第15話 ギリギリの戦いが成長に繋がるらしい
巨木の幹に隠れながらオーガの群れに向かって慎重に近づく。今回もプラネリアとマフネリアは少し離れた場所で待機してもらっている。
想像してたのより遥かにデカい。2メートルは軽々と超え、3メートル以上あるんじゃないか? 前に倒したゴブリンのような暗緑色の肌はぬめっとしてる。筋骨隆々と言うか、まるで岩のようだ。隆起した筋肉がゴツゴツしており、無駄な脂肪が一切ない。腕が俺の胴より太いな。
発達した僧帽筋に埋もれているように見える顔は、人族とは似ても似つかない。鼻の辺りから少し前に迫り出して、毛のない猫科の猛獣みたいな感じだ。もちろん一切可愛げなんてない。耳は頭の横についていて、頭頂部から斜め後ろに2本の角が生えている。
ひと言で言えば、想像していたのより遥かにモンスターだ。しかも、今まで見た中では一番強そうである。あの貴族の用心棒だったシュラドーよりずっと強いだろう。それが6体もいる。
「私が先に4体倒します。残り2体なら丁度良いでしょう」
ラ、ラムルさん!? 全部倒せって言われると思ってたのに……なんか優しくて涙が出そう。
俺がよく分からない感動に浸っていると、隠れていた幹からラムルさんが武器も持たずに飛び出す。えぇっ? 素手ですか?
「ウガッ?」
俺の心配をよそに、ラムルさんの貫手がオーガの胸を貫く。周りのオーガがすぐ反応し、手に持った棍棒でラムルさんに襲い掛かった。
「ウゴォォォオウ!」
オーガ達が咆哮をあげるが、棍棒はラムルさんに掠りもしない。まるで瞬間移動をしているようにオーガの懐に潜り込み、一撃で葬っていく。
「さぁ、ウォードさんの出番です。後は任せました」
涼しい顔のラムルさんからバトンタッチを宣告された。
「ウォード、気を付けて。固いから、槍に龍気を纏わせた方がいいよ」
ネロが初めて戦闘の前にアドバイスをくれた。俺はネロに向かって頷き、槍の穂に龍気を纏わせる。
「ウガァァァアアアッ!」
ラムルさんが下がり俺が前に出ると、残された2体のオーガが怒りの咆哮をあげた。構わず左のオーガに突っ込むと、棍棒が狂ったような勢いで振り下ろされる。半身になって左に避けるが、棍棒が俺の胴体を狙って横に振られた。
想像以上に速い。前に踏み込んでいた俺はバックステップが間に合わない。咄嗟に槍の柄に龍気を流し、それで斜めに受ける。攻撃の勢いを受け流したつもりだったが、想像以上の衝撃に体ごと横に吹き飛ばされた。
(ぐぅっ!)
空中で体を捻って大木の幹に両足で着地し、地面に降りる。あんな攻撃をまともに受けたら、一発で内臓がやられる。オーガはもう目の前に迫っていた。棍棒が俺の頭を狙って横向きに振られ、前に向かって体を投げ出して避ける。頭上を棍棒が掠め、後ろの大木が一撃で半ばから粉砕された。
さらにもう1体のオーガが、地面の俺に向かって棍棒を振り下ろす。ギリギリで地面を転がって避けたが、土が大きく抉れている。
(あっぶねー!)
一瞬の攻防で、近接戦闘では勝ち目が薄いと分かった。これは龍気弾を封印とか言ってる場合じゃない。持っている攻撃手段を全て出し尽くさないと死ぬ。
「龍気弾!」
素早く身を起こし、膝立ちの状態ですぐ横にいるオーガに龍気弾を放った。そいつが衝撃でノックバックしている間に、大木をへし折ってこっちに迫っていたもう1体にも龍気弾をお見舞いする。
「龍気弾!」
どちらにも多少は効いているようだが決定打にならない。このまま何発も打ち込んでいくか? 一発でも貰えば即死級のあの攻撃を躱しながら?
相手が1体だけならそれでも勝てるだろう。だが連携しながら攻撃して来る奴らだ。少しでもタイミングがずれたらお終いだ。
俺は2体に対して交互に龍気弾を放ちながら、少しずつ距離を取った。どうする? どうすれば勝てる?
龍気弾を喰らったオーガは、衝撃で一瞬仰け反る。俺はそれをチャンスと捉えた。近い方のオーガに龍気弾を放つと同時にそいつに向かって駆け出す。走りながら遠くにいるオーガに牽制の龍気弾を放つ。再度向かっているオーガに龍気弾を放ち仰け反らせた。
「ふんっ!」
ひと際強く、大きな龍気を槍の穂先に集中させる。それをオーガの胸の中心に突き刺すと、オーガの体内で衝撃波が生まれ、胸にバスケットボール大の穴を開けた。
「ウ……ガ?」
ドォンと大きな音を響かせてオーガが倒れる。
(よっしゃ!)
