第6話 思ってたよりゴブリンが強そうなんだが
それから数日の間、朝はラムルさんと槍代わりの棒の訓練、夜は龍気を操る訓練を続けた。もちろん日中は走竜で移動だ。
三日目くらいから訓練に慣れてきて、移動中も居眠りすることはなくなったけど、相変わらず俺の体はネロに縛り付けられている。俺としては、ネロの体温と甘い香り、それに柔らかさを堪能出来るので文句はない。
棒の方は相変わらずラムルさんに当てる事は出来ていない。ただ、今朝初めてラムルさんが手を使って防御した。何百回も攻撃を繰り出してたった一度だけだったけど、手の甲で棒を弾いたのだ。それを見た俺は心の中でガッツポーズした。まあ、直後に盛大に転がされたけどね。
龍気の方は順調に使いこなせている。昨夜はソフトボール大の球を同時に10個出現させ、自在に動かせるまでになった。どうもこの龍気っていうのは、攻撃の意識を乗せて相手にぶつけるとダメージを与えられるらしい。実際、細い木に当ててみたら折れたしね。
僅か数日で結構強くなれた気がするけど、これはネロとラムルさんの教え方がとても上手いんだと思う。
厳しさとは無縁の教え方なんだけど、どこを直せば良いかの指摘が物凄く的確で分かりやすいのだ。変に型に嵌めようともしないし、俺がやりたいようにやらせてくれる。そして間違ってたら軌道修正してくれる感じだ。
一度木剣を借りて振ってみたけど、これは自分でも分かるくらい全然駄目だった。訓練を重ねればマシになるかも知れないが、槍を使いこなせるようになってからでも良いだろう。ラムルさんもそう言ってくれたし。
という事で、朝の訓練を終えて今は移動中だ。このペースなら、明日の午後か夕方にはコルドンの町に着きそうだ。
森の間の開けた道を進んでいると、背中のネロが少し身を固くしたのを感じた。俺の耳に顔を寄せて教えてくれる。
「近くで誰かがモンスターに襲われてるみたい。行ってみよう」
「分かった」
ラムルさんもこちらを見ていた。もう気付いているようだ。プラネリアとマフネリアの進路を右に変え、森の中に突っ込む。森の中に入っても、この二頭は全然速度が落ちない。その代わり揺れが大きくなったけど。
1分もかからず現場の近くに着いた。
「ギャッギャッ!」
「ギュオゥ!」
「く、くそっ」
男性人族の冒険者らしき人が二人。体のあちこちから血を流しながら剣を振っている。彼らの後ろには男性が一人、女性が一人倒れている。胸やお腹の辺りに大きな血の染みが広がっているが、まだ生きているようだ。
そして、彼らを取り囲んでいるのは暗緑色の硬そうな肌をした二足歩行のモンスター。俺より少し背が大きいだろうか? 腰に茶色の布を巻き、手には錆びた剣を持っている。それが五匹、扇状に冒険者達を囲んでいた。
「ゴブリンだね」
「ゴブリン? あれが? なんか強そうだけど」
ゴブリンと言えば、ファンタジー作品ではだいたい弱いモンスターとして登場する。だが目の前のあれはとても弱そうには見えない。真っ黒な眼球に黄色い瞳。耳まで避けた口からは鋭い牙が見え、涎をダラダラと垂らしている。頭髪の無い頭には、額の上に短い角が二本生えていた。
動きが速い。力も強そうだ。攻撃を受け止める度に男性がよろめき、苦しそうな顔をしている。その上連携までしているように見える。
「ゴブリンなら丁度いいでしょう。ウォードさん、訓練の成果を見せてください」
「え?」
涼しい顔をしたラムルさんから、例の槍を手渡される。
「大丈夫、ウォードなら出来る。危なくなったらすぐ助けるから」
マジで? ちゃんとした冒険者っぽい人達が苦戦しているのに? 俺一人で戦うの?
訓練でも優しいネロとラムルさんが、急に「獅子の子落とし」モードに入った。千尋の谷ならぬ、ゴブリンの群れに突っ込ませるらしい。
ネロが真剣な眼差しで俺の瞳を覗き込む。ラムルさんも俺をジッと見ている。これは行かなければ腰抜け認定されるヤツだな。
ゴブリン達の背を見ながら、ゴクリと唾を飲み込む。舐めてかかったら死ぬ。これまでの訓練を思い出せ! たった数日しかしてないけど。
俺は覚悟を決め、様子を窺っていた茂みから一気に飛び出した。10メートルの距離を駆けながら龍気を練り上げる。
扇陣形の左右にいたゴブリンが俺に気付く。二匹が雄叫びを上げながら俺に突っ込んで来た。
「ギョグワァァアアア!」
「ギョギエェェエエエ!」
左のゴブリンが、剣を上段から振り下ろしながら飛び掛かってきた! 俺は槍を頭上に掲げてそれを受け止める。
ガギィィン!
