第8話 大人げない大人達
俺の首に迫る大剣を屈んで躱す。髪の毛が何本か斬られるのを感じる。
あっぶねー! この人本気だよ! 大人げないよ!
ふむ。あの大剣を槍で防いだら駄目だな。吹っ飛ばされるか、最悪槍ごと真っ二つにされそうだ。
初撃を躱されるとは思ってなかったんだろう。シュラドーの体は右に大きく流れている。俺はがら空きになった脇腹に鋭く突きを放った。
(くっ! かってぇ!)
確かに肉に刺さった感触があるのに、深く刺さらない。たぶん1センチくらいしか刺さってないっぽい。
その間に体勢を整えたシュラドーが、逆袈裟の一撃を放ってくる。俺の胴体を斜めに両断する気だ。バックステップで躱そうとするが、切っ先が俺の右腕を掠める。
(ぐぅっ!)
僅かに掠っただけなのに、上腕が10センチくらい切り裂かれた。血がダラダラと流れ出す。痛みを無視して大剣を左上に振り上げた姿勢のシュラドーに向かって一歩踏み出した。狙うのは右の腋。しかしシュラドーが半身を引いてそれを躱し、俺に大剣の柄を叩きつけようとする。
「うらぁぁああ!」
気合と共に振り下ろされる柄。直撃すれば骨くらい折れそうだ。俺は槍の石突を地面に着き、穂先をシュラドーの振り下ろす手首に向けた。同時に柄の軌道から避ける。槍の穂がざっくりとシュラドーの手首を切り裂いた。
「ぐぁああ! こんのガキャぁ!」
シュラドーは切り裂かれた右の手首を左手で押さえていた。激しい怒気を放ってくるが今更だ。俺は槍から手を放して龍気を練り上げながら少し距離を取っていた。相手は隙だらけだ。
え? いいの? 俺勝っちゃうよ? それとも何かの作戦か?
「龍気弾!」
俺はゴブリンを屠った四つの龍気弾を放った。シュラドーは何かが迫って来るのを感じたんだろう。無傷の左手一本で大剣を横薙ぎに払い、龍気弾を弾こうとしたのはさすがだ。
だが、龍気は物質じゃない。普通の剣で弾けるようなものじゃないのだ。
「ボキュボキュボギュッ!」
四発の龍気弾が、全弾シュラドーに命中した。槍も簡単に刺さらないような体だが、龍気は衝撃波みたいなもんだからな。骨を砕き、内臓を潰す。我ながら凶悪な攻撃だと思う。
シュラドーが血を吐きながら後ろによろめく。あれで倒れないなんて化け物か? 俺を獣のような目で睨んでいる。
だが残念だったな。俺は龍気弾なら百発以上撃てるんだよ。
念には念を入れて八発の龍気弾をシュラドーに叩き込んだ。さっきのと同じ大きさのヤツだ。さらに多くの骨が折れる音が響き、血反吐を吐きながら後ろに吹っ飛んで行った。
俺はそのままクラウリード伯爵と、その横に立つ騎士に目を向ける。
「ひ、ひぃっ」
別に睨んでないよ? ただ視線を向けただけだ。
でも、2メートルを超えるいかにも強そうな男が、120センチくらいの8歳の少年に倒されたんだ。俺の事が不気味に見えるだろう。右腕からダラダラ血を流してるしね。おっと、少し血を流し過ぎたかも知れない。ちょっとフラフラするぜ。
「ウォード凄い! 勝った!」
ネロが後ろから俺に抱き着いて来た。いつの間にか、ラムルさんが俺の右腕をとってポーションを振りかけてくれている。
「ウォードさんならやってくれると思ってました。当然の結果です」
いや、その信頼感はどこから来るの? 怖いんですけど!
俺は落ちていた槍を拾ってラムルさんに渡す。ラムルさんはにっこりと微笑んで、俺の頭を撫でてくれた。ネロはまだ抱き着いている。ちょ、ずっと当たってるんですけど! もうこの感触にも慣れたけどね! でも何度だってウェルカムだぜ!
