス村を含めた周囲の様子が一望出来た。


「これは……」


 俺はその光景を見て絶句してしまった。


 村は簡素な木の柵に囲まれている。そして村の北の方、柵の前に銀色の鎧を身に付けた兵士や騎士、冒険者達が扇状に陣形を組んでいた。


 その周りでモンスターがまるで濁流のように蠢いている。村は川の中州のような感じで濁流には飲み込まれていない。勢いで村に入り込もうとするモンスターと散発的に戦闘が行われているようだ。


 そしてモンスターの流れは北から南、つまり俺達が通って来た森に向かっている。大小様々なモンスター達が、かなり遠くにある北の森から群れを成してこちら側に逃げて来ているのだ。


 モンスターの行動に詳しいわけではないが、これは正にスタンピードに見える。パニックを起こした集団が、大挙して同じ方向へ突然走り始める現象だ。


 少し経つと、北の森から出てくるモンスターがいなくなった。ようやくスタンピードが終わったようだ。この様子なら、村や人々に大きな被害はなさそうだ。こっち側の森に逃げ込んだモンスターがどこへ向かうかは気になるけど。コルドンの町に押し寄せたりしなきゃ良いんだけどね。


 村は無事だが、周囲は酷い有り様だ。農地は跡形もなく、草原だったと思われる大地は数千のモンスターに踏み荒らされ、凸凹とした剥き出しの土と千切れた草で覆われていた。


 マフネリアの背に乗ったまま、後ろのラムルさんを振り返る。ラムルさんの目は北の森の一点を見ているようだ。


「ラムルさん? 何か気になる事でも――」

「出て来ます。恐らくあれが原因でしょう」


 慌ててラムルさんの視線を追ってみるが、俺には何も見えない。どうやら北の森の切れ目を見ているようだが――


 すると確かに何かが出て来た。しかし1キロ以上離れているから何か動くものが出て来たなーくらいしか分からないんだけど。もしかしてラムルさんにはアレが見えてるのかな?


「あれは人の姿をしていますが、走竜に乗ったドラグーンとドラゴンですね」


 マジで見えてるの? って言うか、これだけ離れているのに種族まで分かるって……たぶん、俺が人族と間違わないように言ってくれたんだと思うけど、そもそもまだ二つの点くらいにしか見えてないからね。


 森の中から出て来た二つの点は、ゆっくりと村に近付いている。兵士と騎士、冒険者達はモンスターの姿がようやく見えなくなって警戒を解いているようだ。


「え? あれって村に向かってるように見えるんだけど」

「そのようですね。ウォードさん、どうしますか?」

「敵、なのかな?」

「まだ分かりません。どちらも私の知る者ではありません」


 もし敵意があるならマズいんじゃないか? 村に残された人々もそうだし、冒険者の中には顔見知りの人もいる。ここからじゃ分からないけど、お世話になったシャルルさんやお兄さんのカマロさん、あと名前は忘れたけど残りの二人もいるかも知れない。


「マフネリア、近付いてくれ!」

「クルルゥ!」


 ドラグーンとドラゴンが相手では、俺なんか全く役に立たない。でも、人々に警告して逃がすくらいは出来るかも知れない。


 マフネリアはあっという間に村に着いた。村の左側を回り込んで冒険者達が集まっている北側に向かう。


「おお! ウォードも来たのか!」

「ウォード君、こんにちは」


 たくさんの兵士と騎士に紛れて、50人ほどの冒険者達がいた。その中にカマロさんとシャルルさん、あと二人もいる。名前を忘れてごめんなさい! だってほとんど絡んでないんだもの。


 こちらに近付いて来る二人とはまだ300メートルくらい離れているが、ここからなら俺にも見えるぞ。真っ黒な走竜に乗り、黒い革鎧を着た男女だ。走竜まで鎧のような装備を付けている。


 女性の方は長く伸ばした金髪で見た目は20代半ばくらい。腰に剣を差しているが、それよりも左手に持った大きな盾が目に付く。いわゆる凧型に近い丸みを帯びた盾。女性の上半身をほとんどカバーするくらいの大きさだ。光沢のある黒で同心円状の濃い灰色をした模様が浮かんでいる。


 男性の方は紫色の髪で、大剣を斜めに背負っているようだ。なんか見覚えがある気がするな。どこで見たんだろう。ニヤニヤしながら近付いて来るが、あのニヤケ顔は――


「ウォードさん。あれはデモニオのようです」


 ラムルさんの言葉で思い出した! あの男の方、俺の村を襲った奴だ!


「カマロさん、シャルルさん! みんなも逃げてください!」


 俺は振り返って大声で叫んだ。でも誰一人として動かない。子供が突然叫んだところで、大の大人達が言う事を聞く筈もない。


「ラムルさん! みんなが逃げる時間を稼げますか!?」

「……いいでしょう。私はドラグーンの女を倒します。ウォードさんは男を抑えてください。決して無茶はしないように。分かりましたか?」

「はい!」

「女を倒したらすぐ加勢しますから。男の気を引くだけで良いですからね」

「わ、分かりました」

「無理に倒そうとしては駄目です。防御と回避に専念して――」

「だ、大丈夫です! マフネリア、行くぞ!」


 敵を前にすると「獅子の子落とし」モードに入るラムルさんがいつになく慎重である。女の方がドラグーンってことは、男はドラゴンだ。奴の強さは一度見た。俺の村が蹂躙されたからな。俺程度じゃ敵わないのも十分承知だ。


 俺の役目は、ラムルさんに攻撃が集中しないよう男を引き付ける事。それとラムルさんが女を倒すまでの時間稼ぎだ。


 マフネリアが彼らに迫ると、彼らもスピードを上げてこちらに向かって来た。ラムルさんから大型ナイフを受け取り腰に着ける。そして槍も受け取った。

互いの距離が20メートルくらいの所で走竜が止まる。騎士のように馬に乗ったまま戦う訳ではないらしい。全員が走竜から降りると、ドラグーンの女が口を開いた。


「こんな所でドラグーンと会うとは運がないわ。どうかしら、ここはお互いに引かない?」


 女がニヤニヤしながら意外な事を口にする。ラムルさんは次元収納から輪っか状に巻いた紐のような物を取り出すと、端を持って残りの部分が地面に落ちるに任せた。紐の先端には金属で出来た鋭い三角錐が付いている。


 ラムルさんが武器を持つのは初めて見る。これは鞭だな。なぜかラムルさんにぴったりの武器って気がする。


「ご冗談を。デモニオを見逃す訳にはいきません」

「言ってみただけよ。で、デラトリスの相手はその人族の子供でいいの?」


 ドラゴンの男はデラトリスって言うのか。


「ふっ。丁度いいくらいです」


 いや、ラムルさん!? 煽りが酷いよ? ドラゴンが丁度いい相手な訳ないじゃん! デラトリスのこめかみに青筋が見えるんですけど!?


「まあいいわ。あなた達を殺して、向こうにいる人族も皆殺し。邪神様にその魂を捧げてあげるわ」


 女が恐ろしい速さでラムルさんに斬りかかった。

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