45 癒

「泣きたいのなら泣きなさい。そのことは黙っていてあげるから」

 透さんの声が、わたしの心に優しく響く。

「紗ちゃん、ずっと一人で我慢してきたんでしょ」

 子守唄のようにわたしに響く。

「一人っ子って、そうなのよね。わたしの知り合いにもいるわ。自分が毀れる限界まで自分を苛めるのよ」

「だって……」

「甘えればいいじゃない。いつも甘えてばかりじゃないんだから。わたしでいいなら、今は甘えていていいのよ」

「透さん」

「わたしは紗ちゃんの味方。昔も今も、きっと未来でも……」

「透さん」

「紗ちゃんに兄弟姉妹がいれば、それはその人たちの役だったんでしょうけど」

「透さん」

「いないから、わたしにそれがまわってきたのね」

「……」

「わたし知ってるのよ、紗ちゃんの放蕩。知ったのはまったく偶然のことだったけど」

「そうだったんですか」

「吃驚したわ。でも、わかる気もした」

「どうして」

「わたしも似たようなものだったから」

「うそ」

「嘘じゃないわよ。紗ちゃんほど大胆なことは出来なかったけど、わたし性欲が強かったんだ」

「そうなんですか」

「気づいたのは高校に入ってから。行動もそう。」

「それはわたしも同じ。でもわたしの場合、性欲が強かったとは思えないけど」

「放蕩の理由は他人それぞれでしょうね。だけど時期がある」

「それが訪れる人には……」

「そう、それが訪れる人には」

「訪れない人もいる」

「……というより、必要のない人たちなのかも」

「透さんは怖い目には遇いませんでしたか」

「それがね、何度か殺されそうになったのよ」

「うそ」

「いえ、本当」

「透さん、まさかの悪い女だったんですね」

「自分の心が見えないのに人の心が見えるはずがないでしょ」

「だから憎まれた」

「でも、それも愛。当時はわからなかったけどね」

「わたしには今でもわかりません」

「振り返れば、ずいぶん危ない橋を渡ったんだって呆れるわ」

「……」

「でも、わたしも誰にも相談できなかったから」

「だって……」

「ホラ、わたしの母ってアレでしょ。さすがに兄にセックスの相手が欲しいとは頼めないし」

「けっこう、お兄さま、自分じゃどうだなんて……」

「ああ、その予感もあったの。だから却って怖くて」

「透さん、ブラコンには見えないですけど」

「他人の手を借りて克服したのよ」

「何故」

「兄と結ばれればわたしは幸福になれるけど、兄はなれないって知っていたから」

「そんなこと、わからないじゃないですか」

「いいえ、わかるのよ。もちろん勘違いだって可能性は否定しないけど」

「ヘンなの」

「そうよ。わたしは紗ちゃん以上にヘンな人なのよ」

「でも人を殺したことはないでしょ」

「ところがあるんだな。もちろん間接的にだけど」

「うそ」

「紗ちゃん、さっきから驚き過ぎ」

「だって透さんがメチャクチャを言うから」

「紗ちゃんが、それを話しても良い歳になっただけよ。……でも気にしていたのね」

「わかるんですか」

「おばさまに紗ちゃんの子供時代のことを伺ったから」

「ああ……」

「おばさまも気にかけていらっしゃるのよ」

「母が……」

「幼稚園のときだったんでしょ」

「ええ、アレが最初」

「じゃあ、今回の彼の死まで何度もあったのね」

「世間では偶然です」

「紗ちゃんにとっても偶然よ」

「それはそうかもしれませんけど、でもわたし自信がそう思えない」

「ならば、そのままでいればいい。無理して考えを変えることはない」

「でも……」

「死んだ人間は生き返らない。それがあるのはフィクションの世界だけ。あるいは宗教や、同じことだけれどもスピリチュアルの世界だけ」

「透さんは信じませんか」

「信じている人を否定する気はないけど、わたしにはない世界ね。仮にそれがあったにしても、わたしと触れ合うことがない」

「そこまで言い切れるのって」

「うん、わたしはそういう世界があることを知っているのよ。でも、それは理屈の上での話。頭の中で知っているだけ。実際わたしはそういった世界をこれまで感じたことがないし、この先感じるとも思えない」

「そうなんですか」

「だけど紗ちゃんは、この先きっと感じるわ。わたしにはそれがわかる。」

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