第13話 楽園はここにあったのか

 遂に魔法が使えるようになった。と言ってもまだまだ戦闘に使えるレベルじゃないけどね。これで俺は名実ともに魔法使いになった訳だ。


 陽が落ちて真っ暗になるまで炎の球をぶっ放したせいで龍気がほとんど残ってない。へとへとに疲れた。


 街に戻った俺達だが、宿に向かう途中ネロがヤバいものを見つけてしまった。


「湯屋があるよ! 入って行こ?」


 抵抗する力も残っていない俺を、ネロがグイグイ引っ張る。ラムルさんに目で助けを求めると、口の端がちょっと上がっていた。苦笑いかな? 笑ってる場合じゃないですよ!


 まあ、さすがに男女分かれてるだろうし、ネロが入りたいならいいか。そう思ってた時期が俺にもありました。


入口を潜った先にある番台のような場所に、愛想のないおばちゃんが座っていた。


「今は女湯の時間だけど……その子はいくつだい?」

「8歳だよ。一緒に入れるでしょ?」

「八つならいいか。客はあんた達しかいないしね。どうぞごゆっくり」

「ほらウォード、良かったね! 一緒に入れるよ!」


 時間で男女を分けるタイプだったか。


 おばちゃん、あんた何てこと言ってくれてるんだ……ネロとラムルさんの二人と湯屋公認で混浴できるなんて、おばちゃん、あんた最高だよ!


 ネロは全然嫌がってない、むしろノリノリだ。ラムルさんなんかもうどんどん服を脱ぎ始めてる。メイドさん的には王女様と一緒にお風呂に入るのは問題ないのかね?


 俺も平静を装いながら服を脱ぎ始めた。極力ネロやラムルさんの方は見ないようにして。何と言うか、見たい気持ちはあるんだけど、邪な気持ちで見ちゃいけないような気がするんだ。


 しかし、8歳だとあっさり女湯に入れちゃうんだな。日本では男の子が何歳まで女湯に入れるか議論が起きてた気がする。確か何年か前に7歳以上は混浴不可になった所があったんじゃなかったっけ。こっちの世界は、まだこういう点で大らかと言うか大雑把なのかも知れないね。


 中の雰囲気は古い銭湯といった趣だった。奥の壁の手前に横幅いっぱいに作られた湯舟があり、手前には何列か洗い場がある。ただシャワーなんて気の利いたものはなくて、宿で見た手水鉢のようなものが設置してあり、ガンガンお湯が流れている。これを掬って体や頭を洗うみたいだ。木製の椅子と桶が隅に山積みになっていて、そこから自分が使う分を取って来るシステムだ。石鹸も置いてある。


 床や壁はタイルではなく、白い漆喰のような感じ。ただ表面は少しツルツルしている。調子に乗って走ったりしたら盛大にコケそうである。


 いい感じに湯気が立ち込めていて、ネロとラムルさんの姿も余程近づかなければぼやけて見える。安心8割、残念2割といった所だ。


 体と頭を洗ってから大きな湯舟に浸かった。温泉ではないと思うけど、お湯は乳白色で良い香りがする。薬湯っぽいな。ネロとラムルさんも洗い終えて湯舟に入って来る。もちろん俺は目を逸らして直視しないようにしたよ?


 こんなに広い湯舟なのに、ネロが俺の右側にぴったりとくっついて来た。そして、ラムルさんまで左側にくっついて来る。くそっ! 二人を意識しないよう苦労してるのに! 広々してるんだからもっとゆったり入ろうよ!


「ウォード、今日は初魔法おめでとう」

「う、うん、ありがとう」

「ウォードさんならあれくらい出来て当然ですが、おめでとうございます」

「ラムルさんもありがとう」

「ボクの教え方が下手でごめんね?」

「ううん。シャルルさんに教えてもらわなくてもすぐ使えるようになったと思う」


 シャルルさんに教えてもらった事がきっかけになったのは事実だが、それがなくてもいずれは使えるようになっただろう。


「そもそも、火の魔法属性はネロからもらったんだもん。俺、頑張ってネロと同じ焔魔法を使えるようになるよ」

「うんうん。ウォードならきっと、焔だけじゃなくて色んな属性の魔法を使えるようになるよ」

「ウォードさんにはネロ様を守れるくらい強くなってもらわないといけませんからね!」

「ボクだけじゃなくてラムルも! ボク達を守ってね?」

「うん!」


 俺が躊躇いなく返事すると、左右から体を押し付けられた。し、刺激が強い……だが悪くない。全っ然悪くない!


