第11話 ファンタジーと言えば魔法である
防具屋を出てウキウキのネロとラムルさん。一方俺は、嵩んでいく借金に気分が沈んでいく。そもそも胸当てはどんなのが出来上がるのか想像すら出来ない。素材の現物も見てないし。それが銀貨35枚もしたんだよ? そりゃ気も重くなるさ。
しかし、楽しそうにしている二人に暗い顔を見せる訳にはいかない。俺の為に武具を選んでくれたんだしね!
二人の恩に報いるためにも強くなる。そしてお金を稼ごう。うん、簡単な話じゃないか。強くなって稼いでお金を返せばいいんだ。決して開き直ってる訳じゃないからね?
気持ちを切り替えた俺が次に連れて行かれたのは服屋さん。服は欲しいと思っていた。鉱山から助けられた後、ネロが用意してくれた白い服しかないのだ。白って汚れが目立つでしょ? ラムルさんが浄化魔法で綺麗にしてくれるんだけど、どうしても気になってたんだよね。
まさかと思ったけど、服屋さんにもそっくりなお姉さんがいた。髪は黄色だったけど、やっぱり姉妹なんじゃないかな。機会があったら聞いてみよう。
「服は全部ボクがプレゼントするからね! 好きなの選んで!」
ネロがホストに貢ぐ水商売のお姉さんのような事を言い出した。
「ウォードにはこれが似合うと思うなぁ。あっ! こっちもいいね! ああ! この色も捨てがたい!」
「ネ、ネロ? すぐ体が大きくなるからそんなにたくさんいらないと思うよ?」
「そう? でもほら! これもかわいい! 少し大きめを選べば大丈夫だよね?」
俺はずっと試着室にこもりっぱなしで、色んな服をとっかえひっかえ着せられた。ネロとラムルさんが選んでくれる服は、動きやすさとデザインを両立させた優れものばかり。
前世でも服のセンスは絶望的だったので二人に任せた。結局、ズボンを3着、シャツを4着、ベストとジャケットをそれぞれ1着ずつ買ってもらってしまった。
自分で選んだのは靴1足のみ。赤茶色のレザーっぽい素材の、足首まで覆うブーツだ。見た目はレザーなのに驚くほど柔らかく、靴底と爪先には補強が入っている。普段使いから戦闘まで幅広くこなせそうだ。
今は、黒い足首丈のズボンと黄色のダボっとしたTシャツ風のシャツ、焦げ茶色のベスト、そして自分で選んだブーツという恰好。購入したものをそのまま着て服屋を後にした。
俺だけたくさん買ってもらって、なんだか申し訳ない気持ちだ。
「ネロとラムルさんは買わなくて良かったの?」
「ボクの服はラムルがたくさんしまってくれてるからいいの!」
「私は基本この恰好ですので」
二人は必要なかったらしい。
今日は朝から冒険者ギルドに行ったので、ネロはラフな服装だ。五分丈の白シャツに黒いベスト、黒の細身のパンツに踵の低い黒のパンプス。細く引き締まったネロのスタイルを際立たせている。美少女は何を着ても美少女だな。ラムルさんは濃紺のメイド服だ。この人はブレない。同じメイド服をたくさん持ってるらしいよ?
近くの店で遅めのお昼を食べた。かなりボリュームのある肉料理だったが、三人ともぺろりと平らげた。文句なく美味しかった。
「ウォードの胸当てが出来るまで、訓練を兼ねて依頼でも受けようか」
食後の紅茶を飲みながらネロが告げた。訓練とはもちろん俺の訓練だ。
「今日はこれから魔法の練習でいいかな?」
「魔法っ!?」
「うん。教えるって言ったでしょ?」
「本当に俺にも使えるの?」
「使えるよ! ウォードはもう『火属性』を獲得してる筈だから」
「えっ? そうなの?」
「うん……ボクが、その……『アシグナシオン』したから……」
待って、待って! なんでそんなに恥ずかしそうに顔を赤らめるの!?
