第9話 想いは言葉にすると力を発揮するらしい

 朝食をゆっくりと頂いてから、俺達は冒険者ギルドに向かった。早朝は依頼を受ける冒険者で混雑するので、それを避けるために少し遅めに宿を出た。


 プラネリアとマフネリアは、昨日町に入った時に馬や馬車を預かる業者に預けている。そこは貴族御用達の厩舎のような所で、二十四時間見張りが付いているそうだ。貴族も使っていると聞いて少し警戒したのだが、ネロによるとクラウリード伯爵みたいな貴族は稀なんだそうだ。ほとんどは良識のある人達らしい。


 それでも心配なので、わざわざ遠回りして一度様子を見に行ったよね。俺達の姿を見つけた二頭は、嬉しそうに「クルルゥゥゥ!」と鳴いていた。俺が近寄って撫でるとゴロゴロと雷のような音を立てて喉を鳴らしてくれる。か、可愛いなぁ、ちくしょう!


 後ろ髪を引かれる思いをしながら一時の別れを告げ、改めて冒険者ギルドに向かう。ギルドはデカい石を積み上げた壁に真っ赤な屋根を乗せた質実剛健な佇まいだった。俺達が泊まった宿よりも大きい。窓の配置から見ると三階建てのようだ。入口の木製の片開きドアは開け放してある。


 中に入ると床は石造り。中央にあるぶっとい柱も石を積み上げているようだ。天井は木の梁と二階の床板が剝き出しになっている。何と言うか、ロッジのような雰囲気? 入って左手にカウンターがあり、正面にたくさんの紙が貼られた掲示板がある。知ってるぞ? あれは依頼書だよね? 右手にはたくさんの椅子と数組のテーブルセットが置かれている。打ち合わせに使うようだ。今も二組の冒険者が座って何やら話をしている。


 左手のカウンターの奥には二階に続く階段がある。なんだか外から見た時より狭く感じるんだけど、一階の奥半分はモンスターの解体場所になっていて裏からも入れるらしい。


 うん、これぞ冒険者ギルドだね! だいたいイメージ通りだ!


 俺達はカウンターの右端で手持ち無沙汰そうにしているお姉さんの所に行った。


「おはようございます! 依頼をお探しですか?」

「おはよう。今日はこの子の弟子登録をお願いしたいんだ」


 ネロがそう言って冒険者証を差し出す。ラムルさんも同じく手渡した。俺の身長だとカウンターがギリギリ胸の高さである。受付のお姉さんは、二枚の冒険者証と俺を交互に見比べる。


「あの……そのお子様もドラグーン様ですか?」

「いや、この子は人族だよ。何か問題?」

「い、いえ。ただ、人族の子供ではドラグーン様の足手纏いではないかと」

「うん、それは大丈夫! 心配してくれてありがとう」

「ではこちらにご記入ください」


 何やら渡された紙に、ネロとラムルさんがさらさらと書き込んでいる。なんとか見えた感じでは誓約書のようだった。12歳未満の子供を弟子にする場合、色々と制約があるって言ってたもんな。


「はい、これでいい?」

「はい、問題ございません。それでは、冒険者証を作るためにこちらのご記入をお願いします」

「ウォード、自分で書ける?」

「書けるよ」


 こう見えて俺は読み書きが出来るのだ。父さんが教えてくれたからな。精一杯背伸びして書き始める。名前、年齢、これは問題ない。後は属性、得意な武器、使える場合は魔法だが、それらは空欄でも良いそうだ。名前と年齢だけ書いてお姉さんに渡した。


「はい、ウォード君だね。これが君の冒険者証。再発行には銀貨1枚かかるから、なくさないようにね?」

「はい!」


 紙の冒険者証を受け取った。ネロとラムルさんのはもっと固い材質っぽかったんだけど、見習いだから紙なのかな? それにしてもこんな簡単に冒険者登録って出来るんだね。二人のおかげだ。登録の費用も出させてしまった。考えてみれば、町についてからの費用は全部出してくれている。子供だからと言って甘え過ぎじゃなかろうか? だからと言ってお金は一切持ってないけどね!


