第14話 フォレストウルフが全然オオカミじゃなかった件

 前世で、俺は犬が好きだった。もちろん猫も好きなのだが、特に大型犬が好きだった。そして、狼と言えば格好良くて、孤高の存在という感じで、憧れの対象だった。


 そして目の前のフォレストウルフ達。ウルフと付いているが、これはダメだ。まず、毛が無い。地肌は樹皮のようにゴツゴツした焦げ茶色である。顔が短くて犬っぽくない。誰だ、ウルフって名付けたのは? 狼要素が全然ないんだけど。


 あの鉱山の穴の中で襲われた狼は、バカでかかったけどちゃんと狼っぽかった。あれとは似ても似つかない。


 見た目がいくら醜悪でも、こちらに危害を加えない生き物を一方的に攻撃する趣味は俺にはない。ないのだけど、やつらと来たら俺に気付いた途端襲い掛かって来やがった。黄色の眼球と黒い瞳をらんらんと光らせ、子熊程度に前にせり出した口を大きく開いて乱杭歯を見せつけ、盛大に涎をまき散らしている。


 その狂気すら感じる醜さにちょっと引いてしまったが、俺は繁みから飛び出して、先頭の一体にすれ違い様で槍の一閃を喰らわせた。口の端から胴体の半ばまで切り裂く。


「ギャウン!」


 近くで見るとこいつらも大きいな。少なくとも1.5メートルはあるだろう。胴体を大きく斬りつけた個体は鳴き声を上げて横倒しになった。


 飛び掛かってきた二体目には、額に突きを入れてやる。魔鉱石の穂はあっさりと頭蓋を貫通した。すぐさま抜いて三体目の突進を躱す。横から胸の辺りに突き。深く刺さったが致命傷にはならない。心臓の場所が分からないな。首の付け根、脊椎と思われる辺りに改めて突きを繰り出す。


 三体倒したがまだ多い。残りの奴らは仲間が倒されたのを見て慎重になっている。半円状に俺を囲み、隙を窺っているようだ。


 俺は真ん中にいる、ひと際体の大きな個体に目を付けた。焦げ茶を通り越して黒く見える奴だ。恐らくこいつが群れのリーダーだと当たりを付け、使えるようになったばかりのファイアボールを放った。


 生き物の本能で、いきなり火球が現れれば少しは怯む筈だ。現に周りの子分達(仮)は目に見えて狼狽えた。俺は統率の乱れた群れの左端から狙っていく。目と目の間をひと突きにし、右の奴の胴体を横薙ぎにする。再度ファイアボールを真ん中付近に放つ。


「ガルゥゥゥ!」


 さらに隣の奴を突こうとしたところ、リーダー(仮)が火球を突っ切り俺に突進して来た! 威力がないのがもうバレたか。既に槍の間合いの内側に入り迫っている。俺は咄嗟に腰の大型ナイフを抜き、順手に持って思い切り振り下ろした。俺の首か肩を狙って飛びついて来たリーダー(仮)の首を、ナイフが半分ほど切り裂く。


 ナイフの攻撃で絶命したリーダー(仮)だが、飛びついて来た勢いを殺すことは出来なかった。身を捩って避けようとしたが、右肩に当たってそのまま吹っ飛ばされる。


 ゴロゴロと転がされるが、左手の槍と右手のナイフは手放さない。これまで何度ラムルさんに転がされたと思ってるんだ! 武器を離さずに転がるくらいお手の物だ。


 素早く立ち上がると同時にナイフを思いっ切り振る。当てずっぽうだったが、襲い掛かってきた一体の前足を片方斬り飛ばした。すぐさま左手の槍で横っ面に突きを放つ。


 残りは五体。リーダー(仮)を殺されれば逃げても良さそうなものだが、モンスターの習性なんて分からない。理性の欠片も見られない目で俺を睨みつけ、三体が別方向から同時に駆けて来る。


「龍気弾! ファイアボール!」


 一番近い奴に龍気弾を放って吹っ飛ばし、一番遠い奴に牽制でファイアボールを放った。


 本当は、最初から全部龍気弾だけで倒せるんじゃないかと思う。でもそれじゃ訓練にならないからね。新しい槍とナイフにも慣れないといけないし。こんな風に言うと結構余裕あると思われるかも知れないけど、俺は必死だ。気を抜けば殺されるのが分かっているから。それに封印しようと思っていた龍気弾を思わず使ってしまった。それくらい、こいつらには迫力があるんだ。