知らない言葉が出て来たので聞いてみると、ドラグーンには自分の力の一部を分け与える能力があって、それを「
アシグナシオンは誰に対してでも出来る訳ではなく、条件がある。
まず、力を与える相手に、それを受け取る素地があること。
例えば、生まれつき水属性を持つ相手に火属性の力は与えられない。この点、俺は龍属性持ちなので、全ての魔法属性を受け入れられる素地があるため問題なかった。また、単純な腕力や敏捷性などは、いきなり与えると許容量を超えて体に負担をかける恐れがある。最悪死に至る事もあるようだ。だからネロは、少しずつ俺に力を与えてくれたらしい。
ネロが毎晩俺を抱き枕にしていたのはこのためだったのか。そして、ゴブリンやシュラドーに子供の俺が勝てたのはネロが力を分けてくれていたからだったんだな。
「ボクがウォードにあげた力は本当にちょっぴりだよ? だから、勝ったのはウォードの実力なんだよ」
ネロはこう言ってくれるけど、そんな訳ないと思う。今更だけどネロには感謝しかない。
もう一つのアシグナシオンの条件は、ドラグーンが相手に力を与えたいと強く思うこと。当たり前と言えば当たり前の条件だ。
これには、「戦って、相手を認めた場合」「力を与える事で自分が有利になる場合」「相手の事が好きな場合」などいくつかあるらしいんだけど……ネロがさっき照れてたのって、まさか……?
いやいや、ないない。前世で「魔法使い」の称号を獲得した俺が、ネロみたいな美少女から好かれるなんてない。なんか、さっきからネロが俺を上目遣いでチラチラと見てる気がするけど、期待しちゃダメだ。
「ボ、ボクがアシグナシオンしたの……め、迷惑だった?」
くうっ! 上目遣いで少し潤んだネロの瞳……これに抗えるヤツが居るなら会ってみたいよ! 俺は首が外れそうになるくらい全力で左右に振った。もちろん否定の意味で。
「迷惑なんて、そんな訳ない! 感謝しかないよ。本当にありがとう、ネロ」
「そ、そう? ふふっ、よかったぁ」
満面の笑み。店の中が急に明るくなって、ネロの周りに色とりどりの花が咲いたように見えた。うん、この笑顔を守るためなら死ねるな。いや、死んだらダメだけど。
ということで、ネロのおかげで火の魔法属性を獲得したらしい俺は、二人と一緒に町の外に向かった。さすがに町の中で魔法をぶっ放す訳にはいかない。
コルドンに来た時に通った東門を抜け、石壁沿いに北の方へ歩いて行くと、10分ほどで丁度良さそうな場所があった。壁から50メートルくらい離れていて近くに木もなく、土が剥き出しの広場。目の前には高さ3メートル、幅10メートルほどの大きな岩がある。魔法の的に良さそうだ。
「ネロ、どうやって魔法で火を出すの?」
いよいよだ。ファンタジーと言えば魔法。異世界転生と言ったら魔法だ。ここから俺のファンタジー転生ライフが始まると言っても過言ではない。
「えっとね、まず火を強くイメージしてみて?」
「うん!」
俺は目を閉じて燃え盛る炎をイメージした。テレビで見た火祭りを思い浮かべる。人の背丈の何倍もの高さまで燃え上がる炎だ。
「そしたら、あの岩に向かってドバーッ! って火をぶつけてみて!」
「ド、ドバーッ? うん、やってみる」
燃え盛る炎が岩に向かっていく所をイメージする。
「むっ……むむぅ…………ふんっ!」
俺のイメージ通りなら、岩は真っ黒に焦げているはず。閉じていた目を開ける。
「あ、あれ?」
岩は、目を閉じる前と全く同じ様子だった。青々とした苔もそのままである。
「ウォード? ちゃんとドバーッってやった?」
「う、うん。そのつもりなんだけど」
「うーん、火はイメージしたんだよね?」
「うん」
「触ったら酷い火傷になっちゃうような火だよ?」
「うん。燃え盛る炎をイメージしたんだけど、これじゃダメだった?」
「ううん。それで大丈夫。じゃあドバーッの方が良くないのかな……」
ネロの言う「ドバーッ」は、火の塊が岩に飛んで行くことらしい。そのイメージで再挑戦してみる。
「むぅ! むむむぅ…………はあっ!」
額にじんわりと汗が滲むくらい集中した結果……さっきと同じ、何も起きなかった。なぜだ!? 龍気はあんなに上手く使えるのに! まさか俺って魔法が使えないのか?
その後、何度も何度も挑戦する。いや、火は出せそうな気がしてるのだ。あと一歩で出そうなのに。喉元まで来てるのに。物凄くもどかしい。
俺のファンタジー転生ライフはいきなり暗礁に乗り上げてしまった。
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