43 配

 食事を終えて立ち上がり、部屋に戻ろうとすると透さんが付いてくる。

「たまには紗ちゃんとじっくり話がしたいわ」

 と口ではそう言うが、わたしには真意が見えない。

「どうぞ。殺風景ですけど」

 だが、わたしに断る理由はない。


 わたしの部屋は実家の二階。

 隣は父母の寝室だ。

 祖父が結婚したときに曽祖父が改築した階で洋間(わたしの部屋)と和室(両親の寝室)と洗面所がある。

 洗面所はかつてトイレだったようだ。

 その後ただの洗面所になったが、わたしはその改築の理由を聞いていない。


「いつも思うけど、昔の階段だから急ね」

「亡くなった祖母が六十歳を超えて一度滑り落ちたときからストッパーを付けました」

「まあ、ないとわたしでも怖いから」

「面白いもので祖母は階段から落ちて打撲で数日入院したんですけど、それまで痛かった腰痛が消えたんです」

「打ち所が良かったわけね」

「かかりつけの先生も吃驚されてましたよ」

「へえ」

「それで、また外を出歩くようになって……」


 会話の途中で階段を上がり切る。

 階段は直線ではなく、曲がり角にはわたしが小学生のときに描いた画が飾られている。

 朝顔の画だ。

 ちなみに実家の玄関を開けると目の前が階段。


「二階が出来て玄関の向きが変わったって言ってましたよ」

「そう」

「今では階段を下りた先が玄関ですけど、昔そこは外」

「縁側の上に階段があるからね。二階がなければ完全に昭和初期の家」

「最初は貸家だったそうです」

「まあ、それも昭和初期の家らしいわ」

「どうぞ、座って下さい。……といってもベッドか椅子か、どっちかですけど」

「ベッドにするわ。昔このベッドで良く遊んだわね」

「今から思うと、透さん、迷惑だったでしょ」

「それはないけど、紗ちゃんの想像力に付き合うのが大変だったわ。同じベッドが潜水艦になったり、宇宙船になったり」

「根が男の子なんですよ」

「紗ちゃんが、将来の夢はお嫁さ~ん、と言ったところを聞いたことがないわね」

「ですけど、お嫁さんを貰うんだ、って主張したこともありませんよ」

「あははは。……じゃ、いずれはお嫁さんになる気があったんだ」

「それは難しいところですね」


 部屋に入ってすぐにクーラーをつけたが、まだ涼しくなっていない。

 透さんの額にも汗が浮かぶ。


「暑いでしょ」

「実家のわたしの部屋も似たようなもの。子供の頃にはクーラーがないし」

「そうだったんですか」

「父の方針だったけど、そのうち折れたわ。中年になって、自分がきつくなってきたから」

「なるほど。透さんは子供のとき、伯母さまは添い寝して下さったんですか」

「小学校に上がるくらいまではそうだったかしら。でもウチは兄がいるから」

「そういえば、透さんはお兄様と同じお部屋でしたね」

「うん。だから彼は女に幻想を持っていない」

「だって透さんはカッコイイ女なのに」

「隠すべきところを隠せば、それなりにね。でも二歳違いの兄妹でそれはないでしょ」

「わたしにはわからないな」

「紗ちゃんは一人っ子だから」

「でも上か下が出来る計画はあったそうなんですよ。まあ、社会情勢とかいろいろあって……」

「兄姉か弟妹が欲しかったの」

「他人を見て羨んだ記憶はないです」

「しっかりしてるからね」

「そんなことないですよ」

「だって大学も自分で決めたんでしょ」

「それはウチの両親がそういうことに疎くって。まあ、わたしも同じなんですけど。高校通学のとき、いつも通り過ぎていた駅がこの国の最高学府だと気づきもしなかったから……。駅名に大学名が入っているのに」

「何か、紗ちゃんらしいエピソードね」

「マヌケなんですよ。それに頭も良くない」

「博識なのに」

「好きなことや必要なことは覚えられるんです。大した努力もなしに。それだけですよ」

「その辺りはわたしと同じか」

「透さんはわたしと違って語学が得意ですよね」

「ああ、それは確かに子供の頃から好きだったけど」

「外資系の企業に入るのに役立ったでしょう」

「だけど外資系はそういう人しか来ないから。語学は前提ね」

「そう言える透さんが羨ましい」

「わたしは紗ちゃんの理系魂が羨ましいわ」

「ふふ。どちらも、ないものねだりだったりして」

「隣の芝生は青い、か」

「でも透さんはご自身がとても綺麗な上に素敵な旦那様までいらっしゃる」

「もしかしたら気づいてないかもしれないけど、今の紗ちゃん、すごく綺麗よ」

「いやだあ、やめてくださいよ」

「いえ、嘘でもお世辞でもなくて……。この前に会ったのがお爺さんの七回忌だから半年近く前でしょ。あのときと比べると吃驚するくらい」

「そうなんですか」

「それに服装が変わった」

「まあ、それは期するところがあって」

「だから、おばさまが気になさるのよ。……恋人ができたとか」

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