17 逸
「他にも齟齬が……」
「細かいことを言えばもっとね」
「でも大したことではない」
「わたしの中で別の人格が拡がっていたのかもしれないわ。だから、このわたしにはわからない」
「語り手が犯人ってオチのミステリみたい」
「さあ、どうだか。でも興奮すると人が変わることがあるでしょう。そっちに近い感じ。大胆になったり……」
「他人を煽ったりね」
「ふうん、意外。伊勢くんでも他人を煽るんだ」
「バスケットの試合での話だよ。県大会レベルだから全然大したことないけど」
「わたしにとっては大したことかも」
「蓮見さん、運動は……」
「わたしは人と強調できないのよ」
「ああ、そうだった」
「一人で闘うスポーツはあるけど、運動部自体は複数人構成だし……」
「なるほど」
「でも走るのは好き。ほんの一時期だけど陸上部にいたことがあるわ」
「若かったんだね」
「本当にそうよ」
「今でも走るの」
「気が向けば……。でも最近は歩く方が多いかな」
「それで例の……」
「草群ね」
「それを見つけた」
「ねえ、わたし今思いついたんだけど」
「何を」
「アレの名前は『木塊』でどうかしら」
「もっかい……『木』の『塊』だね」
「そう、そのままだけど」
「字面を見ると湯桶読みにしたいな」
「きかい……ってこと」
「そう」
「まあ、イメージはあるかな」
「でも見つけたのは蓮見さんだから」
「優先権があるって……。わたしのものじゃないわよ」
「そもそも誰かのモノなのかな」
「それこそ、わからないわね。伊勢くんも見たい」
「ぼくは怖いな。何か、取り憑かれてしまいそうで……」
「わたしはそういった神秘性を感じなかったけど」
「蓮見さん的には、そうなんだろうね」
「伊勢くんが望まないなら仕方がないけどね」
「見たくないわけじゃないんだ。でも漠然と怖い」
「それは伊勢くんが昔、似たような形の木の話を聞いたことと関係あるかな」
「どうだろう。わからない」
「伊勢くんの頭の中にある『木塊』のイメージって、どんな感じ」
「ぼくの想像力がまっとうで蓮見さんの描写力が確かならば、蓮見さんが見たものに近いと思うよ」
「理屈ではね。……そうだ、航空写真を探してみない」
「その手があったか。名案だね。考え付きもしなかったよ」
「航空写真だって一種の監視カメラよ」
「そう捉えると怖いね。SNSも商戦だけじゃなく、個人情報を把握しようとしてるようだし……」
「某政府の諜報機関に情報が流れてたって噂があったわ」
「それを言ったら、あそこは元々その某国の会社だよ。取締役も某国の人間で元諜報機関の長だったという」
「そこまで行くと眉唾に聞こえるわね」
「真実を隠すには、逆に上手い方法かもしれないけど。……話が逸れた」
「うん」
「上手いこと航空写真に映ってるかな」
「それは見てのお愉しみ」
そう言い、わたしがベッドから立ち上がる。
PCを扱うために机の前まで移動する。
椅子に座りつつスイッチを入れるが、PCが立ち上がるまでしばらくかかる。
その間に伊勢くんがわたしの傍らまで移動し、腰を屈めてモニターを覗く。
伊勢くんが呼吸をする微かな音がわたしの耳許近くに聞こえ、顔が急に赤くなる。
単に暑いだけかもしれないけど。
「まず大学ね」
ブラウザを立ち上げ、検索する。
大学の名前を入れ、メニューから地図を選ぶ。
「ああ、この道だ」
わたしには、おそらく間違えようのない一本道。
けれども地図では、わたしが気づきもしなかった他の道とも交差している。
PCの設定はまだ航空写真に変えない。
場所の特定は地図の方が楽だからだ。
「分岐道がないわ」
けれども凡その場所を辿ると山道から少し外れたところに白い線が延びる。
「きっと、これだ」
「そうだといいね」
途中で途切れる白く細い線を辿るとやがて空地。
「呆気ないわね。あんなに時間がかかったのに……」
「それを言ったら、地球の裏側だって一瞬だよ」
「まあね」
ついでPCの画面を航空写真に切り代える。
地図には木塊らしき円形が見当たらなかったから……。
「これかな」
と伊勢くんがモニターを指差して言う。
「たぶん」
とわたし。
そこには円形のナニカがある。
ズームアップすると木には間違いなさそうだが、それ以外はわからない。
「さすがに撮影車は入れなかったのね」
「そうだね」
だからそれが今日の午後、わたしが見た木塊なのかどうか確認できない。
だからアレがわたしの見た幻ではないことを確認するためには、もう一回同じ場所に赴くしかない。
心で想い、伊勢くんを見つめる。
すると別の感情がわたしの心に立ち表れる。
「ところで伊勢くん、今夜、わたしのことはどうしたいの」
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