18 象

「何だか、そんな雰囲気じゃなくなっちゃから」

「雰囲気が戻れば、伊勢くんは、わたしを襲いたい」

「単刀直入だね」

「伊勢くんが鈍感だからよ。キスの経験はある」

「まあ」

「子供の頃の話じゃないわよ」

「中学生のときだよ。子供といえば子供だけど」

「伊勢くんのことだから、どうせ女の子に襲われたんでしょ」

「それに近いかな。いきなりだったもん」

「高校のときは……」

「あったけど、相手が男だしね」

「へえ、伊勢くんは両刀遣いだったのか。そっちも相手から……」

「お芝居の相手役が彼で、でも女の子役だから女装はしてたし、恋人設定だったけど、シナリオにキスシーンはなかったよ」

「あははは。ウケたでしょ」

「やんやの喝采」

「キスは口に……」

「そうだよ」

「中学のときの方は……」

「最初は唇で、その後にはほっぺたとかいろいろ」

「そうか、何回も。同じ相手ね」

「うん」

「その人、伊勢くんのこと、すごく好きだったんだね」

「どうやらそうみたい」

「でも伊勢くんの方は……」

「彼女のせいじゃないよ」

「友だちから始めれば良かったのに……」

「いや、友だちから始めたよ。彼女の提案を受けて……。ぼくは鬼畜じゃないから」

「だけど彼女の方が好き過ぎたんだ」

「たぶんね。でも胸とか腰とかを、やたらに擦り付けてくるのが迷惑で……」

「朴念仁には逆効果か」

「蓮見さん、人のことをまるで石みたいに……」

「でも彼女に対してはそうだったんでしょ。……どんな人」

「普通に美人だった……というより顔が清楚だったよ。蓮見さんとタイプは違うけど清潔そうな感じで整ってた」

「ありがとう。で、全体的な印象は……」

「蓮見さんより肉感があったな。遠くから見れば細くてスラリとして見えるのに近くにいると胸が大きくて……」

「普通の男のなら好きなタイプね」

「さあ、わかんないよ。でもモテてたと思う」

「でも伊勢くんは相手にしない」

「そんなことはないさ。学校から一緒に帰ったり、家に連れて行ったこともあるよ。手だって繋いだし……」

「でも別れた」

「最後に『わたしのことを好きになれないんだったら、いっそものすごく嫌いになってくれない』って言われたよ。訳がわからない」

「伊勢くんは今でもその訳がわからないかな」

「今では自分なりに理解してるけど」

「どんなふうに……」

「負の感情でもいいから、ぼくに関心を持ってもらいたかったんだってね」

「わたしも、そう思うわ」

「じゃ、正解か。誰にも話したことがないから、自分じゃ見当がつかなかったんだ」

「わたしの考えが一般的とは限らないけどね」

「でも、この件ではそうだと思う」

「彼女は、その後……」

「自殺をしたとかにでもなれば小説的だけど、普通に恋人を作ったみたい」

「それって、自殺をする心配を伊勢くんがしたってこと」

「別れ話を切り出されたときの彼女の顔を見れば、蓮見さんだって、きっとそう思うに違いないよ」

「なるほど。彼女、死ななくて良かったわね」

「うん。でも女の人はわからないよ。次に彼女の顔を見たときには、すごく幸福そうな顔をしてたから」

「ぼくとのことは何だったんだ、って」

「正直に言えば、そう」

「伊勢くんの方に多少の未練が残ったりして」

「もう一度正直に言えば、それも当たり。実は、ぼくは彼女のことが好きだったのかもしれないって疑ったから」

「今では……」

「欠損感だったと思うよ。いつも彼女が傍にいたから」

「結局どれくらいの期間、付き合ってたの」

「告白されてからは約半年間だけど、前段階を入れると一年以上かな」

「じゃあ、周囲には二人のことが恋人同士に見えたわね」

「そう勘違いされても、ぼくの方から否定をしなかったよ」

「でも、そうすると……」

「だけど、たぶん蓮見さんの思った通り。彼女と別れて、ぼくの方が同情されたよ。それも欠損感を恋心と思ってしまった理由の一つかな」

「その後、伊勢くんに恋はないの」

「ない、って答えたら、蓮見さんはまた、ぼくを朴念仁扱いする気でしょ」

「あははは」

「彼女と別れたら、高校受験がもう目の前で、それどころじゃなかったっていうのが真相かな」

「伊勢くん、ちゃんと受験したんだ。イメージからするとエスカレーター式の学園に通っていそうな感じなのに」

「だったら蓮見さんと同じ大学に入ってないよ」

「確かにね。……だけどウチの大学って変わってるよね。実際にまだ取った人はいないけどノーベル賞候補も沢山いるし……って、また色気のない話になりそうだわ」

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