22 弄

 伊勢くんは愛撫専門の本でも読んだのだろうか。

 暫くの間わたしの胸に執着していた伊勢くんだが、やがて舌先をそこからゆっくりと別の部位にまわす。

 一度精液を放出して余裕があるのか、その動きが丁寧だ。

 胸から降りてわたしのお臍をからかい、脇腹の括れを堪能する。

 わたしも同時に伊勢くんの脇腹と背中を探る。

 伊勢くんはそれから一旦わたしの胸の谷間に戻り、ついで思い出したように恥部に迫る。

 それなりの手入れはしているつもりだが、好きな人に見られるとなると恥ずかしい。

 わたしはすでに伊勢くんに惚れてしまったようだ。

 それが伊勢くんの心なのか身体かわからないが、伊勢くんを自分のモノにしたいと考えている。


『独占は罪』が現在まで生き延びたわたしの人生訓だから自分で戸惑う。

 所有する/されるは、作用/反作用、と同じで分離不可能だから考えると怖い。

 さらにその感情が依存に化け易いので、わたしの不安が大きくなる。


「ああああ……」


 けれども今、そんな心配をしても始まらない。

 伊勢くんと自分をただ信じ、わたしは快楽の闇に飲まれたい。

 それがわたしの素直な心境。

 伊勢くんの前で、すでにわたしは鎧を脱いでいる。

 自分でも気づかなかったようなフリをして……。

 そのわたしを生かすも殺すも伊勢くん次第。


「バラの香りがする」


 不意に伊勢くんが言う。

 わたしの恥部に顔を埋めながら伊勢くんが言葉を投げたのだ。


「嘘みたい」


 成人した女の特異な香りを好む男もいるが、初めてでそれはキツイだろう。

 幸いわたしは体臭が薄い方だが、興奮すれば、それも変わる。

 自分では良くわからないが、そう思う。

 だから、わたしの自分に対する気遣いが一瞬でも伊勢くんを幸福にするなら、とても嬉しい。


「ひゃあ」

「これが蓮見さんのクリトリスだね」


 舌でゾロリとわたしの快楽の根を舐めた後で伊勢くんが言う。


「きれいなんだね。正直、写真で見たとき、ぼくはそう思えなかったけど」

「ありがとう。でも……」

「触り方の按配がわからないから蓮見さんの反応を見て決めるね」

「うん」


 そう言い、伊勢くんがもう一度わたしのクリトリスを舐める。

 ついで指で軽く弾く。


「ひゃあああ……」

「ぼく、蓮見さんの奏者になろうかな」

「それは構わないけど」


「こっちの方はどんな香りだろう」


 ついで伊勢くんがそう呟き、わたしの秘所に顔を近づける。

 本当に伊勢くんは、わたしが始めての相手なのか。

 実はプレイボーイだったりして、とわたしが俄かに伊勢くんを疑う。

 そのすぐ後、


「バラの香りは残ってるけど、こっちはもっと女っぽいね」


 とわたしの秘所に対する感想を述べる。

 そこへの攻撃はすでに舌でも試していが、伊勢くんは指を入れたくなったらしい。

 伊勢くんの身体の微妙な動きからわたしはそれ悟るが、確かに性行為初心者なら、そう考えるかもしれない。

 まだ十分とはいえなかったが、わたしも愛液が溢れ始めたので伊勢くんがするに任せようと決める。


「うーん、人差し指一本入れるのもキツイ感じ」

「そうかな」

「蓮見さん、本当に何人もの男に抱かれたの」

「嘘は言わないよ」

「そのすべてが齟齬だったりして……」


 なるほど、わたしの精神が狂っているならそれもアリか。

 伊勢くんの思ったより器用な愛撫に徐々に陶然となりながらわたしがそう思うと、


「蓮見さんの背中側も味わいたい」


 と思い出したように伊勢くんが言う。

 ついで、わたしの身体を引っ繰り返す。

 暫くわたしの背中全体を味わった後で、


「お尻がぺったんこでお餅みたい」


 と伊勢くんがわたしの尻に頬を擦り付ける。


「これが今ぼくのものなんだ」


 とそのままの形でうっとりしたようにそう囁く。


「……と同時に伊勢くんの身体もわたしのものよ」


 と伊勢くんの言葉に誘われ、わたしも囁く。

 まるで鳴り合う風鈴のようだ。


「うん、当然……」

「本当よ」


 それから伊勢くんがわたしの背骨に沿い、舌と指を走らせる。

 下手をすればくすぐったいだけだが、それは最初だけに終わり、すぐにわたしの身体が性の快楽を受け入れ始める。

 思わずわたしの身体がビクンと跳ねると、

「蓮見さんも気持ちが良いんだね」

 と伊勢くんが訊く。

 だから、ここまで会話しながらセックスしたのは初めてではないかとわたしが思い至る。

 すると伊勢くんがわたしのその考えを察したように、

「喋ってないと間が持たないんだよ」

 と弱音を吐く。

「大丈夫。伊勢くん、上手いから……」

 と伊勢くんの言葉をわたしが受ける。


 その言葉が引き金となったらしい。

 伊勢くんがわたしをようやく貫通しようと決心をする。

 やはり伊勢くんの微妙な身体の動きからその覚悟に気づいたわたしが、


「コンドーム、付けてあげようか」


 とまだ裏返ったまま伊勢くんに問いかける。


「蓮見さん、まるで淫乱な女みたい。でも、お願いします」


 と伊勢くんが言い、わたしを自分の方に向かせつつ、反り勃つペニスをわたしに差し示す。


「すごいわね。ドクドクと脈打ってる」


 伊勢くんのペニスの先端がカウパー腺液で濡れていたからタオルで拭き取る。

 少し前にバスタオルを用意したとき、ベッドの近くに数本置いたのだ。

 それからコンドームの封を破り、暫く振りにわたしがその丸みを解きながら伊勢くんのペニスに巻きつける。

 焦る気持ちは微塵もないはずなのに、わたしの気が急くのはどういうわけか。


「伊勢くんは自分で付けたことあるの」

「恥ずかしいけど、練習はしたよ。案外、難しかったのを覚えてる」

「はい、できあがり。でも、わたしがもっと濡れないと……」

「わかってる。今度は手でするね」


 伊勢くんが宣言。

 それでは舌はどう使うのかといえば、いきなり唇を塞がれる。

 けれどもその先、伊勢くんは勝手がわからないようだ。

 だからわたしが自分の舌を用いて伊勢くんの上下の歯を割り、彼の口の中に侵入する。


「むむむむ……」


 すると吃驚したように伊勢くんが呻く。

 わたしは、そんな伊勢くんの反応を愉しみながら目を瞑る。

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