「ネロ……」

「うん?」

「お金はいつか絶対返すから!」


 俺が突然宣言したせいで、ネロとラムルさん、受付のお姉さんがポカーンとした。


「気にしなくていいんだよ?」

「いーやっ! 絶対返す!」

「フフフ! うん、分かった。いつか返してね?」

「うん! なるべく早く返す」

「む、無理しなくていいかなー」

「無理じゃない」

「うっ、そ、そっか。でもほんとに急がなくていいから」

「甘やかしたら駄目」

「えぇ?」

「甘やかしたら、俺ダメな男になっちゃうから」

「そうなの?」

「うん。俺弱いから」

「そんなことないよ? ウォードは強くてかっこいい男の子だよ」

「そういうとこっ!」


 俺はビシっとネロを指差した。カウンターのお姉さんは手で口を押えて必死に笑いを堪えている。肩が震えてますよ? バレてますよー!?


 ラムルさんはいつもの無表情だけど、真剣に俺の話を聞いてくれてるようだ。


「ネロも、ラムルさんも、二人とも俺が守る! それくらい強くなる!」

「ウォード!」

「ウォードさん!」


 言ってしまった。強くなる宣言をしてしまった。何故か二人の琴線に触れたらしく、左右から抱き着かれた。


 そしてカウンターのお姉さんは後ろの壁の方を向いてしまった。「ひぃっ……ふぐっ」って変な声が出てる。ツボに入ったようだ。ネロ達の目にはそんなお姉さんの姿は映ってないらしい。


 ドラグーンの二人を俺みたいな人族の子供が守るっていうのが、常識外れのおかしな事なんだろうな。俺だって二人の強さの一端は知っている。だからおかしな事を言っているって自覚もある。


 だけど二人を守りたいっていう気持ちは本当なんだ。


 二人より強くなれるかなんて分からない。なれるとしても生半可な道ではないだろう。でも、救ってもらった命。それを救ってくれた人のために使いたいって思うのは悪い事じゃない筈だ。例えそれが俺の自己満足だとしても。


 それに、俺に与えられた龍属性。何もしなくても命を狙われるのなら、死なないために強くなるしかないじゃないか。


 前世の俺は、自分の気持ちや決意を口にするタイプではなかった。言葉にするのを躊躇うタイプだった。それを実現できない時の逃げ道を作る為に言葉にしなかったのだ。


 でも、この新たな人生では敢えて言葉にしよう。逃げ道を塞ぐ為に。


 俺は強くなる。ネロとラムルさんを守る為に。





 冒険者ギルドを出た俺の左右に、ネロとラムルさんがまだ抱き着いている。と言うより、俺が二人から半ば抱きかかえられている。足がたまに浮くもんね。


「ボク決めたよ! ウォードを絶対強くするんだ!」

「私もです! こうなったら何でもします!」


 コルドンの町に来るまでに二回、二人は「獅子の子落とし」モードに入ったが、あれより厳しくなるんだろうか? 俺、死なない? 本当に大丈夫?


「えーっと、これからどこに行くの?」

「武器屋!」

「その次は防具屋です!」


 俺を強くするってそういうこと? 形から入る感じ?


「でも俺、武器や防具を買うお金持ってない……」

「問題ないよ! ボクが出……立て替えておくから!」

「ウォードさんが強くなれば、それだけ早くお金を返してもらえますからね!」


 でも、確かに武器や防具は大事だと思うから、二人に甘える事にした。いや、甘えるって言ってもいつかちゃんと返すんだからね? 本当だよ?


 ネロとラムルさんは俺を挟んでズンズン進んで行く。コルドンの町には何度か来た事があるらしく、その歩みに迷いはない。


 やっぱ異世界の武器屋と防具屋って言えばあれだよね? 取っつきにくい頑固なドワーフさんが居たりするんでしょ? 俺、知ってるんだから!


「ほら! ここが武器屋だよ!」


 俺はドワーフに会えると思ってワクワクしながら武器屋に入った。


「いらっしゃませ~! 武器をお探しですかぁ?」


 ピンクの髪をした、ふんわり系の人族のお姉さんだったよ……

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