第5話 もしかして才能ある?
俺達は南南西に向かっている。冒険者ギルドはある程度大きな町にしかないそうで、一番近いのがコルドンという町だそうだ。
南北に五つ並ぶ人族の国、その一番北がマルステッド王国。俺が住んでいた名もない村もこの国に含まれる。マルステッド王国の北東部にある町がコルドンだ。走竜の足でだいたい五日で着く予定である。
その間は野営だが、ラムルさんの万能さが凄い。俺が目を覚ました天幕と変わらない大きさのテント、水や食料に調理器具、プラネリアとマフネリアの寝床、果ては簡易トイレやお風呂まで、何でも次元収納から取り出す。
次の日の朝から俺の訓練が始まった。ネロが守ってくれるって言ってたけど、女の子に守られっ放しというのは格好がつかない。最強を目指すかどうかは別にして、自分の身は自分で守れるようになりたい。
それに魔法。せっかく複数の魔法属性を身に付けられるんだ。色んな魔法を使ってみたいじゃないか!
朝は武器の訓練。日中は移動。日が暮れたら寝るまで魔法の訓練、というざっくりしたスケジュールを立てる。そして早速武器の訓練だ。
相手をしてくれるのはラムルさん。無属性魔法には攻撃に使えるものがない訳ではないのだけど、扱うのが非常に難しいらしい。そのため、ラムルさんは武器全般と体術を習得していると言う。
って言うかラムルさん、戦闘メイドさんだったんだね。ネロの護衛も兼ねているくらいだから、相当な腕前のようだ。
俺は例の槍を構える。戦い方なんて習った事はない。構えも自己流だ。
「殺す気で掛かって来てください」
槍は量産品とは言え、穂の刃も潰れていない殺傷力のあるもの。対してラムルさんは何も持っていない。いつものクラシカルなメイド服である。
「やぁぁあああ!」
俺は掛け声と共に前に出て、ラムルさんの肩に向けて槍を突き出した。ラムルさんは僅かに身を捩っただけで穂を躱し、突っ込んで来た俺の足を払って転がす。
「殺す気で、と言いました。肩を刺しても死にませんよ?」
そんな事言ったって、恩人(のメイド)であるラムルさんに殺気を乗せた攻撃なんて出来ない。そもそも殺す気、というのがピンと来ない。
これは、元日本人で平凡なサラリーマンだった俺にとって仕方のない事だろう。前世では人を殺そうと思った事や、殺されかけた事なんてないのだ。本気の殺意を向けられたのは、鉱山のあの穴の中が初めてだった。
その後一時間で百回以上、地面に転がされただろう。俺の攻撃はラムルさんに掠りもしない。
「ふむ。槍の才能はあると思うのですが……もしかして、私を傷付けるのを怖がっているのですか?」
「……だって、ラムルさんに怪我させたくない……」
「なるほど。ウォードさんは優しいのですね」
「俺は男だから」
「男だから?」
「男は女を傷付けたらいけない。守らないといけない」
この世界で誰かに言われた訳ではない。前世で父親から言われた言葉だ。
「あら。まだ幼いのに素敵な言葉。私、柄にもなくグッと来ました」
いつも無表情なラムルさんがにっこりと微笑んだ。無表情でも綺麗な人なんだが、笑うと更に美人度が増すな。
「では、これを使ってみてはどうでしょう?」
そう言って、ラムルさんが次元収納から木の棒を取り出した。槍と同じくらいの長さ、太さの何の変哲もない棒である。これだって当たったら痛いだろう。人間なら骨折くらいするかも知れない。
「ドラグーンの体は、ウォードさんが思っているより頑丈ですし再生能力もあります。まあ槍でも平気ですけど、これなら抵抗が減るのではないですか?」
「ありがとうございます。使ってみます」
手に持ってみると意外と重い。槍とほとんど変わらない重さだ。
「お願いします!」
俺は何度目か分からない突きを繰り出した。8歳の非力な筋力では連続した突きは出せない。前に出て後ろに下がり、再び前に出る。攻撃はどうしても直線的になってしまう。人の体という大きな的なのに全く当たらない。