「き、き、き、貴様ら! この私にこんな真似をして、ただで済むと――」
「こちらの方は、火焔神龍国クトゥグァの第三王女、ネロ・イグニス=クトゥグァ様です」
「な!? 火焔神龍国?」
「の、王女様です」
ラムルさんが伯爵の言葉を遮り、ネロの身分を明かす。
「ド、ド、ド、ドラグーン、様?」
「左様です」
「こ、こ、これは大変失礼いたしましたー!」
クラウリード伯爵が綺麗な土下座をキメた。なんかデジャヴだな。
相手の方が偉いと分かったら手の平を返して
いくらお偉い貴族様だろうと、見知らぬ相手に傲慢な態度をとれば身の破滅を招く事だってある。それに気付いた時は後の祭りって訳だ。
「人から何かを奪おうとするなら、自分も奪われる覚悟がある筈だよね? クラウリード伯爵、君の名は憶えた。あとは君の国の王様に任せるよ」
ネロが冷たく言い放つ。伯爵の顔は青を通り越して白くなった。このまま死んじゃったりしないよね?
クラウリード伯爵にとっては、この場で殺された方が幸せなのかも知れない。マルステッド王国と火焔神龍国の関係は知らないけど、ドラグーンの強さは少しだけ知ってる。そんな国の王女に狼藉を働いたとなれば、お家取り潰しの上一族郎党処刑だってあり得る。しかも一方的に因縁を付けてきた訳だしね。
まあ、伯爵がどうなろうと俺には関係ない。それよりも、シュラドーに勝った事でネロとラムルさんの機嫌がすこぶる良いのだ。俺にとっては二人が嬉しそうにしてくれる方が遥かに大事だ。
プラネリアとマフネリアもなんだか嬉しそうにしている。二頭が俺の方に顔を寄せて頬をスリスリして来る。
実は俺の方はちょっぴりモヤモヤしてるんだけどね。龍気弾があるから勝てただけで、槍だけだったら絶対負けてた。つまり、俺の力と言うよりネロが龍気弾の使い方を教えてくれたから勝てたのだ。
まだまだ全然駄目だ。もっと強くならないとな。
バカな貴族に絡まれた後は、何事もなくコルドンの門に到着した。時刻はもう夕方。町の東側に当たるこの門周辺は既に薄暗くなっている。高い石壁の向こうに僅かに透き通った茜色の空が見え、こちら側の暗い空と溶け合っていた。
ネロとラムルさんは門番の兵士に冒険者証を見せているようだ。俺は彼女達の連れという事で問題なく町に入れた。
「予定より遅くなっちゃったね。ウォードも疲れたでしょ? 今日は宿を取ってゆっくり休もうか」
シュラドーと一戦交えて血を多く流したこともあり、実際俺は疲労困憊だった。ベッド一つの部屋を二つ取り、そのまま宿の一階で早目の夕食にする。もう疲れ過ぎて味も分からない。夕食の席で船を漕ぎ始めた俺を、ラムルさんがお姫様抱っこして部屋まで運んでくれた。そのまま浄化魔法で綺麗にしてくれる。
ベッドに倒れ込むと、横にネロが潜り込んでくる。
「今日は頑張ったね。ウォード凄かったよ」
「うん……ほんと?」
「本当さ! もういつでも魔法を覚えられるね」
「魔法……俺も使える?」
「使えるよ。明日から教えてあげるね」
「……うん……ありがと……」
ネロの体温を感じながら、俺は眠りについた。
翌朝。昨日早く寝たせいか妙に早く目が覚めてしまった。体力もばっちり回復している、と思う。
まだ眠っているネロを起こさないよう、そっとベッドを抜け出す。顔を洗いたいがどこで洗えるのか分からない。なにせこの世界で宿に泊まるのは初めてなのだ。部屋に洗面所は無かったし、どうすれば良いのだろう?
そう思って部屋の扉を開けると、目の前にラムルさんが立っていた。丁度ノックをするところだったようだ。俺は廊下に出て、後ろ手に扉をそっと閉めた。
「ラムルさん、おはようございます」
「おはようございます、ウォードさん。よく眠れましたか?」
「はい! 昨日はその……部屋まで運んでくれてありがとうございました」
「いいんですよ、あれくらい」
「それで、あの、どこで顔が洗えるんでしょうか?」
「ああ! それでしたらこちらですよ。お手洗いもあります」
ラムルさんの後についていくと、部屋が並ぶ廊下の真ん中辺りに、石で出来た桶のような物があった。神社にある
顔を洗うと、ラムルさんがタオルを渡してくれた。顔を拭き、お手洗いで用を足す。
そして宿から外に出て良さそうな広場を探すと、俺達はいつものように訓練を始めるのだった。
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