すぐさま最後の1体に向けて連続で龍気弾を放った。そいつは体の前で両腕をクロスし、なんとか衝撃に耐えている。
(だが脇がガラ空きだ!)
俺はさっきの要領で穂先に龍気を集中し、右脇腹に突き刺した。体内で爆発が起き、オーガの体は腹の部分で上下に分断された。
「勝った……」
「すごいよウォード!」
ネロがいつものように抱き着いて来る。
「あの龍気を使った槍の攻撃、お見事です」
はっ! ラムルさんが「当然です」って言わなかった! 褒められた!?
ネロとラムルさんの二人が、俺の頭を撫でてくれる。今までと少し違う、なんだか誇らしげな顔をしている。そんな二人の顔を見ていると、俺も心から嬉しくなってくる。
はぁー。それにしても強かったな、オーガ。ラムルさんがあまりにも簡単に倒すから、そんなに強くないのかと錯覚してたぜ。ドラグーンの戦い方は参考にならないって言われたのはこういう意味だったのかな。
しかし毎回ギリギリで勝ってる気がするな。これで良いのだろうか? そう思って聞いてみると――
「勝てるかどうかギリギリの戦いでなければ訓練になりません」
だそうです。なるほど、正論である。毎回死ぬかも知れないと感じるのはそういう訳なんですね。でも、ネロとラムルさんはそのギリギリを見極めてくれてるって事なんだよな。つまり俺と相手の力量を正確に見抜いているって事だ。
だからラムルさんは毎回「ウォードさんなら当然です」って言うのか。だとしたら、さっき「お見事です」って言ってくれたのは、想定を上回る戦いが出来たって事かな? だったらいいな。
もっと二人の喜ぶ顔が見たい。ラムルさんにも「当然です」以外の言葉を言わせたい。そんな事を考えながら、走竜の元へ戻った。
オーガを倒した後、俺達は少し急いでコルドンの町に戻った。あんまりゆっくりしていると日が暮れそうだったからね。早く帰って魔法の練習をしたい。
火の魔法はフォレストウルフにすらほとんど効果がなかったし、頼みの龍気弾もオーガを倒す程の威力はなかった。今日はなんとか勝てたけど、次も勝てるとは限らない。だからもっと威力のある攻撃手段が欲しかった。それで、少し思い付いた事があったので試してみたかったのだ。
東門から町に入りプラネリアとマフネリアに労いの言葉を掛けて厩舎に預ける。そこでラムルさんは依頼達成の報告のため冒険者ギルドへ、俺とネロは例の大岩の所にやって来た。
「ねえ、ネロ」
「うん?」
「魔法って龍気が元になってるんだよね?」
「そうだよ」
「俺が出す火の魔法も、ネロの焔魔法も、元は龍気ってことだよね?」
「うん、その通り」
だとしたら、俺の火魔法とネロの焔魔法の威力は何が違う? ネロからは魔法の習熟度の違いだと教えてもらったが、本当にそれだけなのだろうか。龍気はガソリンみたいなもので、俺の魔法は変換効率が悪い? それとも、元になる龍気の量が違う?
俺は、燃え盛る炎ではなく、ガスバーナーの青白い炎をイメージした。酸素を大量に取り込み、ほんの小さな噴射口からガス(龍気)を勢いよく出し、そこに点火する。
大きさは小さくていい。その代わり鉄をも溶かす高温にする。射出速度のイメージは銃の弾丸。射出時に捻りを加え回転しながら飛んで行くイメージだ。
「フレイム・ブレット」
閉じていた目を開くと、眼前には中心が白く、周りが赤い直径1センチくらいの球が浮いていた。それが正しく弾丸のような速さで岩に飛んで行った。
「ドォン!」
轟音と共に、岩から煙が上がる。近付いて見てみると、岩が直径10センチ、深さ20センチ近く抉られていた。
「よしっ!」
「ウォード、今の凄かったよ!?」
フッフッフ。龍気弾を大きくするのではなく、小さく圧縮して火を点ければ威力が上がるんじゃないかと思っていたのだ。さすがに実戦で使う勇気はなかったけど。これを使いこなせれば、オーガ程度の敵なら遠距離から倒す事が出来そうだ。その後、また龍気が枯渇する寸前までフレイム・ブレットを岩に向かって撃ちまくった。岩が最初の半分くらいの大きさになったぜ。
そしてその日の夜。
夕食が終わると、俺から離れた場所でネロとラムルさんが何か話していた。その後、ネロは「ちょっと用事を済ませてくるね。明日か明後日には戻るから」と言い残し、どこかへ行ってしまったのだった。
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