第12話 人助けはしておくものですね

「ネロ様。ドバーッではなく、シューッではないでしょうか?」

「そうか! ウォード、シューッってやってみて!」


 いやそうじゃない。擬音の違いとかじゃないんだ。


 ここまでネロとラムルさんの教え方を聞いていて気付いた。この二人、魔法を教える事に関してはポンコツだ。槍を使った戦い方や龍気の操作についてはあんなに教えるのが上手かったのに。恩人に対してこういう言い方が良くないのは十分承知しているが、ポンコツはポンコツなのである。


 よくよく聞いてみると、ドラグーンは物心ついた頃から自分の魔法属性の魔法を自然に使える人が多いらしい。だから、教わった事もなければ誰かに教えた事もない。最初から思っていたのだ。教え方が凄く感覚的だなーって。だって「ドバーッ」だもの。


 自分が出来ないことを人のせいにするのは俺の主義に反する。ネロとラムルさんが悪い訳じゃない。魔法に対する慣れとか、種族の違いが原因ではなかろうか。これは魔法が使える人族の誰かに教えを乞うたほうがいいかも知れないな。そんな事を考えていると――


「おーっ、坊主とお姉さん方! 昨日は助けてくれてありがとう!」


 岩の向こうから、四人の冒険者が現れた。男性3人、女性1人。昨日、ゴブリンに囲まれてボコら……少々ピンチの所を少し手助けした冒険者さん達だ。


「俺達は『蒼穹の鷹』っていうパーティだ。俺はリーダーのカマロ。剣士だ」


 アメ車みたいな名前の男性が俺に右手を差し出す。昨日は戦いに集中しててよく見てなかったが、20歳を超えたくらいに見える。握手しながら自分の名を告げた。


「ウォードです。こっちはネロとラムルさん」


 二人も軽く会釈して挨拶する。蒼穹の鷹のメンバーは、残りの男性がバンとコルト、唯一の女性はシャルルといってカマロの妹らしい。


「ウォード達も依頼の帰り……って恰好じゃないな。こんな所で何してたんだ?」


 カマロは俺達の事を同じ冒険者と思っているようだ。間違いではないけどね。尋ね方も詰問している訳じゃなく、話題の一環として聞いているだけだ。気安い性格なんだろう。コミュ障の俺も話しやすい。


 そこでふと思いついた。冒険者なら、魔法使いの人族を知っているのでは?


「魔法の練習なんだけど上手く行かなくて。カマロさん、誰か魔法を使える人を知りませんか?」

「その歳で魔法ってすげぇな! ああ、魔法なら妹が使えるぜ?」

「えっ? ほんとに!?」


 俺はシャルルさんの方を見る。


「あ、えっと……少しだけだけど」

「ほんとですか!? あの、その、俺に魔法を使うコツを教えてもらえませんか!」

「いや、でも……人に教える程じゃないし……」

「ほんの少しでいいんです! 取っ掛かりが欲しいだけなんです!」


 遠慮がちなシャルルさんに、俺は必死に食い下がる。なんせ俺のファンタジー転生ライフがかかってるからな。


「少し教えてやるくらい良いじゃねぇか。昨日助けてもらった恩を少しでも返さねぇと」


 カマロさん、ナイスフォロー!


「うん。本当に大した事は教えてあげられないけど、私で良ければ」

「やった! ありがとうございます」


 俺はシャルルさんに頭を下げ、少し離れた所にいたネロとラムルさんに俺の考えを話に行った。


「ドラグーンと人族じゃ、魔法の使い方が違うかもって思ったんだ。あの女の人が魔法を使えるらしいから、少し教えてもらおうと思うんだけど良いかな?」

「それは一理あるかも知れません」

「ボクも反対はしないけど……あの人……ちょっと可愛いよね……」


 ネロ、何言ってるんだ? シャルルさんはおっとり系で確かに可愛い女の人だ。でもこう言っちゃ失礼だが、ネロの方がずっとずっと可愛い。


「二人は先に帰る?」

「ボクは待ってる!」

「私も邪魔にならないよう傍で見守っております」


 そう言う事ならなるべく早く済まそう。俺は早速シャルルさんに魔法を見せてもらう事にした。


「俺達は先に帰るからな! ウォード、またな!」


 カマロさん達三人はそう言って東門の方へ向かった。


「それでは……私が持ってるのは水の魔法属性なので『ウォーターボール』を出すね」

「はい!」

「では……『水塊よ、掌中より疾風の如く出でてあの岩を穿て。ウォーターボール』!」


 シャルルさんが前にかざした両手の前に20センチくらいの水球が現れる。それが勢いよく岩に向かって飛び、当たって弾けた。よく見ると表面が少し砕け、白っぽい色が露出している。