(くぅっ!)
想像以上の衝撃に槍を握る両手が痺れる。頭上に槍を掲げて隙だらけになった俺の腹に、右から来たゴブリンが剣先を突っ込んで来る。
「龍気弾!」
咄嗟に龍気を放った。10発のうち6発が右のゴブリンに命中し、後ろに大きく吹き飛ばす。
剣を受け止められたゴブリンが再び大きく剣を振りかぶった。俺はそいつの腹に思い切り前蹴りを喰らわす。右の爪先に龍気を纏わせた前蹴りだ。吹っ飛ぶまではいかないが、大きく体勢を崩せた。
前蹴りから戻した右足で地面を蹴り一歩前に出る。左足が地面に着くと同時に鋭く槍を前に突き出す。
ラムルさんに向けて数えきれない程繰り出した突き。ラムルさんには一度も当たらなかったけど、槍の穂はゴブリンの喉に突き刺さった。
「ギョッブフゥゥゥ……」
そのゴブリンは喉と口から青黒い血を盛大に吐き散らかして仰向けに倒れる。それを見て、龍気弾で吹っ飛ばしたゴブリンと、冒険者に攻撃していたゴブリンのうち一匹が憤怒の表情で俺に飛び掛かって来る。
右のゴブリンには再び龍気弾。今度は落ち着いて狙う。ちゃんと当てれば木だって折れるんだ。
右の手の平をそいつに向け龍気弾を放った。バスケットボール大のヤツを四つだ。跳躍したゴブリンの頭・両肩・腹に当たる。「ゴキゴキィッ」と何かが折れる音と共に、そいつは激しく吹っ飛び、大木の幹に激突した。
もう一匹は、最初のヤツと同じように上段から剣を振り下ろしてくる。今度は槍で受け止めず、身を捩って躱す。俺の顔の前を剣が素通りしていく。身を捩った勢いのまま一回転して、そいつの横っ腹に槍を叩き込む。
「ギャウ!」
半歩後ろに下がり、脇腹を押さえるゴブリンの首を槍で突き刺す。穂先が首の反対側から飛び出した。すぐに抜くと、首の両側から青黒い液体が盛大に噴き出し、そいつは膝から崩れ落ちた。
あと二匹。
残ったゴブリンも俺を敵認定したようだ。冒険者達に背を向け、俺を睨みつけている。だが、そんな隙を冒険者が見逃す筈がない。彼らはゴブリンの背に大きく斬りつけた。
一匹は、肩口から袈裟懸けに斬られ、斜めに体を両断された。もう一匹の傷は浅かったようで、悔しそうな顔をしながら逃げ出そうとする。
茂みに向かって三歩進んだところで、恐ろしい速さで飛来した炎の槍に貫かれる。ゴブリンの胸に拳より大きな穴が開き、そのまま前のめりに倒れた。
炎の槍の出所に向かって振り返ると同時に、柔らかいものにぎゅうっと抱きしめられた。
「すごいよ、ウォード! かっこよかった!」
俺の顔はネロの胸に押し付けられている。不可抗力だからね? 身長差があるから、立ったまま抱きしめられると俺の顔が丁度ネロの胸の高さなのだ。これが子供の体の特権か。
次元収納から取り出したポーションを冒険者に渡したラムルさんも満足気な表情だ。
「ウォードさんなら当然です」
あれ、満足気な顔じゃなくてドヤ顔だったわ。無表情だからまだ違いが読み取れん。もっと修行が必要のようだ。
怪我を負った冒険者さんも大事に至らなかったようでひと安心だ。もちろんラムルさんのポーションのおかげだろう。
「坊主、強いなぁ。おかげで助かったよ。ありがとう」
「い、いえ、どういたしまして」
冒険者さん達はネロとラムルさんにも順番にお礼を言っていた。町まで同行しても良かったのだが、まだやり残したクエストがあるらしく、彼らは森に消えて行った。死にかけたって言うのに逞しいな。
モンスターとの初実戦を終え、俺達はまた町へと向かった。
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