 俺はナイフを鞘にしまい、呼吸を落ち着ける。槍を構え直し、迫り来る一体に集中した。そいつは低い姿勢でジグザクに走って来る。だがどんな軌道で走ろうが、最終目的地は分かっている。槍を少し短めに持ち直し攻撃に備えた。俺から見て右側から、低い位置を狙って噛みついて来る。狙われた脚をさっと後ろに引くと「ガチン!」と牙が空を噛む音が聞こえた。腰の回転を利用して首の付け根に槍を突き刺す。


「ギャイン!」


 また急所を外したか。済まんな。槍を一回転させて耳の後ろに突き刺した。一回転させた意味はない。ちょっとカッコいいかな、と思っただけだ。


 さっきの二体は……龍気弾を喰らわせた奴はそれで倒してしまったようだ。もう一体は体に火がついて燃え上がり、地面を転がっている。樹皮みたいな肌だったけど燃えやすいのかね? リーダー(仮)は燃えなかったけど。可哀想なので止めを刺した。


 襲って来なかった二体は、いつの間にか逃げてしまったようだ。九体の死骸が転がっている。繫みからネロとラムルさんが出て来た。ラムルさんは早速フォレストウルフの死骸を次元収納にポイポイとしまっている。


「ウォード、おつかれさま! あの咄嗟のナイフ攻撃は凄く良かったよ!」

「危なげない勝利、ウォードさんなら当然ですね」


 戦闘の後に褒められるこのパターンもだんだん気持ち良くなってきたな。ラムルさんも褒めてくれてるんだよね? 戦って勝つと、二人が凄く嬉しそうにしてくれるんだ。この顔が見たくて戦ってるようなものだ。


 プラネリアとマフネリアの元に戻り、また森を散策する。依頼達成にはフォレストウルフをあと11体、オーガを5体倒さなきゃならない。


 森の更に奥に向かって進む。途中、開けた場所があったのでそこで昼食だ。ラムルさんがシートを広げて、その上にお弁当を並べてくれる。完全にピクニックだな。太陽の光がポカポカして、森を通って届く風が気持ち良い。お腹が膨れた俺は横になったプラネリアに背を預けてウトウトしてしまった。





 そして目を開けると、周りにフォレストウルフの死骸が転がっていた。と言うか死骸が山になっていた。その横には木の棒を持ったラムルさんが立っている。


「え?」

「もうフォレストウルフは十分でしょう。次はオーガです」

「なんか集まってきたから、ラムルが全部やっつけちゃった」


 え? あの山、どう見ても30体は下らないよね。9体倒すのに必死だったのに、俺が寝てる間に、ただの木の棒で倒したの?


「ラムルさんが全部?」

「さっきの戦闘でウォードさんはこいつらの動きに慣れた筈です。訓練は十分でしょう」

「あはは。だってさ」


 うーむ。起こしてくれれば良いのに。俺だってラムルさんの戦ってる所を見たかった。そう言うと、ドラグーンと人族では戦い方が全然違うので、見ても参考にならないと言われた。暗に「弱い」と言われているようで物凄く悔しい。いや、弱いのは事実だけど。


「ちっきしょー! オーガはやっちゃるぞ!」

「その意気です!」

「あんまり無理しないでね」


 山になったフォレストウルフを次元収納にしまい、ピクニックの後片付けも終えて、再び森の奥へ向かう。


 道中でオーガについて聞く。やっちゃるとは言ったものの、オーガがどんなモンスターか知らないのだ。緑色をした、人型で巨体のモンスターってイメージだけど、だいたいそれで合ってるそうだ。


 30分程森の中を進むと、一本一本が大きくなる代わり、木々の間隔が開けてきた。地を這う太い根は相変わらずだが、大きな石や岩があちこちに見受けられる。こんな足場の悪い所で戦いたくないな。


「クルルゥゥゥ」


 そう思っていると、プラネリアとマフネリアが小さく鳴いて立ち止まった。


「どうやらオーガを見つけたみたい」


 ネロが指差す方に目をやった。50メートルくらい先の大きな岩がいくつも転がっている場所で、数体のオーガが固まっているのが見えた。

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