「おおっ!」


 人族が魔法を使う所を初めて見た。何もない所からいきなり水が出現し、大岩に向かって勢いよく飛んでダメージを与えた。紛う事なき魔法である。


 ネロやラムルさんとの決定的な違いは、属性や威力は別として魔法を使う前に何やら言葉を口にしていた事だ。詠唱ってやつだろうか。


「ど、どう?」

「すごいです! シャルルさん、魔法を使う前に喋っていた言葉って……?」

「ああ、詠唱の事かな?」


 やっぱり詠唱か!


「その詠唱ってやつは必要なものなんですか?」

「えーっと、普通は必要だね。高位の魔法使いは無詠唱も出来るって聞いたことはあるけど、私は会ったことはないかな」


 なるほど。詠唱は必ずしも必要ではないんだな。詠唱ってなんか厨二っぽくて恥ずかしいんだよ……戦いの最中に詠唱するって言うのも現実的じゃないと思うし。


 その後、今の詠唱についてシャルルさんに詳しく聞いた。


 最初に、何を出現させるかを唱える。さっきの場合は「水塊すいかい」だな。次にそれをどこに出現させるか。これが「掌中しょうちゅう」、つまり手の平。その次は「疾風の如く」、これは射出速度を表すようだ。そして「あの岩」が目標物。


 何をどのくらいの速さでどこに当てるか。それを詠唱によってコントロールしているらしい。ちなみに最後の「穿て」っていうのは威力に関係しているようだ。


 うん。凄く理に適ってる。ネロとラムルさんはこれらを感覚的に処理しているんだと思う。


 俺はシャルルさんの説明を心の中で反芻してみる。


(まず出すのは炎の塊。シャルルさんと同じくらいの大きさでいいか。たぶん熱いから、体の前1メートルの所に出現。射出速度は……これもさっきのウォーターボールと同じくらいで。目標はもちろんあの岩。威力は……よく分からないから適当で)


「んっ! ファイアボール!」


 適当につけた名前を唱えたと同時に、俺の眼前1メートルの所に20センチ程の炎の球が現れ、勢いよく岩に向かって飛んで行った!


(やった! 魔法が出た!)


 炎球が岩にぶつかり、一瞬その表面を舐めるように広がって消える。当たった所が少しだけ黒くなっているが、シャルルさんのウォーターボールのように砕けてはいなかった。


(うーん……威力が弱過ぎたかな?)


「ウォード、やったね! おめでとう!」

「ウォードさんなら当然です」


 ネロが駆け寄り抱き着いて来る。ラムルさんはゆっくり歩み寄り落ち着いた感じ。シャルルさんだけがあわあわしている。


「ウォード君!? いきない無詠唱っておかしくない!?」

「いや、シャルルさんの教え方がとても分かりやすかったので。ありがとうございます」

「え、どういたしまして?」

「これからたくさん練習して、シャルルさんを超える魔法使いになりますね!」

「いや、もう超えてるから!」


 シャルルさんはそう言うけど、俺は全然そんな風に思えない。だってシャルルさんの水塊は岩を少し砕いたけど、俺のはちょっと焦がしただけだ。どっちの威力が高いか、比べるべくもないだろう。


 あまり長く引き留めるのも申し訳ない。シャルルさんに再度お礼を言って、町に帰した。東門まではラムルさんが送ってくれた。


「ネロ……俺の魔法、弱くない?」

「最初はそんなものだよ。むしろ炎の大きさと飛んで行く速さは最初とは思えないくらいだったよ?」


 ネロが放ったゴブリンの体を貫くような魔法は炎が相当な高温になっているらしく、それを使えるようになるにはかなり習熟しないと駄目なんだそうだ。


 さっき俺が放った火の魔法は、とてもじゃないけど戦闘では牽制程度にしか使えないだろう。俺はその後、せっかく掴んだ魔法のコツを忘れないように、龍気が枯渇する寸前まで岩に向かって炎の球をぶつけるのだった。

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