第7話 これが貴族テンプレか?
マルステッド王国北東の町、コルドンが近くなったので、俺達は森の道から外れて街道を移動している。ちらほらと人や馬車を見かけるようになった。
走竜は悪目立ちするんじゃないかとネロに聞いてみたら、数は少ないけど人族でも走竜に乗る事はあるらしい。ただ本当に希少なので、従順な走竜は凄く価値が高く、高値で売買される事もあるそうだ。
「じゃあやっぱり危ないんじゃ?」
「大丈夫。この子達は強いからね」
実際、さっきすれ違った商人からプラネリアとマフネリアを売ってくれと声を掛けられた。ラムルさんが「売り物じゃありませんので」と言って軽く凄んだら素直に引き下がったけど。
プラネリアとマフネリアは俺にもとても懐いてくれている。休憩の時など寄り掛かって横になってもじっとしてくれてるし、訓練で疲れてぶっ倒れた時なんか顔を寄せて慰めるような仕草を見せてくれる。俺達が話す言葉も理解してるみたいだし、感情だって人と同じようにあるようだ。
最初は俺の事をネロの付属物程度にしか見てなかったと思うんだけど、今では俺を気遣ってくれてる気さえする。たった五日しか一緒に過ごしてないのに不思議だ。
もちろん、ネロとラムルさんの二人ともだいぶ打ち解けた。だけど、ネロの俺に対する気持ちがいまいち分からない。夜は俺を抱き枕のようにして眠るし、二日に一回の風呂にさえ一緒に入ろうとする。姉のような、母のような、そういう保護者的なつもりなのだとは思うんだけど。
俺にとっては、頼りになる姉が二人も出来たような感じでとても心強い。ネロのスキンシップの激しさにはたまに居心地が悪くなるけどね。もちろん嫌いって意味じゃない。むしろ好きだ。ただ恥ずかしさが勝るってだけだ。
ゴブリンと戦った翌日。遠くに高い石壁が見えた。
「あれがコルドンの町?」
「そうだよ。ウォードは大きな町は初めて?」
「うん! なんかワクワクするね」
「フフフ! 冒険者登録したら、買い物して、美味しいもの食べようね」
「ほんとっ!? やった!」
8歳の少年らしくやり取りするが、中身がおっさんでもワクワクしてるのは変わりないのだ。なんせ異世界で初めての大きな町。移動手段が馬車である事から、やはり中世ヨーロッパ風なのかな?
それと、冒険者ギルド! ちょっと怖い気もするけど楽しみだぜ!
「おい! そこの者たち!」
俺のワクワクが無粋な声に邪魔された。いや、もちろん気付いてはいたよ? 前から全身鎧の兵士に守られた豪華そうな馬車の一団が来てるのは。だけどいきなり声を掛けられるとは思ってなかった。
「その二頭の走竜は、クラウリード伯爵様が召し上げるそうだ。光栄に思え!」
は? バカなの?
マフネリアに乗ったラムルさんが、虫けらを見るような目で声を発した奴を見つめている。恐る恐る後ろを見上げると、温厚なネロでさえ表情がなくなっていた。
ネロとラムルさんはそいつらを無視して通り過ぎようとした。
「おい、貴様ら! 聞こえんのか! 走竜を置いて行けと言っているのだ!」
聞こえてるよ、デカい声だからな! 尚も無視して通り過ぎようとする俺達を、馬に乗った四人の騎士と八人の兵士が取り囲んだ。プラネリアとマフネリアはキョトン顔だ。要するに、走竜達にとっては脅威ですらない相手という事だ。
遂にラムルさんがマフネリアの背から降りる。そして先ほどから大声を上げている騎士に向かって一言。
「この国では、人のものを貴族が勝手に奪って良いのですか?」
「ああ? 金なら払ってやる! ほれ!」
そう言って騎士は重そうな革袋をラムルさんの足元に投げた。ラムルさんはそれをちらとも見ない。
ネロもプラネリアから降り、俺を抱きかかえて降ろしてくれる。
「人から何かを奪おうとするなら、自分も奪われる覚悟がある。ボク達の国ではそうだけど、君達はどうかな?」
ネロが低い声を出す。それは相手に尋ねた訳ではなく、独り言のようだった。
「何をごちゃごちゃ言っておるのだ! 金を受け取って黙って立ち去れぇ!」
兵士の一人がラムルさんの肩に手を掛けようとする。その瞬間、見えない力で兵士が吹っ飛ばされた。俺には微かに見えた。ラムルさんが超速の掌底突きを放ったのだ。
