42 欒

 ……という会話があったので、

「知識だけだけど、レッドドラゴンやホワイトドラゴンは甘みがほとんどなくて、イエローピタヤはやわらかい甘みらしいわよ」

 と母と従姉の遣り取りを聞きつつ、わたしが言う。

 それから自分もドラゴンフルーツを一口運び、咀嚼する。

「ついでに言えば、ドラゴンフルーツの主糖分は果糖ではなくブドウ糖だから他の果物と比べて甘くないのよ」

と言いつつ舌を試し、

「うん、たしかに甘くないわね。酸っぱさも薄い」

 と結論する。

 すると、

「そうだな、喩えれば薄めたキウイかな。たしかに酸っぱさも薄い」

 と父。

 だから、

「おおよそ、そんなところよね」

 とわたしが返す。


 すると、

「ブドウ糖って甘くないの」

 と透さんがわたしに問う。

 わたしの目をじっと見つめつつ……。

「いえ、甘くないわけじゃないんですけど」

 透さんのその視線に半ばたじろぎながらわたしが答える。

「えーと、果糖が一七三の甘さならなら、ブドウ糖は七四・三」

「あら、ずいぶんと半端なのね」

 今度は母。

「じゃあ、一〇〇は」

「ショ糖ね」

 即座にわたし。

「ちなみにショ糖はブドウ糖と果糖がグリコシド結合した二糖類の一種で加水分解するとブドウ糖と果糖になるわ。水溶性が高くて普通の温度なら1gの水に2g以上溶ける。砂糖の主成分で、砂糖黍や甜菜から抽出してから純度を高めてから結晶化するわけ」

「ふうん。アンタはヘンなことには詳しいのよね」

 いつものことだが呆れたように母。

 ついで不思議そうな表情を浮かべ、

「でも葡萄は甘いわよ。少なくとも、この果物より」

 と続けてわたしに問う。

「ブドウ糖って言うくらいだから葡萄にたくさん入っているんでしょ」

「あっ、それはね」

 とわたし。

「葡萄の種類にもよるけど、果物の葡萄に入っている糖はブドウ糖と果糖が半々くらい」

「じゃ、なんでブドウ糖っていうのさ」

「歴史的に葡萄から抽出されたからって言われているわ。ブドウ糖研究の歴史が始まったのが葡萄からだから。ドイツのマルグラフが干し葡萄からブドウ糖を抽出したのが一七四七年。スペインのプルーストが葡萄から抽出したのが一八〇一年」

「なるほどね」

「ブドウ糖っていう名前の由来は、他に、熟したブドウ果汁に多く含まれていたから、化学式の形がブドウの房に似ているから、などがあるわよ」

「化学式の形って……」

 母が問うたが、

「紗の説明を聞いても、きみにはわからんだろう」

 と父が言うので、わたしに対する質問を控えたようだ。


 しばらくしてから、

「紅茶に砂糖を入れない方が良かったな」

 父がポツリと言い、

「でもまあ、美味しかったよ」

 と姉の娘に優しく伝える。

「透ちゃん、ありがとう」

「おじさまがそう仰っていたと母に伝えます」

 透さんがわたしの父に応え、

「ねえこれ、ヨーグルトをかけたら美味しいんじゃないの」

 母が突然、指摘する。


 わたしの頭の中で、そんなレシピがあったような記憶が騒ぐ。

 けれどもそれには一旦蓋をし、無言で炬燵から立ち上がると冷蔵庫からヨーグルトを取り出し、母に渡す。


「はいこれ。お母さんにしては結構良いアイデアかもね」

「おまえに褒められると気持ちが悪いわ」

「ほら、そんなこと言うんじゃない」

 と父。

「試してみれば……」

 とわたし。


 それで母が、口に合わないので皿にまだ残ったままのドラゴンフルーツ片にヨーグルトをかけ、その後スプーンに掬ったそれを、何を思ったかわたしに差し出す。


「何よ、お母さん、わたしが毒見役……」

「昔、紗がわたしのデザートを欲しがったのを思い出したのよ。はい、アーン」


 わたしは咄嗟に対応できずに周りの雰囲気を読むと、従え、という空気。

 だから、

「仕方がないわね。はい、アーン」

 と口を大きく開けて母の差し出したスプーンを中に導く。


 柔らかな固形物をわたしの口中に残し、母がスプーンをそっと引き抜く。

 その間にも口中のモノがわたしに味を訴える。

 その声を聞きつつ内容物を嚥下。


 一呼吸置き、

「まだ不思議な味だけど、これはこれで美味しいわね」

 と母の期待に応えるようにわたしが言い、母がしてやったりという笑顔を見せ、

「どれ、ではわたしも」

 と父がヨーグルトの容器に手を伸ばす。

 ドラゴンフルーツの最後の一片にヨーグルトをかけて味わう。


 わたし同様、父もまた少し間を空けてから、

「うーん、まだ薄いかな」

 と微妙な判定。


 すると、

「済みません。評価の出し難いお土産を持ってきてしまって……」

 と父の評価に透さんが冗談交じりに謝る。


 だから父が慌てて、

「いや、全然透ちゃんのせいじゃないから、全然気にしなくていいから」

 と取り繕う。


 その姿を母が、しょうがないわね、あなたは、という顔つきで優しく見守っている。


「せっかくだから透さんもヨーグルトをかけてみたら」

 とわたしがその場を繋ぎ、

「そうね。試してみて母に伝えようかな」

 今度は先ほどとは打って変わったにこやかな表情をわたしに見せ、透さんがヨーグルトの容器に手を伸ばす。

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