それでも、前に出過ぎて足を払われる回数が減っていった。二時間経つ頃には息が上がり、踏み込む足に力が入らなくなった。棒を持ち上げる力さえ残っていない。
「今日はこの辺で終わりにしましょう。朝食の準備をしますね」
「あ、ありがとうございましたぁ!」
地面に大の字になる俺に、ラムルさんが浄化魔法を掛けてくれる。草と泥に塗れた服と汗をかいた体が綺麗になった。無属性魔法、すげぇ。
その後ようやく起きてきたネロと三人で朝食を食べ、走竜の背に乗って移動を開始する。朝から激しい訓練をした俺は、移動中寝落ちして何度も落ちかけた。その度にネロが慌てて支えてくれた。
と言うのも、走るプラネリアの背が全然揺れないんだよね。馬には乗った事がないけどバイクならある。サスペンションの効いたバイク程度の揺れだ。ポカポカの春の陽気と、前から吹き付ける風が心地良くてついウトウトしてしまうのだ。
「朝早くから頑張ったんでしょ? ボクが支えるから寝てもいいよ」
昼食休憩の後、ついに紐でネロの腰に括り付けられてしまった。俺が落ちないように密着するネロ。谷間とは呼べないくらいのささやかな膨らみの間に、俺の後頭部が固定される。その柔らかさを堪能するよりも早く眠りに落ちてしまった。
夕食はシチューとパン。パンは少し固めのフランスパンみたいだった。歯が折れそうな固いパンじゃなくて良かった。
移動中は水が貴重なので今夜は風呂なし。代わりにまたラムルさんが浄化魔法を掛けてくれた。その後は、ネロが魔法を教えてくれる。
「人族は『魔力』と呼ぶけど、ドラグーンは『龍気』って呼ぶんだ。まずはこの龍気を自在に操れるようになろう」
龍気とは、ネロが炎の塊をぶっ放した時、靄みたいに見えたアレらしい。血液が体を巡っているのと同じく龍気も常に体中を巡っている。まずはそれを感じ取り、体の一部、特に手の平に集中させるのが第一段階。
第二段階では、その龍気を体の外に放出する。あの靄のようなものを出して完全な球体として維持する。そこまで行けば、魔法属性を手に入れると低いレベルの魔法が使えるようになるのだそうだ。
絨毯が敷かれたテントの中で座禅を組む。向かいには同じ格好のネロがいる。
「目を閉じて、ゆっくりとお腹で呼吸してみて」
「うん」
言われた通りに目を閉じて腹式呼吸する。自分の体内に意識を向けると、何かが物凄い勢いで体中を巡っているのを感じる。
(これが龍気か!)
俺はその龍気と思われる流れに集中した。流れを早くしたり遅くしたり出来るようだ。それをお腹の下で組んでいる右手に集める。すると、集めた龍気が外に出たがっているように感じた。肘を折り曲げた状態で右の手の平を前に向け、球体をイメージする。サッカーボールくらいの大きさの球体だ。
「わわっ!? ウォ、ウォード?」
突然ネロの声が聞こえ、俺は慌てて目を開く。すると、目の前に直径1メートル以上ありそうな球が浮かんでいた。ぼんやりと白く光っている。
「うわ! なんだこれ!?」
びっくりして思わず声を上げてしまった。それと同時に光の球は細かい粒子になって霧散した。
「すごいよウォード! 龍気の使い方知ってたの?」
俺はフルフルと首を横に振る。
「知らない……ネロ、今のが龍気なの?」
「そうだよ! 本当に初めて?」
「うん」
「初めて龍気を外に出して、あんなに強くておっきな球になるなんて見た事ないよ!」
ネロが興奮気味に声を上げる。少し後ろで立ったままのラムルさんも、コクコクと頷いている。
「じゃ、じゃあさ、今度は大きさを変えてみようか? 小さくして二つの球を出せる?」
そうやって、龍気のコントロールは夜が更けるまで続いたのだった。
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