後ろに吹っ飛んだ兵士の鎧は、胸の部分がべっこりと凹んでいた。その様子を見た騎士と兵士が同時に剣を抜く。
「貴様らぁ! クラウリード伯爵様と知っての狼藉かぁー!」
二人の騎士と三人の兵士がラムルさんに斬りかかる。だが、ラムルさんは全ての攻撃を躱し、一発ずつ拳を入れていた。吹っ飛ばすような突きではなく衝撃を内側に伝える突きだ。五人がその場に同時に倒れた。騎士が馬上から転がり落ちる。
「な!? 何をした?」
俺とネロに向けられた剣の刀身が真っ赤な光を放つと、ドロドロに溶けて地面に落ちる。
「あちぃっ!」
「あっつぅ!」
溶けた鉄が爪先に落ちた兵が悲鳴を上げる。ネロが剣に向けて焔魔法を使ったのだ。
「この子の前で君達を殺したくない。さっさと消えてくれないかな」
ネロが俺の肩に手を置きながら言い放つ。バカな貴族とその護衛とは言え俺と同じ人族だから、俺に同族を殺す所を見せたくないのだろう。
だが、不思議と俺に同族を殺される忌避感はなかった。むしろ、失礼極まる態度のこいつらが大事な人を傷付けようとするのなら、俺の手で殺してやりたいくらいだ。
貴族を敵に回せば面倒な事になるだろう。マルステッド王国から追われる事になるかも知れない。だが別に構わない。デモニオに攫われて死にかけてたのを助けてくれたのはマルステッド王国じゃない。ネロやラムルさん達だ。
「くそっ、貴様ら一体何者――」
「ベルリス、何をしている? 女と子供相手にこれはなんだ?」
「クラウリード様! こいつらが妙な技を――」
「もう良い。女よ。走竜を置いて行くなら見逃してやろう。ああ、そっちのメイドの女も置いて行け」
馬車から降りてきた身なりの良いおっさんがとんでもない事を言い出した。ラムルさんの事を好色な目で見ている。こいつがクラウリード伯爵で間違いないだろう。騎士と兵士の半数が無力化され、半数の武器が溶かされているのに、この尊大な物言いはなんだ? どこからその自信が来るんだ?
と思っていたら、馬車からもう一人の男が現れた。身長は2メートルを超えている。袖を切ったような服に傷だらけの革鎧を身に付け、男の身長と同じくらいの大剣を背負っている。
筋肉が凄い。あの二の腕なんか、俺の太腿より太いんじゃなかろうか? 長く伸ばした黒髪はボサボサで、辛うじて見える細い目は昏い光を宿している。顔を含めて全身に無数の傷痕がある。いかにも歴戦の戦士といった感じだ。
「シュ、シュラドー様……」
大声が喧しかった騎士が、大男を見てたじろいでいる。シュラドーと呼ばれたそいつはニヤニヤしながら伯爵の横に仁王立ちだ。
「ふむ、丁度良いでしょう」
ラムルさんが呟く。悪い予感しかしないんですけど。
「ウォードさん、訓練の成果を見せてください!」
そう言ってラムルさんが俺に例の槍を投げて寄越した。
嘘でしょ? 絶対丁度良くないよね? ゴブリンとは桁違いだと思いますけど?
俺は助けを求める目でネロを見る。
「大丈夫、ウォードならきっと出来る! 危なくなったらすぐ助けるから!」
ネロはキラキラと期待の籠った瞳で俺を見返した。ダメだこりゃ。二人とも「獅子の子落とし」モードに突入してしまった。
(はぁぁぁぁぁー……)
俺は心の中で盛大に溜息を吐いた。俺、死ぬの? ここで死んじゃう?
まあ、俺の命はあの鉱山で一度尽きかけたのだ。ネロが助けてくれなければ死んでた。今生きてるのはオマケみたいなものだ。
俺は両手に槍を握り締めて前に出る。
「ん? なんだ? 小僧が俺の相手をしてくれるのか?」
「デカブツ。その子に勝ったら、言う事を聞いてやらないでもありません」
「はっ! 俺は女子供にも手加減はしねぇぞ?」
「その子は強いですよ? 寝言は勝ってから言いなさい」
ラムルさん! お願いだからあんまり煽らないで! シュラドーのこめかみに青筋が浮かんでるから!
「じゃあ死ね」
シュラドーが言い放ち、5メートルの距離を一瞬で詰めて俺の首目がけて大剣を振るった。
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