「おぉ~。珍しく先客がいらっしゃるわねぇ」

「ほんとだ~。珍しい~」

「あれぇ? 昼間のお客さん?」


 この間延びした喋り方は! 武器屋・防具屋・服屋で見た3人のお姉さん達が連れ立って入って来た。


「今日は珍しくお客さんが……ってネロさん? ラムルさんも! という事は真ん中はウォード君?」


 なんとさっき別れたシャルルさんまで入って来た。4人とも、男の俺がいる事は気にならないようだ。そういう文化なのか? いや、単に俺が子供だからか。全員が湯舟に入り、なぜか俺達の周りに集まって来る。間延び三人衆はやっぱり姉妹だったみたい。


 すぐ近くに若くて可愛い裸のお姉さん達……左右は超絶美少女とクール系美女に挟まれている……


 そうか。俺はこのためにこの世界に生まれてきたんだ。まさに楽園。これぞ眼福の極み。俺はこの光景を忘れないよう、しっかり心と目に焼き付けた。そしてのぼせた。


「ウォード!? 大丈夫!?」


 ネロとラムルさんに左右から抱えられ、俺は楽園を後にした。





 楽園でのぼせた次の日。まだ暗い時間からいつものように槍の訓練を始めた。相変わらずラムルさんに攻撃を当てる事は出来ない。だが、2時間の訓練中に2回、手を使って防御させたぜ!


 朝食を挟み、三人で冒険者ギルドに行く。ネロが言っていたように、訓練を兼ねて依頼を受けるためだ。俺達は一応パーティという事になっている。ネロがいるので、最高でBランクまでの依頼を受ける事が出来るのだが、さすがに最初から高ランクの依頼は受けないだろう。


「けっこうモンスター討伐の依頼があるね~。おっ、これなんかどう? 『フォレストウルフ20体の討伐』。Cランクだよ」

「いいですね。あっ、これも良さそうです。『オーガ5体の討伐』、Bランクですね」


 ファンタジー系のお話では、初心者の冒険者はだいたい薬草採取とかから始めるものだと思うんだ。コツコツ依頼をこなしてランクを上げて、それから弱いモンスターと戦い始める。


 普段は二人ともめちゃくちゃ優しいのに、戦闘の事になると急に厳しくなるよね。俺は8歳の見習い冒険者、Gランクなんだけど二人とも分かってます?


「じゃあ、とりあえずこの二つを受けようか!」


 はい。ネロがかる~いノリで依頼を受けて来ましたよ。それこそ薬草を摂りに行くくらいのノリだ。まあ今更だけどね。


 という事で、俺達はまずプラネリアとマフネリアを預けている厩舎へ向かった。走竜にとって狭い場所にずっと居るのは良くないので、今日は一緒にお出かけだ。


お馴染みの東門を抜け、コルドンから北東の森へと向かう。ラムルさんが、早速次元収納から新しい槍と大型ナイフを出してくれた。新しい武器で初の実戦だ。フォレストウルフの生息地までは徒歩でだいたい一時間くらいかかるらしいけど、走竜の足なら10分もかからない。道中で出会うであろう他のモンスターも、弱い奴なら寄って来すらしない。


 この辺の森は平地で、木々の間隔が2~3メートルはある。もちろん多少の起伏はあるし、木々の太い根が地面を這っている場所も多い。普通に歩くにはひと苦労しそうだけど、走竜たちはものともしなかった。むしろ丸一日ぶりに思いっきり走れて嬉しそうだ。


 樹冠から差す木漏れ日と、木々の匂いに清々しさを感じる中、森の中とは思えないスピードで疾走する。すぐにフォレストウルフの生息地近くに辿り着いた。


「よし、この辺から歩いて行こう」


 走竜に乗ったままだとフォレストウルフ達が逃げてしまうかも知れない。少し開けた場所でプラネリアとマフネリアから降り、二頭にはここで待っていてもらう。二頭は普通に強いので心配ない。


 そこから5分ほど進むと、先頭を歩くラムルさんが立ち止まりささやき声で教えてくれる。


(この先に何頭かいます)


 繁みの隙間からこっそり窺うと、10体以上いるフォレストウルフの群れを見つけた。

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