15 徘
慣れれば夜は必要ないとわかるが、わたしがそれを知るのは十人以上を経てからだ。
闇が恥じらいを埋め尽くす。
最初はそう考えていたのだろう。
実際は昼間の方が都合は良い。
わたしが酒を飲まない未成年だったから尚更だ。
酒が便利な言訳製造機だと知るのは後のこと。
当時のわたしには言訳をする余裕もない。
親バレをせずに夜の街を徘徊するのは大変だ。
幸いわたしの家はマンションではなく、三世代が共存する一軒家だったから、それができる。
マンションでもメゾネットならば可能だろうか。
けれども高層では窓からの出入りが不可能だ。
わたしが一人っ子だったことも可能性を高めた理由だろう。
もっとも本当に親バレしていないかどうかわからない。
気づいてはいたが、わたしを信頼し/あるいは扱いかね、放っておいたというのが真相ではないか。
たかだか三年前のことなのに、いくつもの記憶が歪んでいるのが面白い。
今のわたしに残る記憶と当時の日記に齟齬があるのは何故だろう。
いわゆるブログではないわたしの日記は自分以外の読者を想定しない。
だから嘘を書く必要がなく、日記はわたしの文章力程度に正確なはずだ。
そこに齟齬があるから、わたしは自分の記憶が歪んだと判断する。
もっとも前提が覆れば判断結果も当然変わる。
一人目のオジサンについて齟齬はない。
出会いの場所も最初の言葉も変わらない。
わたしの家から程近い公園の近くで、「おや、珍しい」だ。
わたしが連れて行かれたのがラブホテルではなくビジネスホテルだったのも、オジサンの証言を信じれば出張中だったから。
わたしのラブホテル初体験は二人目の男ときだ。
最初の性行為だから汗に塗れるほど乱れはしない。
それでも処女が貫通されれば血が出るものだ。
そんなわたしの淫らな血でベッドシーツが汚れなかったのはオジサンの上手さと複数枚使用されたバスタオルのお陰。
もちろん、わたし自身の気遣いもある。
快感の波に飲まれつつ、確かにあのときわたしは逝くが、気を失うほどの高みにまで上り詰めはしない。
今更のように考え直せば出血を気にしたわたしが自分では気づかず、それを押し留めたともいえるのだが……。
もしそれが事実なら快感を一つ損したことになるが、過ぎ去った時間は戻らない。
いや、それこそ、わたしの記憶改竄だろう。
オジサンはしつこく言い含めなくてもコンドームを使うことを厭わない。
そのことについて日記と記憶に齟齬はない。
使用後のコンドームをわたしに見せびらかせるという愚行もない。
行為の途中で首を絞められることもないし、髭がなかったから、わたしの肌に感じるチクチク感もない。
オジサンの脚は長くなく、お腹も少し出ていたが、前者はキュッと引き締まり、後者の脂肪の奥を指で探れば硬い筋肉がある。
ぽちゃぽちゃの男を差別するつもりはないが、オジサンに筋肉があって良かったと素直にわたしは思う。
オジサンの方が本心で、わたしのことをどう思ったか定かでない。
自分では気づいていないが、わたしは着痩せをするらしい。
もちろん脱いでぽっちゃりとまではいかないけれど。
わたしがジーンズを履いた尻を外から見れば男のようだが、脱げはそれがぺたんと広がる。
その感触が好いと言った者もある。
オジサンにそう言われた記憶はないが、それはわたしを宥めるのに手一杯だったからだろう。
洋服を脱ぐ前も脱いだ後も、わたしは小刻みに震え続ける。
冬に身体が凍えると似たような状態になるが、振動が自立し、自分の意思で止めることができない。
意識すれば返って揺れが大きくなり、また一度意識すればそれが居座る。
わたしは意地っ張りだからそんな自分を情けないと思うが、そう思えば振動が止まるわけでもない。
それを魔法のようにオジサンが止める。
わたしの地続きの感情から、オジサンはそんな緊張部だけをまるで赤子のように分離する。
分離したそれを丁重に扱う。
捨てるでなく、毀すでなく、言葉にすれば正に赤子をあやすように宥めたのだ。
やがて、わたしの顔に笑みが浮かぶ。
オジサンも安心したようにわたしに笑みを返す。
緊張が解けたわたしの赤子をオジサンは丁重にわたしに返す。
わたしがゆったりとそれを受け入れる。
そのとき身体はもう震えていない。
けれども行為はまだ始まっていない。
少なくとも、わたしにはそう感じられる。
見知らぬ男とベッドで二人きり、互いに裸でいたとしても……。
そこからオジサンの愛撫が始まる。
実際には疾うに始まっていたのだが、あのときのわたしにその意識はない。
胸を舐められてくすぐったいと感じたり、股を割られて恥ずかしい思いをしたり。
今思えば黒光りするオジサンのペニスを咥えることができたのは、シャワーでわたしがそれを良く洗ったからだ。
そうでなければ、わたしにその行為ができたかどうか。
ネットで泳げば当時のわたしと同じか、ずっと若そうに見える子供の女が男のペニスを咥えている画はザラだが、正直良く出来るな、と当時わたしは思っている。
自分が特に潔癖症と感じたことはないが、精液はともかく小水も通る部分がペニスなのだ。
それを嬉々とした表情を見せて咥えるだなんて……。
自分ではとても無理だと思いつつ、オジサンがその行為を強要しないので、自ら願うという暴挙に出る。
日記の中では同じ行為が別の言葉で語られている。
『何事も経験だとわたしは自分を言い包めたのだと思う。自分の父より高齢の男の黒いペニスを目の前にし、わたしは自分を励ますように自分に言う。おまえに出来ないことは何一つない。ただし一度おまえがそう思えば、それが実現してしまうだろう』
あのときわたしは愚かだったが、今のわたしもまた別の意味で愚かだろう。
仮に成長した点があるとすれば可笑しな見栄を張らないことか。
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